02
コンビニに朝食を買いに行って、部屋に帰る途中。
通り過ぎた真横のドアが突然開いた。

「うわっ!!?」
「あ?あぁ、おはよう」

ドアを開けた彼は目を丸くして、すぐに微笑む。

「お、おはよう…ございます」
「タイミング悪かったな。驚かせたみたいで」
「い、いえ。えっと…みょうじさんは仕事ですか?」

彼はそうだよ、と答えて首を傾げた。

「御幸さんは?」
「朝飯買いにコンビニに…」
「引っ越して来たばっかだから飯とか作れないよな」

はい、と答えれば彼は優しい目をして口を開く。

「あんまコンビニ弁当に頼るなよ。体壊すから」
「え、あ…はい。……やっぱり母親みたいっすね」
「あ、それまた言う?」

昨日も思ったけど。
会って1日の相手の心配なんて普通はしない。

「まぁ、そういうの気にかけてやるのも俺の仕事の1つだからさ。癖になってるかも」
「…へぇ…」
「だから、まぁ…迷惑って言われてもこれは治らねぇかなぁ」

困ったように笑って彼は時計に視線を落とす。

「あ、時間そろそろヤバいから。じゃ、またな」
「あ、はい。頑張ってください」
「サンキュ」

離れて行く背中を見ながら小さく息を吐く。
彼はピシッとしたスーツを着こなしていて。
ひらひらと背を向けたまま手を振って歩いて行った。

「うわぁ…かっけぇ…」

スーツなんて俺は滅多に着ないし。
着たとしてもあんな風には着こなせない。

「あの人、なんの仕事してんだろ…」

帰って来るのは遅いって言ってたし、まだ早い時間に出勤してる。
あんな遅い時間に帰ってきても仕事の連絡してたし。
周りのことを気にかけるのも仕事ってことは結構上の地位にいるのかもしれない。

「…て、そんなのどうでもいいか」

さっさと飯食って、部屋片付けねぇと。

自分の部屋に入ればまだ段ボールが積み上げられていて。
めんどくせぇ、と溜息をついた。

コンビニのおにぎりを食べながら、携帯のスケジュールを開く。
オフシーズンの自主練習が始まるのは明後日。
それまでに部屋の片づけを済ませなければならない。

「沢村にでも手伝ってもらえばよかった…」

そう小さく呟いてから首を横に振る。
逆に目茶苦茶にされそうだから、倉持とかの方が文句を言いながらも真面目に手伝ってくれそうだ。

「まぁ、無理だろうけど」

さっさと食べて、片付けよう。
おにぎりを口の中に押し込んで、お茶を流し込んだ。





自分が片思いをして、フラれた相手が目の前にいた。

「どうした?」
「私の担当作家のアニメ化についてなんだけど。なんか企画をやるって話だったでしょ?」
「あぁ、そうだな」

それについて、後輩がアイデアをくれたのだといつも通りの口調で言った。
彼女は何もなかったかのように話してくれるから凄く助かる。

「OK。話を聞こうか?」
「今回のアニメ化が決まった漫画は野球漫画でしょ?だから、プロ野球選手との対談はどうかって」
「プロ野球選手と?」

頷いた彼女は一枚の企画書を俺のデスクに置く。

「漫画の主人公が捕手でしょ?今、捕手で人気のプロ野球選手がいて。その人と作家の対談なんてどうかなって」
「話としてはありがちだけど、面白いし悪くない。けど、現実としては難しいだろ」

その人がこの漫画を読んでいなかったら話にならない、と返せば彼女は笑った。

「その辺は問題ないよ」
「え?」
「彼はその漫画を読んでいるのは確認済み」

本当に、仕事が速いな。
頭の中は男の事で一杯のはずなのに。

「わかった、その前提条件はクリアしたとして。その先の話をする」

デスクの上の企画書の文章に視線を走らせながら指先で机を叩く。

「まずは…プロ野球選手ってのは忙しいんだろ?俺はあまり詳しくないけど」
「今はオフシーズン。皆それぞれのトレーニングをしてるから、シーズン中よりはアポは取りやすいはずだよ」
「詳しいな。けど、その捕手人気なんだろ?」

そんな簡単にアポは取れるものなのか?と首を傾げれば彼女は頷く。

「何を自信に…」
「後輩なんだよね」
「は?」

悪戯が成功したみたいに彼女は笑った。

「高校の時の後輩。多少は融通が利くはずなんだけど」
「そういうことか。それでこの企画書…」

彼女の綺麗な字が並ぶその企画書に視線を落として、口元を緩める。

「わかった。お前に任せるよ」
「…ありがと」
「その代り、逐一報告は入れてくれ」

自分のデスクに戻っていく彼女から視線を企画書に落とす。

「…プロ野球選手…な」

名前は…
内容欄に書かれた相手の名前に首を傾げる。

「御幸…一也?」

…お隣さんと同じ苗字か…。

「まぁ、関係ないだろうけど」

企画書を引き出しに戻して立ち上がる。

「日和」
「なに?」
「作家にも一応話通しておけよ。成功するしないは別として。それから、失敗した時の為にも別案の提出もよろしく」

分かった、と頷いた彼女はいそいそとデスクに向かった。

「…よく、平然と仕事してられるなアイツは…」

いや、そういう女だから…
俺は彼女に惚れたんだ。

「たく、なんでそんないい女なのかね…お前は」

真っ直ぐと仕事だけ見るお前の目に、俺は惹かれたんだ。
もう、終わった恋愛だけどな。

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