居場所

世間を騒がせる敵、ハートイーターは俺のヒーローだった。

「貴方の居場所になったらいいな」

そう言って、彼は俺を敵連合に連れていった。
孤独だった俺に会いに来て、あの暗い家から連れ出してくれた。
こんな俺に、居場所をくれたのだ。
死柄木とすれ違ってしまっても、俺たちを信じられなくなってしまっていても、彼は俺たちを助けてくれた。
俺よりも、誰よりもずっと 心喰は俺たちを愛してくれていた。大切にしてくれていた。
だから、今度こそと思っていた。
彼の、力になりたいと 皆の力になりたいと思っていた。

「どうなってんだよ、なァ………!」

亀裂の入った崩れそうな建物。
自分を狙う翼。

「襲撃日時は暗号でやりとりしました。いやー、めちゃくちゃ大変でしたよ。今回はとにかく数が脅威でしたので、」
「おい」
「二倍のあなたに少しの猶予も与えたくなかった」
「おいって、なぁ!!」

何だ、なんなんだこれは。

「あなたを常にマークする必要があった。『会議前に解放思想のおさらい』自然でしょ」
「ホーク「抵抗しないでください。あなたはこのまま拘束し警察に引き渡します」ちょっと…待ってよ…」

Mr.の腕、マグ姉……
それを失う原因を作ったのは アイツを連れてきてしまった俺だった。

「あああ、ねぇえ………いっっつも、こうだあ。またかよぉオオお…!」

どうして、どうしてだ。
俺だって、力になりたかった。
俺だって、心喰のように誰かの救いになりたかった。
彼が、彼らが俺にしてくれたように。

「信じて…信じてあげねぇと可哀想だってーーー思ったからーー…」

俺の居場所はあそこじゃないと笑った彼の仲間になってあげたいと思ったから。
孤独から、救い出せるように手を差し伸べてあげたかったのに。

「誰かが信じてあげねえと可哀想だって」
「ありがとう。あなたは運が悪かっただけだ。罪を償ってやり直そう。やり直せるように俺も手伝う。…あなたはいい人だから」
「うるせぇ。これがヒーローか?」

初めて会った時、心喰は俺に教えてくれた。
ヒーローの両親の下に生まれ、そして殺されたのだと。
個性を持たなかった、ただそれだけの事で。
あァ、これがヒーローなんだ。
世界に蔓延る、ヒーローなんだ。
俺が知る、俺を助けてくれた本物のヒーローハートイーターとは違う。

「何をやり直すってんだ、なァ!?」
「やめろ、分倍河原!」
「俺は俺のことなんかとっくにどうでもいぃんだよ」

解放軍に生まれ変わって、心喰と死柄木が仲直りして。
心喰は俺に頭を下げた。
あんな風に当たったしまって、申し訳ないと。
俺も、一緒だから。
俺にとっても、唯一の居場所なんだと。
今度はちゃんと、皆を守るからねと。
傷付けてごめんなさい、と刺青が刻まれた両腕が俺を抱き締めてくれた。

「あなたと戦いたくないんだ!分倍河原!」
「そりゃてめェの都合だろ!!!!」

溢れ出す涙が止まらない。

「俺の魂はただ連合の幸せの為に」





ホークスの裏切りを掴んだ心喰に一度聞いた事がある。
トゥワイスや他の連中には言わないのか、と。
あいつは少しだけ黙り、言わないでおこうといった。
傷ついて欲しくないからなと下手くそな笑みを浮かべて。

「結局、傷つくことになっちまったなぁ」

建物に木霊する悲痛なほどのトゥワイスの叫び声。

「おめェらは…ヒーローなんかじゃねえ…いつもそうだ。誰も彼も!あぶれた人間は切り捨てられる!」

心喰は言っていた。
自分が巻き込んでしまったと。
自分の殺しの為に、自分がハートイーターでい続ける為に、彼を連れて来てしまったと。
優しい彼を巻き込むべきじゃなかったかな、と。
けど、トゥワイスがいてくれて ここを自分の居場所に選んでくれたのが嬉しいのだと。
歪な、歪んだ男は 歪みながらも彼らを、俺達を真っ直ぐ愛しているのだ。
個性を恨みながらも、個性を持つ俺達を 盛大な矛盾を孕みながら愛しているのだ。

