やり残したことを終わらせる
上から連絡があった。彪吾さんがいなくなったという 報せ。
それを聞いた時、すぐにわかってしまった。
駆け込んだラボは妙に片付いていて。
普段乱雑に積まれてた資料はクリップ留めされ、重ねられている。
あぁ、嫌な予感がする。
彼がいつも座る椅子に歩み寄れば 寺島へと 付箋の貼られたハードディスク。
「隊長、」
パソコンを起動すれば、初期化が完了しましたとコマンドが出たままだった。
いつか、こうなる日が来る気がしていた。
こうならないように、必死に俺はあの人を支えようと 引き止めようとしていたのに。
ハードディスクの下には 寺島へと書かれた封筒。
その中にはシンプルな便箋が3枚入っていた。
中に書かれていたのはあの時の真実。
大志郎の体に埋め込んだ発信機を、レプリカの地図に当てはめて彼の行った国が地球に接近する事を知った事。
凛音さんに大志郎が死んだと伝えたせいで、後を追って自殺した事。
そして、大志郎を殺して あの日の責任を取ると 綴られていた。
彪吾さんがあの日の事に責任を感じていることを俺は知っていた。
無理して開発を進めていたのも自分のせいで危機を招いてしまうかもしれないから、その脅威からボーダーを守る為だった。
だから、彪吾さんはあの日を境にボーダーの防衛システムを全て書き換えた。
自殺した凛音さんの心は彪吾さんに憑いていた。
ずっとずっと、彼を責め続けていたのだと 後に三輪から聞かされることになった。
『なぁ寺島。巻き込んじまって悪かったな。辛い思いをさせて悪かったな。こんな俺を隊長と慕って、ついてきてくれてありがとう』
彼の手紙は最後そう、書かれていた。
手紙は自分のポケットに押し込んだ。
最後の隊長命令だから、これは墓場まで持っていく。
誰も知らなくていい、俺と彪吾さんだけが 玄野隊だけが知っていればいい。
「隊長の、馬鹿野郎」
俺の涙は彼にはきっと、届かない。
▽
彪吾さんの失踪はすぐに広まった。
思えば最近、色んな人に会いに行っていた。
彼が深く関わってきた 人たちに。
彼なりの、最期の別れだったのかもしれない。
「雷蔵…彪吾は、」
一番悲しんでいたのは東さんだった。
彪吾さんは気づいていたのか。
周りから見てればわかる。
東さんはずっと、彪吾さんに想いを寄せていた。
あの人のことだ、気づいていただろうな。
「近くの監視カメラにゲートをくぐる様子が 映っていました…」
「…アイツ、ほんとに…どうして、そんなこと…」
彼の失踪直前に会った東さんは、酷く責任を感じていた。
最期に会いに行くのは東さんだと、思ってた。
あの人は何だかんだで、東さんを特別扱いしてたから。
開発中 食事はとらないし人とも会わない彼だが 東さんが訪れた時だけ手を止めて 食事に行ってた。
自分のラボに自由に出入りさせていた 唯一の戦闘員。
特別だったんだ、恋かどうかはわからないけど 確かに特別な存在だった。
なぁ、彪吾さん。
あの影浦が、東さんが、泣いてるぞ。
諏訪も風間も、木崎も 静かに涙を流し唇を噛んでいる。
太刀川と小南なんて壊れてしまいそうなくらいボロ泣きだ。
小南や京介には最近会ってなかったんですか。
寂しがってますよ
堤と加古は俯いて肩を震わせている。
二宮だって、悔しそうに唇を噛んでる。
目元は微かに赤いから、きっと泣いたぞ。
米屋も三輪も、泣いてる。
迅は顔を上げないよ。
けど、握り締めた手は痛々しいくらい 真っ白だ。
視えてしまっていたんだろうなこの未来が、それでも止められなかったから。
冬島さんや忍田さんは苦虫を噛み潰したような顔。
隊長。
アンタはさ、過去に囚われて生きてる間に これだけの人に慕われてきたんだよ。
ここにいないだけで、 アンタを想う人はもっといるのを知ってる。
お近づきになりたいと、話す隊員たちを 俺は見てきたし。
アンタがエンジニアに転向する前、アンタは戦闘員にとっての憧れだったんだ。
ここにはいないだけで、アンタを思って泣いてる奴がいる。
エンジニアになってからも、沢山の人がアンタに関わって、救われて、アンタを 知りたがってた。
なぁ、隊員。
知ってたんだろ。
知ってて、気づかないふりしてたんだろ。
隊長は、そういう人だもんな。
ズルくて、どうしようもない馬鹿野郎なのに、どうしようもなく カッコよくて仕方がなかった。
躓く俺たちを立ち上がらせるのはいつもアンタだった。
何かあった時俺たちを守ってくれるのだって、アンタだった。
上に対して 正面切って喧嘩して 俺らを守ってくれるのなんて アンタしかいなかったんだ。
隊員の些細な要望にも本気で応えてくれるエンジニアなんて、アンタしかいなかったんだ。
アンタに救われた人がどれだけいると思う?
