Whiteday
彪吾と付き合い始めて1ヶ月。俺たちの間で何かが変わったかと言えば、特に変わったことはない。
彼は相変わらず研究に没頭し、俺は俺で忙しくしていた。
彼の休息を兼ねて、食事に誘えば8割くらいは来てくれるようになった。
残りの2割は締切前だったり、会議前だったり 彼に余裕がない時だ。
それが、不満だとは思ってはいない。
告白をしたのも、自己満足の為にすぎなかったし。
応えてくれたのは嬉しかったが、お互いにお互いを縛るようなタイプでもなかった。
「…珍しいな」
だからこそ、彼から夜空けておいて。と短いメッセージが届いた時は驚いた。
彼から誘われたことなど、なかった気がする。
「……まぁ、なんだかんだ律儀なやつだし…」
3/14となればお返しでもしてやろうと思ってくれているのだろう。
かく言う俺もバレンタインにくれた子達にお返しを渡しながら、ラウンジに向かえば珍しい姿があった。
「彪吾?」
「ん?あぁ、東さん」
私服姿の彼はこちらを振り返り、任務は?と首を傾げる。
「さっき終わった所だ」
「そうか、お疲れさん」
「……何してんだ、こんなとこで」
お返し、と彼は傍らの大量の紙袋を指差す。
「数が多すぎて渡しに行くのも面倒で。取りに来て貰ってる」
「…なるほど、」
「アンタのは別にあるから、後でな」
彼はそう言って笑う。
「…気に、しなくてよかったのに」
「自己満だから、受け取れよ」
「彪吾さーん!!」
ぶんぶんとちぎれそうな程に手を振る米屋の傍らに秀次の姿もある。
それに気づいた彪吾が立ち上がる。
「お返しくれるって聞いて!!来ました!!」
「お前のはこれ。あと、三輪のはこれな」
紙袋についたタグを確認しながら彼らに紙袋を渡す所を見ると中身も変えてるのか?
「ありがとうございます」
「ありがとう、彪吾さん」
「2人はこの後予定は?」
特にないですが、と米屋と顔を見合わせた秀次に彪吾が笑った。
「じゃあ、1戦やってくか?」
「「「え!?!!」」」
「バレンタインのお返しで」
何を言っているんですか、と声を荒らげたのは秀次だった。
それの傍ら、米屋も頷く。
トリオンによる視覚補助、それは彼の生活を助けはするが戦闘には適さない
そう言ったのは彼自身だったはずだ。
「…俺を誰だと思ってんの?技術屋だぞ?」
「嘘でしょ…??マジで???ホントに戦えんの…?」
泣きそうになる米屋の頭を彪吾は笑いながら撫でた。
その左手の薬指に見えたもの。
気づかなかった、あれ…着けてたのか。
「今はまだ訓練室の中でだけ、なんだけどなァ。まぁじきに外でも出来るようになるさ」
彼は穏やかに笑って、こちらを振り返る。
「夜まで空いてんの?」
「え?…あ、あぁ…」
「そしたら、東さんもやろうよ。折角だし」
彼はポケットからトリガーを取り出してとりあえず米屋から行くか、と歩き出した。
「三輪は次な。東さんと待ってて」
「…はい」
嬉しそうに彪吾にじゃれつく米屋を見ながら秀次が頬を緩める。
「陽介、ずっと…彪吾さん見ると辛そうにしてたんです」
「え?」
「帰ってきてくれたのは嬉しかった、けど……あの頃のままではないんだって現実が…多分重かったんだと思います」
米屋だけではないだろうな。
エンジニアをしていたとは言え、彼は「戦えない」とは言わなかった。
「戦わない」と「戦えない」では 大きな差がある。
その一文字の重さを、きっと彼は知っている。
「…よかった、」
「お前も、素直に喜んでいいんだよ」
俺の言葉に三輪は少しだけ、俯いてから頷いた。
▽
「久々にやると疲れるなー」
バレンタインのお返しを渡し終え、戦闘を切り上げたのは元々の待ち合わせの時間の30分前。
まだやりたいと喚く太刀川を風間に回収させて、最後のひとつとなったお返しをポケットに押し込んだ。
結局最後まで東さんは俺の戦闘を眺めていたらしく、お疲れとコーヒーを差し出した。
「サンキュ。飽きねぇか?あんなずっと見てて」
「お前が戦ってる姿は…いくら見ても飽きないよ」
「……ふぅん」
彼の隠す気もない甘ったるい感情を眺めながら、それとは似つかわしくなく穏やかに微笑む彼を見つめた。