「知らねェだろ…!トガちゃんなんか…俺をハンカチ優しく包んでくれるんだ。心喰は俺に居場所をくれた!愛してくれた!」

トゥワイスの悲痛の声が聞こえてくる。

「なァ知ってんのかよ…!?2度目だぜ?これで2度目だ。俺まだ皆を陥れた。トガちゃんはもう俺を包んでくれないだろうな…心喰は、俺を愛してくれないだろうな…でもいい…ただ皆の幸せを守るだけだ」
「連中に伝えとくよ」

炎が部屋を飲み込む。

「伝えなくていいぜ!聞こえてる」

炎から飛び退いた彼を踏み付け、「俺に気付いてなかったろ!?」と笑いながら叫ぶ。

「絆されてんじゃんか、ヒーロー!」

運が悪かったなんて、てめェの尺度でのたまうな。
運が悪かったから、ヒーローに殺されていいのか?
なァ、違うよな?

足で押さえつけながら焼き殺そうとしたホークスが、火のついた翼に引かれながら逃げ出す。
思わず嘘だろ、と声が出たが、彼の背にあった立派な翼は見る影もない。

「武器がだいぶ減っちまったな」
「仲間も燃えるとこだったぞ…」
「大丈夫。ヒーローってのァ…咄嗟に人命救助しちまうもんだ」
「皮肉が冴えてるね。わかってたかのような勢いだったけど…バレてた?」

トゥワイスは生きているだろうか。
もし死んだら心喰は責任を感じるのかもな。

「バレるも何も最初から何も信じちゃいねぇ」
「そ」
「トゥワイス、心喰が言ってたよ」

指先が微かに動くのがわかった。

「優しいお前を、巻き込むべきじゃなかったかなって」
「黙れ!」
「けど、お前が ここを居場所に選んでくれたのが嬉しかったって」

トゥワイスが燃やせと叫びながら、ホークスの隣から駆け出す。

「お前一人いればヒーローなんざ蹴散らせる。暴れろ、みんなが待ってるぜ」
「ああ。っああ!」

左手に、トゥワイスの左手が触れた。
駆け出したトゥワイスの方にホークスが回り込む。

炎と共に外に出て…周り込んだのか…!?

「速すぎだ」
「どけやああ!!」
「鷹見啓悟!!」

トゥワイスにとどめを刺そうとしていたホークスが一瞬、躊躇った。
複製ごとホークスを炎に包みこんだ。





皆を、守らなきゃあ!
守れトゥワイス!
受け入れてくれた恩を、仇で返して終わるんじゃねぇ!!

確かに俺の人生は落ちて、落ちて、騙されて、哀れで無意味に映っただろうな。

「ごめん、2人とも。また俺のせいだ。ホークスにやられた。またやっちまった。ごめん、トガちゃん。ああ…ああ…!また可愛い顔に傷つけちまった」

自分を求めてさ迷って、自分より大事な仲間に恵まれた。

「ハンカチ、返すよ」
「トゥワイス!?」

体が溶けだす。
もう、時間が無いのだろう。

「俺…もう…増えない。ごめん、最期まで…本当に」
「仁くん、たすけてくれてありがとう」

心喰と同じように、トガちゃんの両腕が俺を抱き締めた。

あったけぇな、みんな。
あたたかい。
これより、最高な人生があんのかよ。
死ねよ、ホークス。
運が悪かったなんててめェが決めるな。
俺はここにいられて、幸せだったんだ!


