心臓を喰らう殺人鬼

彼は、超人社会が生み出した負の産物。
ヒーローという眩い光が生み出した影。
全てを飲み込む どんな光にも照らされない 暗闇。

「心喰、」

しゃがみこんでいる彼の名前を呼ぶ。
振り返った彼の手からはポタポタと赤い血が滴り落ちた。

「弔くん」
「またやってんのか、お前」

彼の手の中にあるもの。
それは、たった今まで 命を刻んでいたであろう心臓。
それを一口食べた彼はもう興味がなくなったのか、その心臓を遺体の上に放り投げた。

「腹壊すぞ」
「それは やだなー」

子供みたいに 彼はケラケラと笑って 俺の隣に立った。
まだ幼い彼の面影に似合わぬ血生臭さと光を宿さぬ瞳。

「帰ったら すぐ風呂入れよ」
「え、臭い?」
「臭いし汚い」

ごめんねぇと 彼はやはり笑うのだ。

「またニュースになんぞ」
「そうだねぇ」
「…あんま 好き勝手やるな」

はーい、と間延びした返事。
聞いてるのか聞いてないのか。
まぁ、聞いてても 言うことは聞きゃしないのだが。

「心喰、」
「うん?」
「付いてる」

彼の唇を濡らす口紅みたい血。
それを彼は器用に舌先舐めとって 取れた?と首を傾げる。
それに頷いてやれば 彼は満足そうに笑った。

「早く帰るぞ」
「うん」

彼は嬉しそうに俺の腕に、冷たい腕を絡ませる。

「なんだ?」
「昔のこと思い出しただけだよ」
「あぁ、」

そういえば、こんな薄暗い路地裏だったな。
俺が彼と出会ったのは。

「弔くんが 俺を救い出してくれたんだよ」
「…勝手に懐いただけだ」
「ひどい!俺と来いって言ってくれたのに」

数年前。
彼はゴミみたいに ゴミの中に捨てられていた。
生きているのか、死んでいるのか。
わからないくらいの様相だったが、歩み寄れば 今にも噛み付きそうな目をしていた。
全てを敵とみなし、恨み、憎しみ、殺そうとする 幼い少年のする目ではなかった。
自分よりも幼い少年を何がそうさせたのか、知りたくなった。
差し出した手を掴む方法も彼は知らず。
俺の発する言葉一つ一つを疑い 拒絶した。

痩けた頬。
傷だらけ 痣だらけの体。
そして、数日降り続いた雪のせいなのか 壊死した右腕。
昔の自分と どこか 重なる気がした。
だから、手を差し伸べ続けた。
先生が 俺にしてくれたように。

ワープゲートをくぐり、アジトであるバーに戻れば 黒霧がやれやれと首を振った。

「またですか?」
「言うことなんか、聞きゃしないからな」
「…どうにかなりませんかね」

呆れる黒霧にごめんねぇと思ってもない謝罪を口にした心喰は真っ直ぐシャワーへ向かう。

「また、世間が騒ぎますね」

バーカウンターの前の椅子に座って、そうだなと答える。

「まぁ、いいさ。捕まらないなら、何をしても」
「…つくづく、弔は心喰に甘いですよ」
「愛おしいほどの闇だからな」





ニュース速報です、と急に切り替わった画面。
もう見つかったのか、と画面を見ればやはり予想通りの内容だった。
またもハートイーターの被害者が。
そんな見出しと共に伝えられた内容。

見つかる遺体の年齢はバラバラ。
開かれた体と抜き取られた心臓。
そして、同一の歯型で食い千切られている。
もう聞き飽きたような内容だった。

「毎度、大々的に取り上げられてんな」
「なにが?」

シャワーを浴び終え、髪を拭きながら出てきた彼が首を傾げる。
テレビを指差せば あぁ、となんとも興味のなさそうな返事。

「喰い散らかしすぎなんだよ。今月入って何件目だ」
「何人だったかな?覚えてないけど。もう見つかったんだ、早いね」

ニタリ、と彼は笑う。
そう この男こそが 世間を騒がせている心臓を喰らう殺人鬼。
ハートイーターこと心喰である。
連続殺人鬼と呼ばれるハートイーターが15かそこらの少年だなんて 誰が予想できたことか。
専門家やらプロファイラーやらが予想するハートイーターの素顔はまるで彼には当てはまらない。

「見つかるようなアホなことはすんなよ、本当に」
「はーい」
「真面目に聞け」

弔くんもう耳タコだよ、と彼はヘラヘラと笑う。
本当に聞いてんのか 聞いてないのか。
今まで見つかってないのが奇跡だな、と少し思ったりもする。
まぁ、俺たちの前では年相応の彼だが 普段はこんなんじゃないことを知っているから 好きにさせてはいるんだけどな。

「そーいや、お前に任務だ」
「なに?楽しいこと?」
「雄英に入学しろ」

ユウエイ?とまるでわかってない彼に ヒーロー育成の学校だと伝えれば死ぬほど嫌な顔をされた。

「そんな顔してもダメだ。今年からオールマイトがそこで働くって噂が出てるんだ。あそこはセキュリティも固いし。中に人が必要なんだよ」
「なんで俺?やだよ、ヒーローなんて。あ、喰ってもいいの?なら、いいけど」
「中で喰うやつがあるか。すぐにバレるだろ」

死ぬほど嫌だと俺を睨む彼にオールマイトを倒すという目標を達成した暁に 奴の心臓を喰わせてやるといえば 表情がころりと変わる。

「ほんと?言ったね?言ったからね!?」

楽しみだなぁと唇を舐めた彼にその為にはと大量の教材を渡す。

「その為には お勉強しろよ」
「え。無理でしょ。学校もまともに通ったことないんだよ!?俺、野良!野良だから!!」
「いいから。やれ。黒霧が教えてくれる」

頑張りましょうね、という黒霧に彼は項垂れる。

「これでオールマイト来なかったら弔くんの心臓喰っちゃうからね!?」


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