06
いつも通り練習を終えて、壁に寄りかかってスポドリを飲み込めば聞こえてきたのは思いがけない言葉だった。

「え、明日帰るの?」
「うん。朝イチの飛行機で」
「そう、なんだ…」

隣に座ってなまえが困った顔して笑う。

「あからさまにガッカリしないでよ」
「なまえがいなくなったら…僕はまた、んっ!?」

言いかけた言葉はなにかに遮られる。
口のなかに広がる甘い味。

彼女が好んでいた飴が僕の口の中に入れられていた。

「…これ、なまえのでしょ」
「美味しいでしょ?あたしね、暁君と出会えて本当によかった」

首にかけられたお揃いの指輪見つめながら彼女が呟く。


「本当に、この出会いは運命だと思ってる」
「僕も…思ってる」
「ホント?嬉しいなー」

彼女は微笑んで僕を見た。

「時間が早く過ぎてて、びっくりした。まだ帰りたくないと思ってる」
「じゃあ…」
「けど、それはできない。残念だけど」


寂しいと思った。
行かないでと、必死に繋ぎ止めておきたい。
けど、彼女はここの人間じゃないからそれができないこともわかってる。


「来年は受験だろうから…二年くらいは会えなくなるのかな」
「…それは、嫌だ」
「あたしも嫌だよ」

なまえはじっと僕を見つめて、口を開いた。

「ねぇ、暁君。ずっと考えてたんだけどさ…東京においでよ」
「え?」

にやりと出会ったときのように歪められた口。

「東京には優れた選手を集めた学校がある。そこにはきっと暁君のボールを捕ってくれる人がいる」
「なまえ…」
「あたしが北海道に引っ越すことはできないけど…覚悟があるなら暁君は東京に来れる。本当に野球がしたいならおいでよ」

なまえが立ち上がって僕を見下ろす。


「もしそこでも暁君のボールを捕ってくれる人がいないならあたしがいる」
「東京に行ったらまた…なまえに会える?」
「うん。あたしから会いに行くよ」

だから、待ってるよ。
なまえはそう言って僕に背中を向けた。


「なまえ!!!」
「ん?どうしたの、暁君」
「絶対行く。…次、会ったら…」

なまえを好きだと…伝えるから。
言葉は続けられなかった。

なまえがひどく優しく微笑んだから。


「東京で、待ってて」
「うん。またね、暁」


呼び捨てで呼ばれた名前に胸が高鳴った。

初めて僕の球をちゃんと捕ってくれた人。
初めて僕に道を作ってくれた人。
初めて僕が一緒にいたいと思った人。
初めて僕が恋をした人。

「東京…」

初めて行く場所。
けど、君がいるなら…






次の日。
いつもの場所に彼女の姿は現れなかった。
きっと東京に帰ってしまったのだろう。

高架下、彼女がよく座っていた場所に並べられた文字を見て、目を丸くした。


―Dear My Best partner

―ありがとう。凄く楽しかったよ
―東京で会えるのを楽しみにしてるね
―もし、暁がここに残ることを決めたとしたら
―そのときはあたしが会いに来るから
―また、会える日までさようなら

―From Your Best partner


「なまえ…」

いつの間に書いたんだろう。
出発前にここに来たのかもしれない…

「またね、なまえ…絶対に、会いに行くから」


首にかけられた指輪を握りしめて呟いた声は誰かに届くことなく、消えた。

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