ドッペルゲンガー

ハートイーター。
彼の言葉に、いつかのマイクの言葉が過ぎった。

「いるだろ、内通者」

そう、怒気を含ませた彼の、珍しく怒ったあの声が嫌に頭の中で繰り返される。
何故、彼は知っている。
緑谷が、轟の救いになったことを。
何故、彼は知っている。
俺たちが、×××に辿り着いたことを。

内通者がいるのか。
それも、雄英の中に。

「そういや、聞いたぞ」

刀を振るいながら、ヒーローを躊躇いもなく刺し殺しながら、チャックの開いた口元の奥で笑みを浮かべている。

「雄英の生徒を、俺だと疑ったんだって?」

抹消しても、意味が無い。
頬を掠めた刀と目の前に近づいたハートイーター。

「霧矢心。あの子を、俺だと思ったんだろ?」

俺さえ最近、聞かされた話だった。
目の前の奴は、可哀想になァと歯を見せる。

「最初に疑ったのは、爆豪勝己だったらしいぜ?クラスメイトに、友達に疑われるってどんな気分かな?」

エンデヴァーさんは、他のヒーロー達は、脳無に掛かりっきりだ。
時折こちらに加勢しても、尽く彼の刀がそれを跳ね除けていく。
抹消は個性を扱う戦闘でこそ生きるものだ。
それが分かっているから、ハートイーターは俺を相手しているのだろう。

塚内さんから報告は聞いていた。
×××がハートイーターだとわかった時、そのキッカケになったのは爆豪が×××の存在に気づいたことだったと。
×××が霧矢なのではと疑い始めたことだったと。
結果、霧矢は×××ではなかったし、×××はハートイーターとして目の前に現れたのだが。
それでも、疑いの目を向けられた彼がどんな思いをしたのかは計り知れない。

「可哀想になァ?親のせいで腕を失い、仲間には疑われ…」
「黙れ!!」
「そして、彼は……俺たちに搾取される」

振り上げられた刀が首筋を掠った。
捕縛布さえも裁ち切るあの刀は俺とはあまりにも相性が悪い。

「どういうことだ!?」
「偶然ね、見掛けたんだよ。繁華街の中、あの子をさ」

数日前、外出届けを出しに来た彼を思い出す。

「いやぁ、ビックリだよな?見たことある顔面がさぁ、前から歩いて来るんだから」
「まさか!お前!!!」
「ヒーローが付きっきりなんだと思ってたんだけど、1人だったんだよなァあの子」

ヒーローが付き添うことは何度も提案した。
だが彼はそれを受け入れはしなかった。

彼の義手を作る人は、両足が悪く歩く事が出来ないと。
ヒーローが付き添えば、霧矢の存在が目立ってしまう。
そうなれば、彼の存在が明るみになると。
幼い頃から腕を失った自分を支えてくれた人を、こんな危険な世界に巻き込みたくはないのだと。
そう語る彼に、無理強いは出来なかった。
他人を思いやることをしない彼の、珍しい感情だったから。

「霧矢に、何をした!?!」
「何をしたと思う?」

捕縛布掴み、俺を引き寄せたハートイーターの切っ先が首筋に触れる。

「俺の生徒に、手を!出すな!!!」

その刃を掴み、勢い任せにその顔を殴ればマスクがひび割れ 顔の半分が地面に落ちる。
それを視線で追い、顔を上げたその男の顔に、息が詰まった。

「っ!?」
「………なァ?よく似てると思わないか?」

彼は目を細め笑う。
その笑い声が、鼓膜を揺らし、心臓が嫌な音を立てる。

「イレイザー?」

まるで彼のように、首を傾げた。
まるで彼のように、左腕を摩った。
まるで、彼のように。

「俺を殺すんですか?先生?」

1度も呼んだことが何はずなのに、霧矢に呼ばれたようだった。
ずっと俺をイレイザーと呼んでいたはずなのに、先生と そう呼ばれた瞬間に躊躇った。

「そう言えば知ってるか?"俺"はヒーローの中じゃイレイザーヘッドが好きなんだってよ」
「お前じゃ!ない!!」
「本当に?そうか?俺は、"俺"じゃないか?」

割れた残り半分のマスクを彼は外し、微笑みを浮かべた。
確かに、知っている笑みだった。
彼が時々見せる、笑顔と重なった。

「なァ、イレイザー?」
「イレイザー!!!」

マイクの大声が耳を劈く。
目の前の男は「あーぁ」と吐き出して、地面に落ちたマスクを拾い上げる。
下を向いた事で、フードが彼の顔を隠した。

「またねぇ、イレイザーヘッド」
「待て!!!霧矢はどこだ!?!!」
「さぁ?どこだっけ?」

割れたマスクを彼は顔に付けて、背を向ける。
この荒れた戦場で、何故か彼の周りだけ静寂に包まれたようだった。
近づいてくるヒーローを、その刀は容赦なく突き刺し切り捨てていく。
飛び散る血が、花弁のように彼の周りを舞って落ちていく。

