若返る
目が覚めたら目の前に影浦の顔があった。
「起きたか、」
少しばかり普段より優しい声色と視界に流れる言葉に寝起きの頭をフル回転させる。
「お前、彪吾さんの何?彪吾さんどこいんの」
あぁ、そうだ。
トリオン機能の若返らせようとしてトリガー弄ったら、身体が若返ってしまったんだった。
バグを探したけど見つからないし、トリガーも解除できないし、数日に及ぶ徹夜で集中力も皆無で とりあえず仮眠をとったのだ。
見つめた自分の手は普段の一回りも二周りも小さい。
「おーい、聞いてっか」
影浦は何故俺のラボに訪れたのか。
何か予定があったか、と頭の中で考えるが思いつくものは1つもない。
この状況を説明した方が良いのだろうけど、きっとまた寺島や東さんに怒られんだろうな。
「……彪吾兄ちゃん、家帰った」
「は?まじかよ」
「兄ちゃん、明日には帰ってくるって」
珍しいこともあんな、と彼は少しだけ困った顔をした。
何か急を要する案件でもあったのだろうか。
もしそうなら申し訳ないが。
「じゃあお前はここで何してんの?彪吾さんいねぇんだろ?」
「お留守番」
「子供が1人で?こんな場所に?それはアホすぎんだろ」
つーか、彪吾さんに弟なんかいたっけ と目の前を流れる文章。
疑問符に埋め尽くされる視界の中で 影浦は仕方ねぇなと立ち上がった。
「飯食ったか?今昼時だけど」
「まだだけど。いらない」
「いらねぇことはねぇだろ。…行くぞ」
歩き出した影浦を見つめていれば わざとらしく大きく溜息をついて 俺の手を握った。
「ついて来い。飯食わせてやっから」
「……優しいね、お兄ちゃん」
「うざってぇもん、向けんな」
これは予想外。
だが、面白いからいいか。
繋がれた手をぼんやりと眺めながら 普段よりもゆっくりとした足取りを追いかける。
この体は恐らく小学生の中学年ぐらいだろうか。
鏡の中の自分は自分の記憶の中にもないくらいに幼かった。
この頃の俺を知る人は 恐らくいないだろう。
「ねぇ、お兄ちゃんの名前は?」
「あ゛?あー…影浦だ」
「カゲ兄」
目の前に動揺が走る。
吠えそうになるのをグッと抑えた彼は 好きにしろとそっぽを向いた。
「あれ、カゲ。誰それ?」
「げっ」
「げって酷くない?」
ひょこひょこと影浦に歩み寄った二宮のとこの隊員 確か犬飼 が俺の顔を覗き込む。
「誘拐?酷いことされてない?」
「うぜぇ、消えろ」
「ひどーい」
直接関わったことはほとんどない。
二宮からちらほら話は聞いているが、影浦とは相性が悪いらしい。
目の前の苛立ちを眺めながら どうしようかと視線を動かす。
そんな時見つけた存在に にやりと口元を緩めた。
「お父さん!」
わざと声を弾ませて抱きついた相手はピタリと動きを止めた。
そして、その相手の顔を見上げれば この世の終わりを見たような表情をしていた。
「え、冬島さんの子供?てか、結婚してたっけ?」
「マジかよ」
睨み合っていた影浦と犬飼が冬島さんに抱きついた俺を見て 知らなかった 相手誰だろう まぁそれくらいの年齢かな と色んな感情を吐き出す。
当の抱きつかれた本人からは !?!? だけが発せられていた。
「ちょっと待ってな、僕。ほんとに俺がお父さん?」
わざわざ目線を合わせる為にしゃがんでくれた彼に 耳貸して と伝える。
「はいはい、どーぞ」
「俺だよ、俺。彪吾」
「うぇ!?何してんの!?」
俺のことを上から下まで見て、確かに面影はあるかと 小さく呟く。
