07
なまえと出会ったあの夏から随分と時間が過ぎて、僕は東京の学校に通うことになった。御幸一也という捕手なら僕のボールを捕れるかもしれないと思ったから。
そして、もう一度なまえに会うために。
あの頃と変わらず首にかけられた指輪。
僕らを繋ぐものはこれしかない。
けど、絶対に会えると信じていた。
マウンドの土を踏みしめて、指輪を服の上から握りしめる。
東京に来てから初めての試合。
相手は昨日僕の発言を聞いていた先輩。
誰にも打たせない。
なまえに再会するまで僕は絶対に誰にも打たせない。
それに、試合に出る姿をなまえに見てほしい。
そのためにはどうしても…御幸先輩にボールを受けてもらわないといけない。
ミットを構えるのは名前も知らない1年生。
捕れるとは思ってないけど、手を抜くつもりもない。
投げた1球目。
それはミットに収まることなく審判をしていた監督のマスクを吹き飛ばした。
そして、告げられたのは1軍への昇格と交代。
必死に1打席だけでもと監督に詰め寄る先輩の声を聞きながら、欠伸をこぼす。
「投げたりない…」
あの、ミットに収まる音を聞きたい。
交代をさせようとしていた監督がフェンスの外を見て誰かを探す。
「キャッチャーミットはあるか?」
監督が声をかけたのは少し前から試合を見ていたフードを被った人。
少し監督と話してから、その人がグラウンドに入ってきた。
「降谷。1打席だけ投げてもらう。キャッチャーはこいつがやる」
顔は見えない。
ただ、口が綺麗な弧を描いた。
その姿に、彼女が重なった。
「そんなわけ…ないか」
ミットを構えたその人の口元がにやりと歪められる。
「好きなところに投げなよ。絶対に捕ってあげるから」
聞こえた声に目を見開く。
「なまえ…?」
初めての出会ったときと同じ言葉を、同じ声でその人が言った。
「ほら、早く」
話を聞くのはこの打席を終えてからってことか。
全力で投げたボールは、吸い込まれるようにミットに収まる。
久々に聞いたミットに収まる音。
「ナイスボール」
そして、彼女の声。
最後のボール。
きっちり彼女のミットに収まり、バッターアウトのコールが聞こえた。
そんなときに吹いた風に煽られ、フードが外れ見えたのは自分が求めたあの人の笑顔だった。
「なまえ!!」
「久しぶりだね」
クスクスと彼女は笑う。
そんな彼女に駆け寄れば、待ってたよとあの頃と同じ笑顔で僕にそう言った。
「もう交代でしょ?少し外で話しよっか」
「うん」
なまえは監督に一声伝えて、グラウンドから出る。
その後ろを僕は追いかけた。
「ちゃんと、会えたね。暁」
「うん。会いたかった」
「あたしも会いたかったよ」
あの頃と変わらない。
君は変わらず僕のボールを捕ってくれた。
そして、僕が好きな笑顔。
お揃いの指輪。
「東京、来てくれてありがとね」
「なまえに会いたかったから。それに、ちゃんと野球…したかった」
「そっか」
なんか、少し恥ずかしいねとはにかんだ彼女に胸は高鳴る。
「ねぇ、なまえ…」
「ん?」
「もう一度会えたら言おうと思ってたことが…ある」
じっと彼女を見れば、彼女も微笑んで僕を見た。
「…好き」
「え?」
「なまえのことが好き」
カッコいい台詞なんか知らない。
ただ、伝えたかった気持ちを言葉にしただけだった。
それでも、なまえは嬉しそうに笑ってくれた。
「あたしも、好きだよ。あの夏…暁に一目惚れした」
「そう、だったの?」
「うん。そっか両思いだったんだ。嬉しいね」
少し恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑う悠が愛しい。
「やっぱりあたしたちの出会いは運命だったね」
「うん」
「暁はあたしの最高のパートナーだよ」
初めは、運命なんて大袈裟だと思ってた。
でも、やっぱり運命だと思ってしまう。
なまえに出会えたことも、彼女を好きになったことも、彼女が好きになってくれたことも…
ここでもう一度会えたことも。
偶然なんかじゃないと、そう思った。
「僕も…なまえが最高のパートナーだと思ってる」
「ありがとう」
金色の髪が風に揺れて、耳についたピアスが光を浴びて輝いた。
▽
「まさか同じクラスだったとはねー」
暁の隣に座ってクスクスと笑う。
「1度も教室で見たことなかったけど」
どこか拗ねた顔の彼にまた笑ってしまう。
「あの試合の日、日本に帰ってきたの。監督と知り合いでね、試合に誘われて見に行ったら暁に会ったんだよ」
「…どこ、行ってたの?」
「アメリカの兄貴のところ。両親も向こうに住んでるから」
日本に帰ってきて一番に暁に会えるとは思ってなかったから、びっくりした。
それに、ボールを捕ることになって、告白されて…
「運命以外になにがあるっていうのさ」
「##NAEM2##?」
「なんでもないよ」
彼と一緒に戦うことは叶わない。
けど、彼を隣で支えられるなら他にはなにもいらない。
暁は最初で最後の、そして最高の―My Best partner
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