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職場とここに泊まっていた?
みょうじさんの言葉に首を傾げる。

「…女の人のとこ、泊まりに行ってたんじゃないんですか?」

俺の問いかけに彼は目を丸くしてこちらを見た。

「なんで?」
「なんでって…いい人がいるって」
「…それ、日和から聞いたの?」

彼の言葉に頷けば、みょうじさんは困ったように笑って俺の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「な、なんですか!?」
「…そんな顔してそういうこと言うと、俺が勘違いするけど」
「は?」

意味が解らなくて固まれば彼は綺麗に笑って俺の頭から手を離した。

「冗談」
「…なんすか、それ。気になるんですけど」
「いいよ、気にしなくて。あと、いい人っていい感じの関係の人がいるってわけじゃないから」

みょうじさんはそう言って俺の方をあの優しい目で見た。

「…いいなぁって、思う人がいるだけ」

きっと、これも叶わないけどね。

そう言ったみょうじさんは少し悲しそうに眉を下げてお酒を飲んだ。
その横顔とその動作に俺はまた胸の鼓動が速くなる。
何やってもこの人は絵になる。

「俺ね、結構臆病なんだよ。本当に大切なものは失いたくない。だから告白とか…そういうのできない。日和に告白したのも部下としてのアイツを失わないってわかってたからだと思う」

空になったグラスをテーブルに置いて彼は立ち上がる。

「お酒貰ってくるけど、御幸さんは?」
「俺は平気、です」
「そっか」

部屋から出ていくみょうじさんを見ながらさっきの言葉を頭の中で繰り返す。

大切なものは失いたくない。
て、ことは…俺のこと失いたくないって言ってくれたのは…俺が、大切だってこと?
いや、そんなはずないだろ。
だって、俺は…男で…
俺のことを好きになんてきっとなってくれない。
彼の言葉は優しすぎるから勘違いしそうになる。
勘違いしてしまいたくなる。
でもしてはいけない。

「俺のこと、好きになんて…ならない」

言葉にしてみれば、酷く胸に突き刺さって。
柄にもなく泣きそうになる。

「…御幸さん?」

部屋に戻ってきた彼が俺を見て首を傾げる。

「どうしたの?」

グラスをテーブルに置いて、さっきよりも近くに腰かけた彼が俺の頬を撫でる。

「泣きそうな顔してる」

優しい笑顔を見せた彼に俺は唇を噛んで俯く。

どうして、そんな優しい顔をするんだよ。
叶わないってわかってるのに、期待ばかりが膨らむ。

「御幸さん」
「な、んで…」
「え?」

なんで、優しくするんですか。

口から零れてしまった言葉に彼は目を丸くする。

「好きな人がいるなら、なんで俺に優しくするんだよ!!」
「え…」
「勘違いするって、言っただろ!!なのに、なんで…」

目の前が歪んできて、泣いてることに気づく。
その涙を拭おうと手をあげればその手を彼が掴んだ。

「御幸さんは、しないんじゃなかったの?」
「っ!!そ、れは…」

頬に添えられた手が俺に上を向かせて。
彼の瞳が俺を捕らえた。

「ねぇ、御幸さん。俺も、勘違い…してもいい?」
「え?」

頬に添えられていた手が俺の髪を撫でて、唇に触れた柔らかいもの。

ちょっと、待て。
今…え?
俺、キス…されてる?

目の前で目を閉じている彼が見える。

ほんの数秒のキスだったのに凄く長く感じて。
ゆっくりと離れた彼は俺を瞳に映して、愛おしげに目を細めた。

「みょうじ、さん…」
「ごめんね、俺は…凄く臆病だから。ズルい聞き方するよ」

みょうじさんはそう言って、俺の手を離した。

「御幸さんは、俺のこと…好き?」
「っあ、そ…れは…」

目を逸らしたいのに、なんでか目を逸らせなくて。
頬に添えられた彼の手が酷く心地よい。

震える手で彼のワイシャツを掴んで、答えようとするのに声は出てこなくて。
緊張して声が出なくなるのなんて、初めてだった。

「……き」
「ん?」
「……す…き…です…」

本当に小さな声。
でも、彼には届いてくれたらしい。

引き寄せられて彼の胸の中に閉じ込められて。
大人っぽくてでもどこか甘い香りが鼻腔を擽る。

「俺も…御幸さんが、好き」
「っ」
「だからこそ…失ってしまうことが凄く怖い」

耳に吹きこまれる彼の声に俺は目を閉じて。
恐る恐る彼の背に手を回した。

「…俺は、いなく…なりません」
「…うん」
「だから、俺を…恋人にしてくれませんか?」

うん、と彼が頷いてくれて俺は彼の腕の中で頬を緩めた。

夢みたいだ。
こんなこと、ありえないと思ってたのに。

「……感謝しないとだな」
「え?」
「日和に」

彼はそう言って少し俺から距離を取って、視線が交わる。

「アイツが俺をフってくれたから、出会えた。…またスタートできた」

頬にキスをした彼は愛おしそうに俺の髪を撫でた。

「好きだよ、本当に」
「…俺もです」

みょうじさんは嬉しそうに笑って、グラスに残っていたお酒を一気に飲み干した。

「付き合えた記念だし…」
「はい?」
「高いお酒、開けようか」

彼はそう言って部屋から出ていく。

「え、みょうじさん!!?」
「俺の奢りな」

手を振りながら部屋を出て行く彼に俺は苦笑を零した。

「また酔ったらどうしよう…」

まぁ、彼と一緒ならいいかな。
グラスに残っていたお酒を飲みほして、小さく笑った。

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