02
目が覚めたら知らない部屋のベットに寝ていた。
ずきずきと、痛む頭。

昨日…なにしてたんだっけ…

そうだ。
いつものバーで、なまえちゃんと出会って話して…そのあと、そのあとは…
途切れた記憶を思い出そうとしていれば足音が近づいてくる。
そちらに視線を向ければなまえちゃんがいた。

「おはようございます」
「え?あ、おはよう」

なまえちゃんは水の入ったグラスと薬を差し出す。

「二日酔いの薬です。飲みますか?」
「ごめん、ありがと」

なまえちゃんは床のクッションに座って湯気のたつコーヒーを飲む。

「えっと…昨日、なんかあった?」
「なんにもないですよ。御幸さんが寝てしまって、マスターは用があって世話をできないと言っていたので私の家に」
「そっか…ごめんねー」

顔の前で手を合わせてそういえば彼女は首を傾げた。

「私に付き合ってもらったせいで寝てしまったわけですし…謝ることはないですよ」
「付き合わせたってそれ俺の台詞じゃない?俺が声かけたし」
「…普段は声、かけないんでしょう?私が一人だったから気を使ってくれたんだと思ってたんですけど」

私の言葉に彼は目を丸くする。

「ハッハッハッそれはちょっと俺を善人にさせ過ぎだよ」
「…御幸さんが善人だとは思ってないですよ」
「え?」

マグカップをテーブルに置いて彼女は立ち上がる。

「朝食…食べていきますか?」
「え、あぁ…迷惑じゃなければ」
「少し待っててください」

彼女はスタスタと部屋から出ていく。
それを見送ってから小さくため息をついた。

出会ってすぐの人に善人じゃないと言われたのは初めてだった。
まぁ確かに彼女に声をかけたのは下心がなかったとは言えない。

バーのカウンターの一番端の席。
お酒も飲まずにぼんやりと座っている彼女に目を奪われた。

女に自分から声をかけるなんて思ってなかったし、話してる途中に寝るなんて考えてもいなかった。

ベットから足をおろして、部屋を見渡す。
女の子の部屋にしてはシンプルで飾り気がない。

黒と白を貴重にした部屋。
家具はパソコンラックとテーブル、ベット、ドア付きの本棚。
クローゼットは部屋にはじめからついてるものを使ってるみたいだ。

少しだけ申し訳なく思いながら部屋を眺めていれば美味しそうな匂いが届いて、急にお腹が空いてきた。

「お待たせしました」
「あ、ありがと」

テーブルに並べられたのは日本の朝食の定番。
ご飯と味噌汁に鮭、おひたし。

「好き嫌いはわからないので嫌いなら残してください」
「残すわけないだろ、こんな美味しそうなの」

いただきます、と手を合わせて箸を伸ばす。

「うまいっ」

最近まともなもの食べてなかったから尚更、家庭の味というものにひどく安心した。

「…御幸さんは、そうやって笑うんですね」
「え?」

ポツリとそう呟いた彼女は何もなかったかのようにご飯を食べ始める。

「え、今のどういう意味なの?」
「…作り笑い、上手ですけど…今みたいに笑った方が私は好きですよ」
「作り笑い…」

彼女に声をかけてすぐは作り笑いだった。
けど途中から本当に楽しくなって…

「最初は作り笑いだった…けど…」
「お酒…3杯目頃からよく笑ってはいましたけどあれはお酒の力ありきですよ。だからちゃんと笑ったのは今が初めてです」
「よく見てるね」

気付かれたのは初めてだった。
蒼ちゃんは何食わぬ顔で料理に箸を伸ばす。

「変わってるね、なまえちゃんって」
「そうですか?御幸さんには負けると思いますけど…」
「え、ひどっ」

彼女はクスクスと笑って料理を指差す。

「冷めますよ」
「あ、うん」


ご飯を食べ終わって時計を見れば9時を過ぎた頃。

「こんな時間までお邪魔しちゃってごめんね。俺、そろそろ帰るよ」
「わかりました。バーのある大通りまで出れば帰れますよね?」
「送ってくれるの?」

俺の問い掛けに彼女は迷いますから、この辺りと返して玄関に歩いていく。

「なまえちゃんって困ってる人、放っておけないタイプ?」

なまえちゃんのマンションから出て歩いている途中にそう尋ねれば彼女は首を横に振る。

「そんな善人ではないですよ」
「じゃあなんで…」
「昨日、付き合ってもらいましたから」

彼女の足がピタリと止まる。
視線を前に向ければ見覚えのある通りがあった。

「ここまで送ってくれてありがとね」
「いえ、それじゃあ」

頭を下げて、今来た道を戻っていく彼女の背中を見つめて、自然と口が動いた。

「また、あのバーにおいでよ」
「…考えておきます」

彼女はそう微笑んで。
その背中が見えなくなった頃俺も歩き出す。

「なーに、してんだ俺…」

あれじゃ、また会いたいと伝えたようなものだ。
確かに…会いたいと思ったけど…

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