01
※この作品には未成年の飲酒喫煙のシーンがございますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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「一人なの?」

隣に座った男が人の良さそうな笑顔を張り付けて私に問いかけた。

「見ての通り一人ですけど」
「折角だし、俺と飲まない?」

仄かに頬が紅い彼。
きっと少し酔っているんだろう。

「奢るからさ」

ニコニコと笑う彼に私はため息をこぼす。

「…お好きに、どうぞ?」

そう言って隣の席を指差せば彼は笑いながらそこに腰かけた。

「マスターいつものお願い。この人には…なにがいい?」
「私お酒は…」
「苦手?じゃ、軽めのやつ」

マスターはかしこまりましたと、答えて奥へ消えていく。

「若いのにこんな時間に一人なの?危ないよ?」
「家、そんなに遠くないから平気」
「そうなんだー。ねぇ、名前聞いてもいい?」

彼は頬杖をついて私を見つめる。

「名前?」
「そ。俺、御幸一也っつーんだけど」
「みょうじなまえ」

マスターが、私達の前にグラスを置いた。

「どうぞ」
「ありがと、マスター」
「…ありがとうございます」

乾杯、と彼が呟いてグラスがカチャンと音をたてた。

「俺、ここよく来るんだけどなまえちゃん見たの初めてなんだよね。あ、なまえちゃんって呼んでいい?」
「初めて来ました。何でもいいですよ」

グラスを傾けて、一口飲み込めば喉を通り抜けるアルコールの香り。

「あ、やっぱり?あんまり女の子が来るお店じゃねぇしな」
「そうですね。お客さん、男性ばっかりですし」
「怖くなかった?入るの」

彼の問い掛けに首を傾げた。

「店の前で雨宿りしてたらマスターが入れてくれたんです」
「あぁ、さっき急に降りだしたもんな」
「はい。だから、怖いとかは別に。親切な方だな、と思ったくらいです」

このお店は地下だから、雨の様子はわからない。

「じゃあさ、雨が止むまで…俺に付き合ってよ」
「…構わないですけど」
「ホント?ありがとー」







御幸さんは随分と口が達者なようだった。
止まることなく色々な話をしてくれた。

だが、それも数分前まで。

「寝ちゃった…」

私が二杯目のお酒を飲み始めた頃、彼は四杯目のグラスを傾けていたと思う。
話している途中に、彼の声が頼りなくなり数分前に眠りについた。

「あれ、一也寝ちゃったのか?」

バーのなかのお客さんも疎らになってきた午前3時過ぎ。
マスターは少し驚いた顔で彼を見ていた。

「酒強いし、警戒心強いから人前じゃ殆ど寝ないんだよ」
「そう、なんですか…」
「気に入られちゃった感じかな」

マスターはクスクスと笑う。

「一也が他のお客さんに話しかけることさえ珍しいんだけどね」
「…友達とか、できなさそうな雰囲気です」
「え?アハハッよくわかったな。昔からよく言われてたらしいよ」

出会って数時間で彼についてわかったこと。
口が達者で、退屈させない話し方をしていること。
女性の扱いになれてそうなこと。
よく笑うこと。
彼の笑顔が偽者だと言うこと。

所詮、作り笑い。

「だからこんなに作り笑い、上手なんですね」
「え?作り笑い?」
「あれ、気付きませんでしたか?ずっと作り笑いでしたよ」

きっとどんな相手にもそうなんだろう。

「無意識に…だと思いますけど」
「よく見てるんだな」
「慣れ、ですかね」

二杯目のお酒を飲み終えてからお金を置いて帰ろうとすれば私の洋服を握りしめているのに気付いた。

「手、離してくれそう?」
「いや…」

肩を揺らし名前を呼んでも、無理矢理取ろうとしても彼の手は私の洋服を握りしめたまま。
目を覚ましもしない。

「あちゃー…どーする?そろそろ閉店するから起きるまでここに泊まってくれてもいいよって、言いたいとこだけど俺このあと用事あってさ。
ここのカギ預けておいてもいいんだけど」

本当に親切な人。
けど、そこまで世話になる義理もない。


「大丈夫ですよ。…タクシー呼んでもらえますか?」
「え、一也どーすんの?」
「私の家のベットに寝かせておきます」

そう、伝えればタクシー呼んでくるから待っててと奥に消える。

隣の彼は私の苦労を知ることもなくすやすやと気持ちよさげに眠っている。

「今、タクシー呼んだから」
「ありがとうございます」

彼を支えながら立ち上がれば、ふらりとこちらに倒れこんできた。

「タクシーまで、手伝うよ」
「すいません、ありがとうございます」
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