「…どうした?」
「いや、別に」
まぁ、この人の中身と感情が違うのなんてここの所よくあることだ。
よく言えばポーカーフェイスが上手い。
だが、恋人という立場になったのだから そんなのばかり見ていたって面白くはない。
少し考えてから彼の右手を握れば、やっとそのポーカーフェイスが崩れた。
「なっ!?」
「俺、アンタのそういう表情の方が好きだよ」
「はぁ!?」
俺のことが好きで、余裕がなくなってしまうくらいがちょうどいい。
じゃあ行くかと歩きだそうとすれば、彼は待てと俺の手を引く。
「こ、このまま行くのか?」
「なんか不都合ある?」
「いや、流石に…人の目が…」
言いにくそうに、彼はそう言った。
見える感情も、こんなことを言ったらどう思うだろうかと 不安げだった。
「いいよ、別に」
ぱっと手を離して、行こうと声をかける。
不安そうな彼の目は 珍しい。
「公表したいわけでもない。年齢も年齢だしな。…子供の戯れとも言い訳できないしな」
「彪吾、俺は…!」
「大人ってのは、堅苦しいもんだよなァ」
今回、改めて考えさせられた。
わかってはいたけれど。
好き勝手生きるには、俺たちは大人になりすぎた。
「とりあえず、行くぞ?腹減ったろ」
▽
本部の入口で待たされたと思えば、目の前に現れたバイクに乗った彪吾。
ヘルメットを渡されて、乗って と後ろを叩く。
「お前、いつの間に…!?」
「知らなかったっけ?取れるようになってすぐに取ってた。エンジニアになる前はよく乗ってた」
手、回しといて と言われて素直にお腹の辺りに手を回す。
ふわ、と香る彼の匂いに少し恥ずかしくなった。
走り出したバイクはどこへ向かうのか。
地図も見ずに走ってる所を見ると慣れた場所なのだろう。
どれくらい走ったのか。
バイクが止まったのは 知らない場所だった。
目の前にあるのは明かりのついていない小さな一軒家。
「ここは…」
「俺の家」
「は?」
なんだ?って彼は笑って鍵を開けた。
「色々、考えはしたんだけどな。洒落たとこで飯食うのもなんか想像つかなくてさ」
「そ、れは……確かにそうだけど」
「だからまぁ、俺が作った」
ほら、入れよ。と扉を開き彼は言った。
家なんて初めてきた。
本部で寝泊まりをしているし、売り払ってしまったものだと どこかで勝手に思っていた。
明かりがつけられると 部屋の中がよく見える。
シンプルなデザインの家具が並び、どことなく彼らしいと思った。
座ってていいよ、と言われ 素直にソファに腰掛ける。
「2階は?」
「俺の寝室と向こうから連れてきたアイツの部屋。後は書庫って名の作業部屋。昔はよく使ってたんだ」
一緒に暮らしていたのか、といえば形だけなと彼は答えた。
「帰る家がないのは困るだろ。まぁ…俺も基本的に帰って来れないから 玉狛で預かって貰ってるけどな」
「そう、だったのか…」
「けどたまの休みには2人で飯食ったりするよ」
親子みたいだな、と言えば そうかもなと彼は鍋に火をつける。
「年齢的には兄弟かもしれねぇけど?まぁ…結婚とか子供とか…全く考えてなかったんだけどさ。アイツ連れてきてから色々考えててさ。養子に迎えられないかな…とかな」
「養子…」
「アイツが望んだこととは言え、母国から離してしまった責任もあんだろ」
それを言ったら俺もだろ、と言えば 彼は穏やかに笑った。
「お前ならそう言うと思ってた」
「え?」
近界で彼らは暮らしていた。
2人きりで、幸せそうに。
連れ戻しに行った俺にあの子は言った。
もう1人になりたくない、と。
「……もっと改まって言うのが正解なんだろうけどさ」
「なんだ?」
1度火を止めて彼はソファに座っていた俺の前に膝を着く。
「俺と一緒に、アイツの親に…なってくれないか」
「え…ちょ、…は?」
「男同士で付き合うだけで、世間の風当たりは強いだろうし。その上子供なんて…どう思われるかも分かったもんじゃねぇけど…」
彪吾は珍しく、その目を自信なさげに伏せた。