「ちょっと、ミスって トリガー壊れてんだよ。直そうにも時間かかって、仮眠してたら 影浦に見つかった」
「…直す目処は?」
「ぜーんぜん。だから暇なら力貸してくんね?東さんとかにバレたらこっ酷くやられっから」
ちょうど帰ろうとしてからいいけど、と冬島さんは溜息をついた。
「とりあえず話合わせりゃいいか?お前のラボの方が都合いいだろ」
「話が早くて助かる。悪ぃな、冬島さん」
「いーよ」
冬島さんは何を思ったか、俺を片手で抱き上げる。
「俺は父親じゃねぇよ。こいつ、彪吾んとこの子供だろ?会うの久々で忘れてたわ、こんなデカくなってると思ってなかったし」
「え、彪吾さんって子供いんのかよ」
「まじ!?え、相手誰?玄野さん結婚してんの?」
冬島さんは 「俺は何度か会ったことあるし 相手しとくわ」と2人に告げて歩き出す。
玄野さんなら結婚してても仕方ないかな。
相手誰だ。
女っ気無いはずだけどなー。
二宮さんなら知ってるかな。
つーか、彪吾さんと冬島さんって家族ぐるみの付き合いなのか?
流れてくる感情で有らぬ誤解を生んでいることはわかったが、まぁ致し方ない。
俺を抱き上げた冬島さんは どこか楽しそうだ。
「ヘラヘラしてんじゃねぇよ」
「いや、彪吾にもちゃんと子供時代があったんだなぁと 思ってな」
「…どうだかな」
黙ってりゃ可愛いじゃねぇか、と頭を撫でる大きな手。
節ばったその手は、普段と違い 頼もしく見える。
「…お父さん」
「やめろ」
「悪ぃ悪ぃ。父親がいたら、こんな感じだったんかなって、思っただけだ」
ラボで俺を下ろした彼は 父親いねぇのか?と首を傾げた。
「知らなかったか?父親はおろか母親もいねぇよ」
「…は、?」
「物心つく前に、死んだ。どっちも。なんかに殺されたらしい。まぁ、死体が残ってるわけじゃねぇからわからねぇけど。話聞く限りじゃ、ネイバーにやられたんだろうな、って」
小さな手でパソコンのマウスを握る。
「これ、システムなんだけど。どこがダメなんか、わかるか?」
「どれどれ?…て、こりゃまた、難しいの組んでんな」
「トリオン機能を若返らせようと思ったんだけどな、アンチエイジングとかドーピングみたいに」
自分の体は大事にしとけよ、と冬島さんは言って画面の前に座った。
「時々、お前のこと心配になるよ。俺」
「なんで」
「青春のせの字もねぇだろ。高校も大学もまともに行かなかったって聞いたぞ?…ちゃんと学生してほしかったわけよ、おっさんとしてはね。…それにそれこそ結婚とかも…」
先に冬島さんが結婚しろよ、と笑えばそれは言うなよと項垂れた。
「学校なんて行かなくても死にゃしねぇよ。学びたいことは独学で学んできた。…それにさ、嫁さんなり子供なり作ってみろよ。置いてかれちまうんだから、可哀想だろ」
「先に死ぬってか?」
「そういうこった」
▽
中身は大人とはいえ、子供のする表情じゃない。
死を覚悟した子供なんて、見てられない。
「せめて、俺よりは生きろよ。おっさん、置いてかれんの困るぜ〜」
「…努力するよ」
彪吾が 何を背負っているのかは知らない。
東が常々気にかけているほどだ。
きっと 何か があるんだろう。
年の割に達観しすぎた彼は 本当に子供時代があったのかと心配になる。
俺と共に画面を見つめる彼の横顔を見て、何を言うこともせずその頭を撫でた。
「おい、なんだよ」
「体戻ったら 飯行くか。たまには」
「いいけど」
俺よりも東よりも若い彼の未来を 潰しているのは俺たちなのではないか。
ボーダーという組織が、彼を殺す。
