13
「あー…頭痛い」俺の部屋のベッドに横になり頭を抱える彼に俺は苦笑する。
「大丈夫か?」
「…ダメ、っす」
昨日の夜、調子に乗って飲み過ぎたせいで御幸さんは二日酔いらしい。
俺は今日は元々休みが入っていたから、御幸さんの看病をしていた。
日和は俺の休みまで把握して誘ったんだろう。
本当によくできた部下で少し怖い。
「薬は飲んだし今日は大人しく寝とけ」
「…はい」
ベッドにもたれて彼の柔らかな髪を撫でながら俺は本を読んでいれば寝返りを打った御幸さんが俺の首に腕を回す。
「どうした?」
「あの、聞いても…いいっすか?」
「何を?」
器用に肩に顔を埋めた彼の髪が俺の首筋をくすぐった。
「…横峰さんに告白したのは部下として失わないからって言ってたじゃないですか。それって…どういう意味なんですか?」
「あぁ…あれね。俺さアイツよりも少し先に出版社に入ってて。アイツが入ってきて少ししてまぁ好きになった。けどその時編集長にならないかって、誘いを貰ってさ」
好きになって、少しずつ友人として近づいてった。
アイツの優秀さもアイツがどういう人間かもなんとなくわかってきた…そんなときの誘いだった。
「編集長なんてやりたくて出来るものじゃないしな。その話を受けて、それで日和を副編集長として俺のとこに呼んだ」
仕事は熱心だし、俺とアイツのやり方とか仕事への向き合い方は随分と似ていて仕事も他の部署より捗ってた。
自分の部下としてのアイツも俺は結構好きで、友人としてももちろん片思いの相手としても俺はアイツが好きだった。
「なんつーかさ、アイツは職場恋愛とか本当に嫌うタイプで。もし俺がアイツに告白してもし付き合えたとしても。部下としてのアイツはいなくなる。部下としてのアイツを失うことも俺は嫌で告白せずに一番近くにいたんだけどな」
「…亮さんが横峰さんの家に来た…」
「うん。日和の様子がおかしくなってきて話を聞いたらその亮介さん?のことを話してくれてさ。その時の日和の目を見て分かったんだよ。その人のこと好きだって」
その時、自分の片思いが叶うことはなく終わることを悟った。
告白すれば確実にフラれるってわかってて、好きだって言った。
御幸さんは俺の話を静かに聞いていて「なんで…?」と小さな声で尋ねた。
「だってフラれるだけなら、部下としてアイツを失うことはないし。何より自分の想いをちゃんと終わらせたかったから。けど、後悔はしてない」
こうやって、御幸さんと出会えたし。
彼の手に自分の手を重ねれば、微かに体を震わせた。
「あの時、告白して終わらせてたからまた、誰かを好きになれたわけだし」
「…そう、っすか」
「大丈夫だよ。俺は今御幸さんにしか興味ないから」
首を動かし彼の方を見れば赤く染まった彼の耳が見えて口元を緩める。
「みょうじさん」
「ん?」
彼は俺の名前を呼んで肩に額を擦り寄せる。
「フラれたみょうじさんに出会ったのが、俺でよかった」
「…そうだな」
「隣が、みょうじさんでよかった」
俺も御幸さんでよかったよ、と伝えればクスクスと彼が笑った。
「御幸さん」
「なんですか?」
「敬語はもうやめようか。それから、なまえでいいよ」
俺の言葉に彼は黙り込んでしまって「嫌?」と尋ねれば小さな声で「嫌じゃない」と答えた。
「…なまえ…さん」
「呼び捨てでいいよ。一也」
「っ!!!?う、あー……なまえ」
名前を呼ぶだけで震える彼の声。
それが凄く愛おしくて、彼の腕から抜け出して彼の方を向く。
真っ赤に染まった彼の頬にキスをして抱きしめたい、と伝えればゆっくりと体を起こした。
「ありがとう、一也」
「こちらこそ…ありがとう、ございます…」
腕の中の彼の言葉に頬を緩めた。
「好きだよ、一也」
「…俺も…好き」
▽
「へぇ、やっぱりくっついたんだ」
オフィスの自販機の前で日和の一也とのことを話せば彼女は満足気に笑った。
「悪かったな、わざわざあんなことさせて」
「背中押してもらったお礼の勝手なお節介だから気にしないで。なまえには幸せになって欲しかったし」
「まぁ、お陰様で幸せだな」
彼のことを思い出しながらそう伝えれば彼女は目を丸くする。
「なんだよ」
「なまえでもそんな顔するんだなって」
「なんだよそれ」
そんな愛おしそうな顔、初めて見たよと彼女は笑う。
「お前も人のこと言えねぇぞ?亮介さんだっけ?相手」
「亮介だけど…」
「亮介さんのこと話してるとき、別人だから」
俺の言葉に彼女は不服そうに眉を寄せる。
「表情が、変わるようになったな。お前」
「…そう?」
「あぁ。前はそんな顔しなかったし」
亮介のお陰かな、と呟く彼女に俺は笑う。
「幸せになれよ」
「…なまえにもそのまんま返すよ」
「俺はアイツがいるだけで幸せだよ」
隣に彼がいる。
それだけで、俺は幸せだった。
結婚なんて出来ないし、受け入れられる恋じゃないけど。
それでも…
「アイツがいれば俺はそれでいい」
「…そっか」
「おう」
缶コーヒーを飲み干してゴミ箱に放り投げる。
「さてと、仕事戻るか」
「…ねぇ、なまえ」
「ん?」
水を飲んでいた彼女は俯いてからこちらを見た。
真っ直ぐなその視線に首を傾げる。
「フったこと…間違ってなかった?」
「間違ってねェよ。あの時終止符を打ったから俺は今リスタートできたんだからな。お前とはこれぐらいの距離感の方が好きだし」
「そうだね」
安心したように笑った彼女は空になったペットボトルを俺と同じようにゴミ箱に放り投げて俺の隣に並ぶ。
「そうだ。今度さ4人で飲みに行こうよ。知り合いじゃないの亮介となまえだけだし」
「はぁ?嫌だよ。亮介さんのことキレさせたの俺じゃん」
「あぁ、あれ?あれは平気じゃない?あれのお陰で今があるんだし」
亮介も感謝してたよ、という彼女に俺は苦笑する。
「怒らせなければ平気」
「待て、俺は既に怒らせてんだってば」
「何とかなるでしょ」
じゃあ、考えておいてと笑う彼女に俺は大きく溜息をついた。
「まぁ…一也が行きたいって言えば行くけど…」
日和、酒強いからな。
途中離脱は決定だな…
「じゃ、御幸誘おうかなー」
「無理矢理はやめろよ」
「わかってるよ」
2人でオフィスに戻れば別々の声が届いてそちらに歩み出す。
これが多分、俺達の一番の幸せなんだろう。
「…ありがとな」
小さく呟いた言葉は聞こえるはずもないのに彼女はこちらを見て笑った。
「ありがとね」
「…おう」
首を傾げる部下に何でもない、と伝えて電話を取る。
これでよかったんだ。
これがよかったんだ。
俺達は別々の幸せを手に入れた。
この幸せが自分にとっての最良であると、疑う必要もなかった。
家に帰れば会える恋人の顔を思い浮かべ、緩みそうになるのをぐっと我慢した。
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