01
今日、片思いをしていた相手にフラれた。
まぁフラれるとわかっていて告白したからそこまで傷ついちゃいないけど。

「同居人が来る前に伝えてりゃ、叶ったのか?」

彼女の気持ちはきっと、今同居している高校時代の友人に向いているだろう。
その男に彼女の気持ちが向く前に告白をしていれば、もしかしたら付き合えたのではないか。

頭に浮かべたもしもの話を首を横に振って消した。
恋人になれなくてもアイツが俺の部下でいるならそれでいい。
そう結論を出したのだから、今更どうこう言うべきじゃないな。

今日はさっさと酒飲んで寝よう、とエレベーターから降りる。
くるりと鍵を回して視線を自分の家の玄関に向けて首を傾げた。

「…誰だ?」

俺の部屋の玄関の前に箱を持った男がいてどこか困ったように頬を掻いていた。

「俺になんか用か?」

そちらに歩み寄りながらそう尋ねればびくっと肩を揺らしてからこちらに視線を向ける。
此方を見たのは綺麗な顔をした男だった。
多分俺よりはいくつか下だと思う。

「あ、えっと…みょうじさんですか?」
「あぁ、みょうじだけど」
「今日、隣に越してきた御幸です」

これ、つまらないものですがと差し出された箱を受け取って首を傾げる。

「随分珍しい時期の引っ越しだな」
「オフがこの季節しかないので」

女に好かれそうな顔をしている彼は人の好い笑顔を見せる。

「あんまり家にいないと思うんすけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。こっちも帰ってくんの遅いからなんか用あるときはポストにでも入れておいてくれれば助かる」
「わかりました」

自分の部屋の鍵を開けて、そういえばと彼に視線を向ける。

「御幸さん」
「なんですか?」
「回覧板とかの話聞いた?」

一応聞きました、と答えた彼にならよかったと返して。

「それじゃあ、おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい」

ドアの鍵を閉めて首を傾げる。

「なんかどっかで見たことある顔だな」

箱とコンビニの袋をテーブルに置いて冷蔵庫の中のビールとコートのポケットに入れていた煙草を持ってベランダに出る。

「あー…疲れた」

肌寒い風を感じながら煙草の煙を肺いっぱいに吸い込む。
ベランダに置いてある椅子に腰かけてタブレットを叩きながらお酒でのどを潤していって。
煙草吸いながらのビールは最高だな、と思いながら肩の力を抜く。

企画書や仕事のメールを確認していればガラッとドアが開く音がして顔を上げた。

「うわ、寒っ」

聞こえた声はさっきの彼のものだった。
手すりに体を預けて下を眺めている彼の横顔はびっくりするくらい絵になる。

そういや、俺が担当してる漫画家がイケメンの横顔の資料が欲しいとか言ってたな。
彼は多分、ぴったりだろうなんて思いながらその横顔を眺めていれば視線に気づいたのか彼はこちらを見る。

「うおっ!!?え、え?いつから…」
「御幸さんが来る前から」

長くなった灰を灰皿に落として、首を傾げる。

「もしかして煙草ダメな人だったりする?」
「あ、平気っすよ」
「悪いね」

煙草を咥えて新たに届いたメールをタップする。

「仕事ですか?」
「あぁ、仕事」
「忙しいんすね」

まぁな、と返してこれでもマシな方だと続ける。

「優秀な部下がいるからな。ある程度楽はしてる」
「へぇ…」

一通りのメールの確認を終えてタブレットを机に置く。

「御幸さんは?何しに出てきたの?」
「なんか落ち着かなくて。片づけも終わってないし」
「あぁ、今日引っ越して来たならそうなるか。…あれ、飯は食ったのか?」

昼食ったきりっすね、と笑った彼に煙草を灰皿に押し付ける。

「肉まん食うか?」
「肉まん?」
「コンビニで買ってはきたんだけどな。腹減ってなくて」

部屋に戻ってコンビニの袋を持ってベランダに出る。

「どうぞ」
「え、いや…けど」
「どうせ捨てんだし。腹減ってないなら別にいいけど」

彼は少し躊躇ってからそれを受け取る。

「あ、ありがとうございます」
「勝手に押し付けただけだから気にしなくていいよ」

まだ温かいのか湯気が出るそれを手すりにもたれ掛りながら頬張って彼は目を細める。
実家で飼っていた猫みたいで少し笑える。

「え、なんで笑ってんですか?」
「いや、悪い。気にしないでくれ」

ビールを全部飲みきってから立ち上がる。

「風邪ひく前に中入れよ」
「なんか母親みたいですね」
「初対面の男によくそれを言う気になったな」

冗談です、と笑った彼に俺も笑う。

「明日も早いから俺はこれで」
「あ、はい。おやすみなさい」
「おー、おやすみ」

部屋に戻って窓を閉めて首を傾げる。
初対面だが彼と話しているのは妙に楽だった。

「初対面のはずなのに、初めて会った気しねぇんだよな…なんか」

風呂に入る準備をしながら、俺はそう小さく呟いた。





「…美味い」

肉まんを食べながら空を見上げる。

「悪い人じゃなさそうでよかった」

俺のことも知らなかったようだし。
まぁ、バレるのは時間の問題かもしれねぇけど。

「若く見えたけど、多分年上だよな?」

女にモテそうだ、なんて考えながら湯気の出る肉まんにかぶりついた。

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