遠のく意識の中で、コンコン、と控えめなノックが鳴った。
ボロっちいドアを開けば、幼さの残る少年が立っていた。

「こんな子供ですが、敵名を ハートイーターと言います。以後お見知り置きを」

そう言って彼は笑っていた。
少年らしく、だが、どこか影を残して。
それでもどうしてたが、俺には地獄から俺を救い出しにきてくれた神様みたいに、天使みたいに見えていたんだ。

死柄木を愛しているのに、どこか歪で、何かを恐れているようで。
それでもどうしようもなく彼を愛して、俺たちを愛してくれていた。
雄英という危険な場所に1人で潜り込み、それでも俺達の為に危険を顧みず戦っている。

「あいしてたよ、俺も。トガちゃん、心喰、みんな…あいしてる、ありがとう」





避難誘導をしていた俺たちと一緒にいた、隣にいた霧矢が足を止めた。

「おい、」

何してんだ、と振り返れば彼の体がどろりと溶け出す。

「っ、おい!霧矢!?!!!」

クソデクがそれを見て目を見開き、トゥワイスの複製の個性!と焦ったように言った。

「霧矢くん!?」
「霧矢!?」

動揺がヒーローの中に走る。
あれは敵の個性の、とヒーロー達が溶け出す霧矢を囲み臨戦態勢になる。

崩れ落ちる霧矢はそんなヒーロー達にも表情を変えることはなく、自分の崩れる掌を見つめて そして静かに、何かを受け入れるようにその目を閉じた。
溶け出しながら、彼の口は何かを伝えようと動いた気がした。
そして、霧矢だったものが跡形もなく、そこから消えた。

「おい、どういう事だよ」
「そ、そんなんこっちが聞きたいよ!?」

いつから、霧矢は複製になっていた。
一体、いつから。
本物の霧矢は、じゃあどこにいる?

「……なぁ、霧矢……無事なのか、」

半分野郎が、臨戦態勢だったヒーローを見回しながら言った。

「…や、やめてよ轟くん……」
「そ、そうよ…轟ちゃん。きっと、何か…」
「何かってなんだ?」

俺の言葉に全員が口を噤んだ。
霧矢がいない。
そして、霧矢の複製が俺たちの中に紛れ込んでいた。

攫われたことのある俺だからわかる。
脅威はこちらの準備なんか関係なく、やってくる。
俺がどれだけヒーローに、オールマイトに憧れていても アイツらにしたら俺は仲間にしたい駒だった。
俺よりも、霧矢を今 欲しがってもおかしくは無い。
あいつは、ヒーローを目指しながらもヒーローを好きではないから。
上手く懐柔してしまおうと、思っても おかしくはないんだ。

俺はアイツの狂気を知っている。
あれは、敵にとって見りゃ魅力的なんじゃねぇか?
ヒーローに救われなかったから、ヒーローに救えない人を救いたい。
それって、ヒーローじゃなくても出来るだろ?って言われてしまえば?
いつか言ったように ハートイーターが霧矢の親を殺してみせたら?
アイツもハートイーターをヒーローだと思うんじゃねぇのか?

バーニンが他のヒーローに連絡を入れているのを見ながら舌打ちが零れた。

アイツが真っ当にヒーローを目指している事がまず、奇跡だったんだ。
ハートイーターである×××と同じ顔をした、狂気を孕む霧矢。
それは、ハートイーターにしてみればあまりにも美味しい獲物なんじゃねぇか?

「イレイザーヘッドがハートイーターとの交戦中に聞いたみたいだ。アルケミスト、雄英生の霧矢心と接触し、攫ったことを仄めかす発言を」

バーニンの発言に飛び出しそうになったデクを他のヒーロー達が制した。

「自分の役目を全うしろ、デク」
「でも、」
「テメェが行ってなんになる」

デクは俺を見て、じゃあ放っておけというのかと声を荒らげた。

「アイツがお前に救われてェと思うのかっつってんだよ」
「っ!」
「霧矢はお前と敵なら敵の手を取る。それくらい、テメェが嫌いなんだよ」

アイツを救う資格はお前にはない、と背を向けた。
そしてその資格はきっと、俺にもないんだろう。
アイツは、誰の救いの手なら迷わず握るんだろうかと考えたけど どうにも答えは浮かばなかった。

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