どうせいなくなるなら、優しくなんてしなきゃいいのに。
口が悪くて冷たい癖に、アンタは誰よりも優しかった。
ハードディスク。
パスワードは ヒントがなくても分かった。
あの人がいつも使ってた、玄野隊の結成日。
データが読み込まれて一番に 流れてきたのは 一つの映像。
「はい、どーも。お疲れさん」
画面に映るのはいつもの彼だった。
「お通夜でもしてんのか?らしくねぇな」
彼はこっちの気も知らずケラケラと笑う。
いや、知っていて 笑ってるのかもしれない。
「なんて馬鹿なことをと、お前らは思ってるだろうから。とりあえず言い訳だけさせてもらう。遅かれ早かれ、俺の死は訪れてた。俺に憑いた心がな、闇に染まり始めてて。目は見えなくなってくるわ、首は絞めらてるみたいに息苦しくなってるわで。まぁ、呪い殺される寸前ってとこでさ。サイドエフェクトも、暴走を始めてた。体が、限界だったんだ」
彼の目から 血が流れた。
「生身だとすぐこれだよ」
血を指先で掬って、彼は笑った。
本部の中じゃいつもトリオン体だったから、気づかなかった。
いつからか、食事の時も 思えば最近はいつもトリオン体だったかもしれない。
「つーわけで。死ぬ前に責任はとらせてほしいことがあんだよ。過去のことは、過去に生きる俺が清算してこなきゃなんねぇでしょ。ボーダーに迷惑はかけねぇから。安心して。そんじゃ、それだけ。」
来世は一緒に笑おうぜ、と彼はどこか寂しそうに笑って カメラを切った。
「勝手な…小僧だ」
城戸さんが言った。
あぁ、本当に勝手な人だ。
何も、相談がなかった。
頬を伝った涙。
アンタは 本当に。
どうしようもない馬鹿野郎だ。
▽
今頃、彼らはあの映像を見ているだろうか。
怒ってるだろうなぁ。
「特に、東さんがヤバそう。あ、けど寺島か。」
まぁ、仕方ない。
緒方を撃った日から、凛音が死んだあの日から、決めていたことだった。
「よぉ、久しぶり」
彼の行き先は、彼の体に埋め込んだ発信機で知っていた。
彼の星が近づくのを今か、今かと待っていた。
「…なんて。覚えてないだろうけど」
「覚えてるよ、彪吾さん」
「…そうか。記憶封印措置は、」
こっちに帰ってきて、解けたよと彼は笑った。
あの頃と変わらない笑顔で。
「そりゃ、困ったな」
握りしめたアイビスを彼の額に押し付けた。
「殺すのは、お前だけじゃ足りなくなるかもな」
「ねぇ、最期に聞いていい?……凛音ちゃんは、どうしてる。玄野隊は…」
「玄野隊は解散した。…凛音も、死んだよ」
見開かれた彼の目。
あの人は関係なかった、と彼は叫ぶように 言った。
知ってるさ。
最初は、オペレーターしか知らない情報を手に入れる為に近付いた。
けど、本気になった。
「俺は、視えてるから。本気で、好きだったんだろ?だから、スパイだと、伝えた」
見開かれた瞳。
お前もアイツも相当やるよ。
ずっと、俺のことを欺いていたんだから。
「お前を殺したと、凛音には言った。お前に会いに行くなんて、言われちゃ困るからな。…けど、そのせいで自殺した。ごめんな。俺がもっと、いい隊長だったら。お前らを救う術が浮かんだかもしれないのに」
彼は、笑った。
「彪吾さんなら、そう言うと…思ったよ」
「そーかい」
「彪吾さん…アンタじゃなかったら、何の迷いもなかったのに」
引き金を引いていいよと彼は言った。
「彪吾さんには、その資格がある。殺されるんなら、彪吾さんがいいや」
「言われなくとも、」
響き渡った銃声。
目の前に散った赤色。
最期に彼は 笑って 心の中で言った。
本当の情報は 何一つ上に伝えられなかったと。
それが本当か嘘かは、もうわからなかった。
トリオン体が勝手に解ける。
体の限界だったんだろう。
生身の体は 瞳を開いても何も見えなくなっていた。
視えなくなった。
知らない土地で、自分を包んだのは どうしようもない暗闇だった。
「あーぁ、どうしたもんか」
彼女の心に呪い殺されるつもりでいたのに、肝心の心が見えなくなった。
息苦しさも、何故か消えた。
迅の視た死際はどんなもんだったんだろうか。
死ぬことしか、俺は知らなかったからな。
頬に濡れた感触。
泣いているのか、いつもの血の涙かは わからなかった。
「来世で、」
今度は皆、笑って過ごせればいいな。
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