「それでも、俺はアイツに家族の愛情…みたいなもん教えたやりたい。…けど、お前と…東さんと、付き合うってこともやめたくはない。我儘なのは…分かってる。無理にとは、言わない。つーか、言えない。めちゃくちゃ言ってんのもわかってるから」
「…お前は、いつも無茶なことばかりだな」
隊を解散させエンジニアに転向した時も近界に1人で向かった時も。
それだけじゃない。
思い返せば随分とこの男の無茶と無謀に振り回されてきた。
それでも、その全てが 彪吾の周りへの愛だと俺は知っていた。
誰よりもボーダーを 俺たちを 愛しているんだ、こいつは。
「…あの子は…納得してるのか」
「軽く…話はしてある。東さんと付き合ったってことと…そういう風になりたいってことは。アイツな…大人のふりばっかり…上手くてさ。東さんにそんなこと言ったら迷惑だから やめなって言われた。けど、アイツの心ん中がさ……期待してたんだ。必死に隠してたけど…確かに、家族が欲しいって」
「……どこまで上手くできるか、わからないぞ」
え、と彼は目を丸くさせた。
「隊員と接するのとは…また、違うだろうから」
「東さん、」
「けど、お前と気持ちは一緒だ」
彼といたい。
そして、彼の大切な物を 俺も守りたい。
ボーダーも、あの少年も。
「試行錯誤 繰り返すしかないかもしれないな」
「っ狙撃銃作った時みたいだな…」
「今度は3人で、試行錯誤してみよう。あの頃よりも難しいかもしれないけどな」
彪吾が泣きそうな顔をして、笑った。
お前にそんな顔をさせられるなんて、少し妬けるけど。
それを見せて貰えるくらいには、俺も…きっと、特別なんだって自惚れてもいいだろう?
「…春秋、」
「急に名前を呼ぶな」
「愛してる」
たった5文字で息が出来なくなる。
顔が熱くなって、彼の名前を呼ぼうとした唇が震えた。
「お前で、よかった」
「彪吾、俺もだよ。お前を、愛してる」
▽
「ねーぇ!彪吾さん!!!まだー!?」
「あ゛ー!!!ちょっと待て。これ送ったら終わるから」
「それもう3回目なんだけど」
画面と睨めっこする俺に彼はさっきから文句を言っている。
「よっし、終わり。悪い!」
「遅ぇし」
「しょうがねぇだろ、急にメンテぶっ込んできたあのタヌキに文句言ってくれ」
じゃあ行くか、と声をかければ 彼はぴょんと椅子から飛び降りて 隣で座って待っていた春秋の手を引いた。
「待たされたし、なんか奢ってもらお!春秋さん」
「いいな、それ。小腹も空いたし…何にする?」
「甘いもん食べたいけど、ガッツリしたもんも食べたい…」
とりあえず昼飯でガッツリしたもの、その後にデザートで甘いもん奢ってやるよ と言えば2人は顔を見合わせて表情を綻ばせた。
「そうと決まれば!はーやーく!」
「あれ、どっか行くんですか?」
ラボを出れば寺島が目を瞬かせた。
「彪吾さんと春秋さんと隣街のショッピングモール!」
「へぇ…それであんな仕事詰めてたんですね。ちゃんと休日のパパしてますね」
「馬鹿にしてんなら仕事増やすぞ」
勘弁して下さい、と彼は言って 楽しんで来てくださいねと笑った。
今年中学2年生になった彼と俺たちは一応 家族になった。
彼は俺の養子に、春秋は俺のパートナーとして 正式に。
まぁ、公表するのは控えたからボーダー内部でも知ってる人は限られてはいる。
パッと見じゃ親子と言うよりは兄弟だし。
それでも この愛情を彼が一心に受けて 笑ってくれているのだから、昔のような寂しさや不安が彼の感情からは消えたのだから それで良い。
「仕事詰めてたんなら、俺が車 運転するか?」
「いや、いいよ。今回はそんなにやってないから」
「そうか?」
あまり無理はするなよと笑う彼の薬指には、ホワイトデーに贈った婚約指輪は輝く。
もちろん俺の指にも同じものと彼がバレンタインにくれたものがある。
「ありがとう、春秋」
「?どういたしまして」
どうかこの幸せが、続きますように。
そんな似合わない願いを、胸に秘めて 早く早くと俺たちを振り返った彼に 笑って応えた。
←End
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