終わってしまった後のこと
馬鹿野郎と、聞き覚えのある声が聞こえた。はて、誰の声だったか。
「お前は、本当に」
誰かが俺を抱きしめたい。
視える心は 随分と悲しそうで嬉しそうで。
ごちゃ混ぜの感情が俺の視界を埋め尽くした。
「悪いなァ、お兄さん。こちとら、目が見えなくてな。どこかで、会ったか?」
なんで。
どうして。
あぁ、けど 生きていただけでいい。
彼の心は俺の質問には答えてはくれないらしい。
さて、困ったものだ。
俺は死ぬはずが何故かこの星で生き長らえてしまった。
俺を匿ったのは 捨てられた少年だった。
両親に捨てられて、隙間風の酷い建物で暮らす少年。
目が見えてなくてもいいから、1人にしないでと泣きつかれ 家に連れて行かれて 気づけば長居していた。
俺にも両親がいなかったから、放っておけなかった。
死のう死のうとしていたのに、気付けば少年と生きていた。
そして、彼がやってきた。
それまで、どれくらいの時間が過ぎたのかは 俺にはわからない。
「馬鹿野郎、」
「おいおい。初対面でそりゃねぇだろ。馬鹿にされる謂れはねぇ」
「お前なんて、馬鹿で十分だ。死んだところで、お前の馬鹿は治らん」
抱きしめる腕が痛い。
「彪吾、」
自分を呼んだその声はどうしてか、懐かしい声だった。
「おっさんに、こんなとこまで迎えに来させるな」
「あぁ…そうか。老体に鞭打って、ご苦労さん。死ぬって言ったろ。なんで、わざわざきたんだよ。東さん」
「お前なら、死なないと思ったからだ」
なんて無茶苦茶な。
「お前なら、迅の視た未来を覆すと 信じてた」
「馬鹿だなぁ。過去は置いていけよ」
「勝手に過去になるな。俺たちはお前を 過去の人間だと思った事は一度もない。お前がいて、始めて ボーダーは成り立つんだ」
パタパタと聞き慣れた足音。
そして、服を引かれる。
「彪吾、友達?」
「昔のな」
「…ふぅん」
帰るの、と彼は少し咎めるような声で言った。
「帰らないよ。エデンでの俺は死んだんだ」
「…勝手に死なれちゃ困るんだが」
「東さん。俺は、もう生きる理由もねぇし 帰る理由もねぇ」
こいつのそばを離れる気もないよ、と隣に立つ彼の頭を撫でた。
「コイツに救われたんだ。だから、コイツを救ってやろうと思ってる」
「じゃあ、一緒に来ればいいだろ。なぁ、彪吾。俺を…置いていかないでくれ」
彼の声が震えた。
「来世で会おうって言ったろ」
「…お前がいるなら、来世だって、信じてやるさ。けどな、お前が隣にいないなら 来世もクソもないんだ。なぁ、彪吾。どうしても、帰って来ないって言うなら…」
額に冷たいものが触れた。
それが何かなんて、見なくてもわかる。
「お前を殺して、俺も死ぬ」
自分の命を天秤に、彼は俺を脅すのか。
あの時の 俺みたいで 笑えた。
突き付けられたアイビス。
緒方はどんな気持ちでこれを受け入れたんだろう。
この国に エデンで手に入れた情報は伝わっていなかった。
記憶が戻ったはずの緒方は、俺の作り上げた偽物の記憶は懇切丁寧に 国に広めた。
そして、エデンを敵に回してはいけないと触れ回ったらしい。
「馬鹿な奴だよ」
アイツの心は言った。
貴方に殺される日を待っていたと。
アイツの心は言った。
玄野隊を潰してしまった責任を、凛音を死なせてしまった責任を とらせてほしいと。
アイツの心は言った。
巻き込んでしまって ごめんなさいと。
アイツの心は言った。
凛音の愛したエデンを守ってくださいと。
そして、アイツの遺された心は 消滅した。
「みんな、みんな…死んでも治らねぇくらいの 大馬鹿野郎だよ」
▽
帰ってきた彪吾さんは、出て行った日と何も変わらない姿だった。
だが 彼の目には何も映らなかった。
彼に憑いていた心のせいなのか、サイドエフェクトによるものはのかは わからない。
彪吾さんは多くを語らなかったから。
だが、彼はそうなることを知っていたかのようだった。
なぜなら、彼の大学の卒論のテーマは トリオン機能による身体的欠損の補助、修復というものだった。
卒論の実験体として、自分の体を弄った。
結果、彼は多少の支障があるようだが 両目を使えるようになっていた。
だが、副作用は多いらしく 時折両目に激痛を感じたり 血の涙を流す。
「寺嶋、そっちの案件。投げていい?」
「いいですけど。彪吾さんは?」
「サイドエフェクトの無効化の開発上から認められたから。籠る」
何も変わらない。
空白の時間など、まるでなかったかのようで。
「了解です」
近界で過ごした日々のことを彼は語らなかった。
ただ、死なせてもらえなかったからんだよ と笑うだけ。
「てか、寝てます?ちゃんと寝てくださいね?」
「はいはい。最近過保護だなぁ」
「アンタが近界に家出なんかするからですよ」
家出じゃねぇよ、と彼はケラケラと笑った。
コンコンとノックが聴こえて、彪吾と 顔を出したのは東さん。
「緊急会議だと」
「はぁ!?今から?嘘だろ、めんどくせぇ」
東さんがラボに顔を出す頻度は 前よりも増えた。
それでも、彼らの関係が変わったかというと 見る限りでは変化はない。
「なんでこんな忙しい時に。これだから 上の人間は気に入らねぇ」