「ねぇ、知ってるか?イレイザー」
「逃げられると思ってるのか!?!」

駆け出した俺に彼は臆すことなく話し続ける。

「俺の父親だった男には、沢山愛人がいてさァ」

捕縛布が彼を捕まえた。
それでも彼は、話し続ける。

「×××も、×××についてリークした子も、それ以外にも沢山子供がいて。……あぁ、母方の血を分けた子供も確か沢山いるはずなんだけどな?いつだったか、あの男は海外に渡ったことがあるんだよ」

何が言いたいのか。
戦場にいるとは思えないほど彼は穏やかに、例え自分にエンデヴァーの炎が近付いていても、俺のナイフが近付いていても。
彼は穏やかに、言葉を並べる。

「霧矢心。あれの両親って、海外にいたよなァ?研究者同士結婚して生まれた子供だって話だけど……?本当にそうかな?」
「は………?」
「俺と血を分けた家族だったりして…………?教え子の家族を殺すのか?先生」

彼は厭らしく目を細め、口角を吊り上げる。
やめてくれ、と叫びたくなった。

「なぁんて、冗談だよ。他人の空似だ。いや、ドッペルゲンガーってのが正解かもしれないな」

目の前に、脳無が飛び込んで来た。

「ドッペルゲンガーなら、俺達が出会った時……死ぬのはどっちだと思う?生き残れるのはどっちだと思う?」
「黙れ!!」
「なぁ、イレイザー……本物はどっちだと思う?」

それの個性を抹消して縛り付けた時にはもう ハートイーターの姿はなかった。

「イレイザー、落ち着け!ハートイーターに何を言われたんだよ!?」
「霧矢が、攫われているかもしれない」
「は?霧矢が…?いやけど、今日も避難誘導の方にいたはずじゃ…」

トゥワイスの複製だ、と言えば マイクの目が鋭くなった。

「それが事実だったら、ヤベぇが…事実じゃなければ、霧矢の身が危ない」

そう、その通りだ。
疑心暗鬼になれば、一気に敵に飲み込まれるはずだ。
それに、今まで頑なに顔を隠してきたハートイーターがあんなにもあっさり顔を明かすのもおかしい。
どこかで、×××に辿り着いたことを知って。
どこかで、その過程で霧矢が疑われたことを知ったのかもしれない。
個性を作れるのだ。
顔の一つや二つ、偽装できてもおかしくはない。

「ここを制圧して、確かめに行く。俺の生徒には、手は出させない」
「Okey!それでこそ、イレイザーヘッドだ!」

どうか、無事でいてくれ。
そう願えば願うほど、彼の言葉が頭に過ぎり焦燥に駆られる。

「最期かもしれないですね」

そう言って笑った霧矢が、どうしてだか記憶の中でハートイーターと重なっていくのだ。





大事なマスクなのに、と呟きながら青い光がそれを包む。
元の形に戻ったそれを顔に戻して、後ろの戦線を振り返る。

「イレイザーは厄介なんだよねぇ、だからさ…」

揺らいで貰う為に、顔を明かす価値がある。
エンデヴァーはきっと荼毘の計画で崩れるだろうし。
問題は、弔くんかなぁ。

「先行していったヒーローもいるみたいだし…追いつくか」

王の眠りを妨げられるわけにはいかないのだ。





心喰は死柄木の元にいるらしく、情報をこちらに送ったっきり連絡はない。
だが、こちら側もヒーロー達の突入に焦りはあれど 心喰の計画通り戦闘を始められているようだった。

まぁ死柄木の元にいるなんて アイツらしいと言えば、らしいか。
本当のところわからないが、彼にとって死柄木弔は特別だ。
死柄木から心喰への感情の重さを知りつつ、心喰から死柄木への感情の歪さも知っている。
何故あんな2人で成り立つことができているのわからないが、彼らは2人でいるからこそ成り立つものなのだ。
個々人で立ってしまえば、暴走の一途を辿ることとなる。
今は正に、その時なのだ。
心喰は死柄木のコントローラーで、死柄木は心喰のブレーキなのだ。
ブレーキを無くした彼は、思いもよらぬ暴走を繰り広げることだろう。

「まァ…そういうところがアイツの面白い所なんだよな。本当にさ」

数日前、手伝って欲しいと呼び出されたことを思い出しつつ人の波を逆らい歩く。
彼と会ったら何を話そうか。
どんなことを、話してくれるだろうか。

仲間なんて、正味どうでもよかった。
自分の目的の為に有益か否か、それだけだった。
敵連合は、解放軍は隠れ蓑としてちょうど良かった。
そのはずだったのに。

呼び出されたあの日、彼は教えてくれた。
自らの出生を。
×××という、彼の最初の名前を。
あの日も驚いて、何も言えなかったが今なら彼に己の過去を話した時に言われた言葉にだって答えられる気がする。

「俺たちは、確かに似てるのかもしれないな」

だからこそ、同じ道を歩むことが出来るのではないかと。
死柄木弔ではなく、俺と共に。
俺と彼なら、何に成れるだろうか。
それも、会えた時に聞いてみよう。
俺の事嫌いなんじゃなかった?と笑いながら、きっと答えてくれるはずだ。


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