俺はそう思わずにはいられなかった。
「失礼しまーす」
ノックの音とドアの開く音。
振り返れば 顔を覗かせる 太刀川、出水、米屋。
「あれが彪吾さんの子供…」
「確かに、似てる」
犬飼か影浦から漏れたのだろう。
彪吾は彼らの方を振り返りめんどくさそうに顔をしかめた。
「冬島さん!入っていい?」
「…やめとけ。彪吾のラボは戦闘員立ち入り禁止だろ」
「えー!じゃあ連れてきてよ、その子!」
目をキラキラさせる彼らから、隣の彪吾に視線を向ける。
「…てきとーに相手すっから、バグ見つけるの任せていいか?」
「いいけど。大丈夫か」
「ま、なんとかすっから」
彼らに歩み寄った彪吾は おじさん誰?と首を傾げた。
その言葉に太刀川がショックを受けていることを 彪吾は気付いているんだろう。
「彪吾さんの奥さんってどんな人?てか、本当に彪吾さんの子供?」
「お父さんに言っちゃダメって言われてるから、言えない」
「まーじーか!!!」
普段どうやって生活してんの?と優しく話しかけたのは米屋だろう。
陽太郎がいるから子供の扱いを心得ているらしい。
「お母さんと一緒だよ」
「お父さん、会えないの寂しくね?」
「…強い子だから、僕。全然寂しくないよ」
演技のはずの彼の言葉が、妙にリアルだった。
両親を失った彼は、どう生活していたのか。
寂しく、なかったのだろうか。
先に死ぬから、大事な人を作らないというけれど。
今まで、彼は誰かを大事に思ったことはあるのか。
大事にされたことはあるのか。
「あ、」
親の愛情を知らない彼は、一体誰に愛されて生きてきたのだろうか。
「これじゃね、バグ」
呟いた言葉が聞こえたのか 軽い足音をさせて彪吾がこちらに駆け寄る。
「ほらここ。ここのプログラムだげぐちゃってね?」
「あー、ほんとだ。こんなの組んだっけ、俺」
カタカタと小さな手はキーボードを叩く。
「よし、と。これで多分」
「待て待て。アイツらいる前で解除する気か」
入口にまだいる3人。
彪吾は俺に目配せして、仕方ねぇと立ち上がる。
「お前ら帰んぞ」
「なんでよ、冬島さん!」
「こんな知らん奴に囲まれて可哀想だろ」
俺の言葉にぶーぶー言いながらも彼らは渋々背中を向ける。
「あ、なぁ!」
そんな中 米屋が彪吾を呼んだ
「寂しいって、弱いことじゃないよ」
「は、?」
「寂しくなるくらい、人を大切に思えてんだろ?カッコいいじゃん」
ニッと笑った米屋を見つめる彪吾は そーかいと 小さく呟いて背中を向けた。
閉まるドアの向こう、彼は何を思っているんだろうか。
「何で、わざわざ?」
俺の問いかけに米屋が笑った。
「昔、彪吾さんが言ってたから。秀次に。姉ちゃんいなくて寂しいなら、寂しいって言えよ。それは、弱さじゃなくて 大切にしてきた証拠だろって」
「カッコつけてんなぁ、彪吾」
「実際、カッコいいじゃん」
▽
元に戻った体。
大きくなった掌を握りしめて 笑った。
「寂しい」
親がいないことがじゃない。
恋人がいないことがじゃない。
俺が 家族のように大切にしてきた彼らがいないことが。
寂しい。
玄野隊は戻らない。
あの日々にはもう、戻れない。
だから俺は、死ぬ為に生きるのだ。
数日後。
俺に隠し子がいるという噂はボーダー全体に広まっていた。
東さんや忍田さんまで確認に来る始末。
その噂が消えるまで、ラボに引きこもることを決めるのはまた別のお話。
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