「まぁまぁ」
ちょっと出てくる、と声をかけた彪吾さんが立ち上がる。
そんな彼を見つめる東さんの目はやはり、凄く柔らかい。
なんとなく見てはいけないものを見た気がして、そっと目をそらした。
▽
結局、帰ってきてしまったボーダー。
視力は戻らなかったがトリオンで視覚を補って、普通にとまでは行かずとも見えるようになったが。
だが以前よりも 闇に染まった心の叫びが 視界を埋め尽くした。
「彪吾が連れてきたあの子。B級に上がったよ」
「あ?あぁ、そりゃそうだろ。俺が育てたんだ」
出水に負けず劣らずのトリオン量を持っていたらしい彼は遊びで教えた俺の戦闘スキルをみるみる吸収していった。
追々、太刀川にも勝たせるつもりだ。
「なぁ、彪吾」
「なんだよ」
「ボーダーを辞めなくて、よかったのか」
戻ってきた俺が視力を失ったことに、みんな悲しみ それでも生きて帰ってきたことを喜んでいた。
声を詰まらせる影浦や二宮なんて、もう二度と見られないだろうに 視力がなかったことが悔やまれる。
「辞めたらニートだかんなぁ」
「…そういう話じゃなくて、」
「まぁ、責任を果たすよ」
死ぬと宣言した俺を ボーダーは探し続けていたらしい。
そして、東さんが俺に行かせてくれと 頭を下げたそうだ。
「東さんに無理させたんだ。そのムダ遣い分くらいは、返さにゃ死ぬに死に切れねぇ。あの世まで取り立てに来そうだかんなぁ」
笑いながら言ったその言葉に東さんが何かを思う前に 目を閉じた。
「彪吾、」
「はいはい。悪かったって。口にしないで、心の中で責めるのやめて」
別に生きながらえたことを後悔しているわけではない。
不完全燃焼は否めないが、そういう運命だったのだろうと諦めることにしてる。
結局俺も、緒方も 根本は同じ。
自らの罪を責め、エデンを守る為に身を差し出した。
生き残ってしまった俺は、彼の命の分も エデンの為に命を差し出そう。
「ま、いいよ。アンタの泣き顔見れただけ。生きてて得した気がするし」
「なっ!?」
目を開ければ真っ赤に染まった顔。
この人、心の中ごちゃ混ぜでも顔にはあまりでないタイプだったけど 最近表情がよく変わるから 面白い。
「怒るぞ、彪吾」
「もう怒ってるくせに何言ってんだか」
会議室に入ればもう見慣れた顔が並ぶ。
帰還して初っ端に 忍田さんに叩かれたの痛かったなぁ。
「彪吾さん」
「よ、お疲れさん」
ぺこりと頭を下げた風間に片手を上げて挨拶して、いつもの席に座る。
なんて事のない、日常だ。
確かに、寺島の言う通り家出みたいなもんだった気がするな。
探さないでください、と書き置きをしても探される 感じが特に。
忍田さんの話を聞き流しながら、目を閉じた。
視力を失って感じた。
表情と違って心は嘘をつかないから、好きだ。
「おい、聞いてるのか。彪吾」
「はいはい、聞いてますよ」
適当に返した返事。
真面目に聞けと、彼は言う。
「もしもの時は戦闘にも参加してもらう」
「それはノーだな。戦闘には参加しねぇ。戦闘はもう専門外だ」
視覚をトリオンに頼るようになってから、戦闘はやめた。
昔みたいにむしゃくしゃして太刀川とかをボコボコにしたりすることはもうなかった。
「戦えないよ、俺は」
思うように見えなくなっているのだ。
トリオンによる視覚補助はラグが生まれることがある。
その一瞬は致命的だった。
いっそのこと、視覚をオフにしてやった方が楽かもしれないってくらいだ。
「死んだ人間を数に入れるなよ」
「…やめなさい。その言い方は」
「はいはい。とりあえず、戦闘はなし。その地区に不安があるなら、アンタが出ろよ」
じゃあ代わりに、と冬島さんが手を挙げた。
「代わりに連合部隊のトラッパーしてくんね?俺1人じゃまわんねぇし」
「それなら、やってもいーよ。冬島さんはA級統括すんだろ?俺が、B級連合でいいよな」
「おっけー」
じゃあ、東さん後でミーティングな と声をかければ彼はわかったと真剣な顔で頷いた。
それなのに、彼の心の中はふわふわしてる。
前以上に俺への好意を隠さなくなったからなぁ。
見てて恥ずかしい。
まぁ、好いてくれてんのは嬉しいけど。
趣味悪ぃな、とは思うよな。
ミーティングが終わり、迅が珍しく自分から俺に近づいてきた。
「ねぇ、彪吾さん」
「なんだ?」
「なんで、未来を覆せたの」
彼は見ていた 俺の死を。
俺も知っていた 本来なら俺はスパイだった隊員を殺して 死んでいたはずだから。
「…お前の知らない過去が、干渉したからだろうな」
「俺の知らない過去…」
「これからも、きっとそうなる。心っつーのはな、お前の予想を悠々と覆していくだろーよ。」
退屈しないだろ?って笑ってやれば ちょっと困ると迅も笑った。
「ま、せいぜい振り回されてくれよ」
「やだなぁ。あ、彪吾さん」
「なんだ?」
そろそろ答えを出した方がいいって、俺のサイドエフェクトが言ってると ドヤ顔。
答え。
答えね。
「余計なお世話だってっつーの」
「彪吾さんは、意地悪だ」
「今に始まったことじゃねぇよ」
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