この世界に復讐を

「ねぇ、思ったんだけどさ?」
「なんだ?」
「俺の個性でヒーローになんかなれるの?」

たしかにそうかもしれないですね、と黒霧が頷く。

「俺の個性じゃ敵を倒すとか、できないけど」
「使い方次第だと思うけど、一理あるな」

俺の個性は 無効。
ありとあらゆるものを無効にすることができる。

「お前、普段はどう使ってる?」
「普段?別に 相手の活動を無効化させて その間に解剖してるけど」

イメージとしては微弱な電気を送るみたいなそんな感じ。
だから、直接触れるか、間接的にでもそれに触れて 無効にしたいものを思い浮かべなければ無効にすることができない。
例えば、人の痛みや意識を無効にすることもできるし。
例えば、壁に手を触れれば監視カメラを無効にすることもできる。
使用時間に制限があるから、解剖は時間との勝負でもあるけれど。

「…使い方、」
「こーやって使うのしか 思いつかなかったんだもん。仕方ないじゃん」

こんな俺じゃ受け入れてくれないの、と弔くんを睨めば怒るなよと頭を撫でた。
すぐ子供扱いする。

「とりあえず 戦い方を考えないとですね。見つからないようなら、また個性を貰うしかないですし」
「そうだな」

そんなわけで、勉強に併せて特訓も始まった。





「思ってたことを、一つ言ってもいいですか?」

心喰が勉強を教え始めて数日が経った頃。
勉強を教えていた黒霧がそう切り出した。

「なに?」
「よく一度の説明で覚えられますよね」

黒霧の言葉に彼は首を傾げる。

「普通のことじゃないの?理解してしまえば あとはそれに倣うだけだから」

彼はそう言って笑いながら 目の前の問題を解いていく。
確かに彼の理解力は 普通ではない。
黒霧が不思議に思うのも当然だろう。

「まぁ、どんな問題が解けたところで 個性がなければ 底辺だけど」
「…それが、個性だったってことはないですかね」
「可能性はあるかもな。小学校に通ってれば 個性として認められていたかもな」

俺がそう言ってやれば、心喰は俺を見た。
数秒俺を見つめてから 今更そんなこと言われてもね、と笑う。

「もし、俺が全てを理解する個性を持っていたとして。それは、努力すれば 覆すことができる使えないものだよ。なんの役にも立たない」

彼の言う通り、もし本当にそれが彼の個性だとしたら今の時代では ただの役立たずなのかもしれない。
みんなが求めるのは ヒーローになる為に 戦う為の 個性。

「実際、俺は幼少期に無個性として診断を受けてる。個性を持たない人間の身体的特徴もあったしね」

彼は、俺と出会った時は無個性だった。
本当は この理解力が個性だったのかもしれないが 世間一般としては 無個性として扱われた。
そのせいで虐げられ 捨てられた。

「万物を理解できたとしても、そこから先は?結局、理解と記憶には 大した違いはない。戦闘においても テストにおいても。」
「心喰、」

彼の目は あの頃となんら変わりはない。
彼に出会ってすぐ、お前は何を望むと聞いたことがある。
それに彼は笑いながら答えた。
努力で覆すことのできない格差を作り出したこの世界に復讐したい、と。
年端も行かぬ子供が答えるにはあまりにも衝撃的だったことを覚えている。
個性を手に入れ底辺を抜け出したはずの今でも彼はそれを目標としているのだから、それだけ譲れぬことなのだろう。
ハートイーターとして狙うのも 個性をひけらかし悪さをする奴やヒーローに限られているのだから彼の行動の原点はそこにある。

「なんで黙り込んでるの?弔くん」
「いや、なんでもない」
「そう?ならいいけど」

彼は笑って、目の前の問題集に視線を向けた。

「成績は問題なさそうですが。個性についてはどうしますか?正直、特訓の成果は思わしくないですが」
「そうだな」

ここ数日の特訓で、心喰の個性でヒーローを目指す学校に入るには少し難しいことがわかった。
彼は元々個性をメインに使っていない。
人を解剖することや絶命させることには長けているがそれは個性ではなく彼の身体能力によるもので。
個性を用いて 戦うことや倒すことは悉く才能がなかった。

「もし、本当に万物を理解する頭脳を持っているのだとしたら 一つだけいい個性があるよ。使い勝手が悪くてね、使ってなかったのだけど」

画面の向こうの先生の言葉に心喰がペンを止め首を傾げる。

「俺に使えるの?」
「君なら、使えるかもしれないね」

先生の言葉に 心喰が俯くのがわかった。

「…俺は、無効をちゃんと使えなかったのに?」
「そうなことはないさ。十分に使えている。不安になる必要はないよ、心喰」

与えてもらった個性すら、自分には扱えていない。
ここ数日の特訓で彼はそう考えていたのだろう。

「心喰、」

彼は不安そうにこちらを見た。
使えなければ捨てられる。
弱者は淘汰される。
それが彼の体に染み付いた理だ。

「大丈夫だ。俺たちは、心喰を捨てたりしない。今の心喰が弱いとも思わないし 個性が使えていないとも思ってない」

ハートイーターとして世間を騒がせているくらいの存在なのだ。
何を不安に思う必要がある。

「雄英のそういう基準が心喰を苦しめた格差を生んでるんだ。ヒーローに向いている 向いていない。ヒーローを目指さない奴にもそれが当てはめられてる。そんなもん 壊したいだろ?」

俺の言葉に彼は 頷く。

「壊してやれよ。個性をひけらかして周りを陥れて自分を強者だと信じて疑わない奴らを 彼らの土俵でさ」
「……そうだね」

心喰は画面の向こうの先生の方を見た。

「先生。俺にその個性を、ちょうだい。絶対に使いこなしてみせるから」
「おいで、心喰。君には御誂え向きな個性だよ」


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