Valentine
そろそろ外に出てください、と締め切っていたラボのドアを開けたのは寺島だった。「関係者以外立ち入り禁止って、誰ですか。関係者って」
「そう書いときゃ、皆入って来ねぇだろ」
「たしかにそうなんですけど。ご飯食べてます?てか、お風呂も入ってます?」
トリオン体だからと言えば、アンタの生身腐りますよと本気か冗談か分からない声色で彼は言った。
「とりあえず、ご飯行きましょ。今の状態でトリオン体解除したらまた倒れるでしょ」
「よくお分かりで」
煮詰まってきてたし、いいタイミングかと立ち上がりラボから出れば甘い香りが鼻腔を擽った。
「なんか、甘ったるくね」
そう呟いた俺にバレンタインですよ、と呆れ顔の寺島。
「あぁ、なるほど…」
「なるほどじゃないですよ。一体いつから日付見てないんです?」
「最後の記憶は節分」
いい加減にしてください、と溜息を吐いた彼に悪い悪いと呟いた。
「とりあえず、昼飯どうする?」
「もう、夕飯の時間です」
「え、あれ?まじか」
携帯で時間を確認しようとしたが、画面は真っ暗。
節分から自分の時間が止まっていたのだから、恐らくこれはその辺に充電が切れたのだろう。
「時間も日付も感覚狂うほど閉じこもらないで下さいよ」
「はいはい」
食堂はいつもより色めきだっていた。
C級の制服に身を包んだ女の子達の目当ては一体誰なのか、視線の先を追えばそこには嵐山や風間の姿があった。
東もいるし、意外にも米屋の姿もある。
「若いなぁ…」
「アンタまだ20代でしょ…」
「お前も昔はよく貰ってたよな」
彪吾さんもね、と言われて確かにそうだったかもしれないと首を傾げた。
頼んだうどんを啜りながら、今の仕事の話を寺島にしていれば彪吾さんだ!と刺さってきた心。
振り返れば米屋が犬のしっぽみたいに手を振っていた。
「大量だな」
「ほぼ義理チョコ!てか、めっちゃ久しぶりじゃん!何してたの?」
「今忙しいんだよ」
彪吾さんが忙しくないことないじゃん、って米屋は笑って持っていた紙袋を隣の机に置いた。
「けど、ちょうど良かった。会いに行こうと思ってたんすよ」
「俺に?」
「はい!」
彼が差し出したのは小綺麗にラッピングされた箱。
メッセージカードには決して綺麗とは言えない字で彪吾さんへと書いてあった。
「お前から?俺に?なんで?」
「俺、彪吾さんのこと大好きだし?」
「…そりゃ、ありがてぇけど」
言える時に言わないと後悔するって学んだから、と米屋は少しだけ寂しそうに笑った。
普通に見えていたが俺の行動の傷は、案外癒えてはいないのかもしれない。
「…サンキュ。ありがたく受け取るわ」
彼の差し出した箱を受け取って、いつもみたいに髪の毛を崩すように頭を撫でてやれば彼はやっと彼らしく笑った。
「ホワイトデー、楽しみにしとけ。ちゃんと返してやるから」
「うん!」
じゃ、戻るかと空いた食器を片すために立ち上がれば彪吾さんとまた新たな声。
振り返れば不機嫌そうにマスクを下げた影浦。
「影浦?珍しいな、イベントごとの時は休暇届出してんだろ」
「すぐ帰るっつーの」
ん、とぶっきらぼうに差し出された紙袋。
まさかと思い受け取れば中にはまた小綺麗な箱。
「…バレンタイン?」
「他に何があんだよ」
「…キャラじゃなくね?」
うるせぇ、とそっぽを向いた彼は舌打ちをして背を向ける。
ダダ漏れの感情は恥ずかしさともう後悔はしないという決意が入り交じる。
「ありがとな」
俺の言葉に擽ったいからやめろと彼は首元を払った。
「寺島、」
「なんですか?」
「この為に連れ出しただろ」
気付くの早すぎません?と彼は笑う。
「あんな張り紙してるせいで皆やきもきしてたんすよ。今日は構ってあげてください。仕事は煮詰まってるって言いますけど、どうせ一段落ついてるんでしょ?」
「…まぁ、1日くらいいいか」
次にやっと出てきたんすか、と笑いながら声を掛けてきたのは諏訪隊の面々だった。
「寺島に騙されてな」
「言い方」
「冗談。お前も、意外と貰ってんのね」
諏訪の手には紙袋。
中には意外にも小綺麗な箱がいくつも見える。
「ほぼほぼ義理っすよ。とりあえず、これ諏訪隊から」
そう言って差し出されたのはチョコにしては大きすぎる紙袋。
「俺と堤からはスコッチです。日佐人からは、チョコとおつまみっすよ」
「…豪華だな、おい」
「助けて貰ったお礼も兼ねてますんで」
その節はありがとうございました、と頭を下げたがきんちょはあの頃よりも真っ直ぐとした目をしていた。
若人の成長は早いな、とオッサンじみたことを考えながらどういたしましてと笑う。
「下に迷惑ばっかかけんなよ、諏訪隊長」
「はい、頑張ります」
「堤も諏訪も、また飲み誘うわ」
是非、と答えた彼らに片手を上げて答えて、その手でそのまま真っ直ぐ俺を見つめていたがきんちょの頭を撫でる。
「え、と…?」
「名前は?」
「笹森日佐人です!」
背筋を伸ばして答えた彼に、笹森と名前を呼んでやる。
「頑張れよ」
「っ、はい!」
「んじゃ、」
▽
ラボに戻る頃には両手が塞がる程の物を貰った。
こんなことなら寺島が先にラボに戻る時にいくつか預けておくんだった、と後悔する。
「モテモテだな」
「…東さん」
ラボの前。
立っていた東さんは俺の姿を見て、表情を綻ばせた。
さっきは随分と貰っているようだったが1度置いてきたのか、今は手ぶらのようだった。
「誰から貰ったんだ?」
「米屋、影浦、諏訪隊に始まり…嵐山んとこと風間?玉狛もわざわざ来てたし。忍田さんとか唐沢さんも来たし。…元東隊も来たか?太刀川とか冬島さんは酒持ってきてくれてたか。そのせいで随分と重いけど」
「…皆準備してたからな」
有難いけどな、と呟けば彼が半分紙袋を持ってくれた。
「東さんも?くれんの?」
「あぁ。そのつもりだ」
「…皆、律儀なことで」
それだけ愛されてるんだよ、と彼は目を伏せ微笑んだ。
どいつもこいつも、そうだ。
俺のあの日のことを吹っ切れていないんだ。
僅かに見え隠れする悲しみや後悔を、俺は見て見ぬふりしてした。
「…悪かったよ、」
「何が?」
「なんでも」
生きてしまったのだから背負うべきことだろう。
愛されているというのは、重いのだ。
「わざわざバレンタインなんか選ばんでも。誕生日とかもあるだろ」
「お前、誕生日公表してないだろ」
「あぁ…そういや、そうだわ」
だからクリスマスかバレンタインのどちらかにしようって話だったんだよと彼は言った。
「バレンタインが選ばれた理由は?」
「渡すものが選びやすい。お前の好きな物、皆知らないからな」
「なるほど、合理的。お返しも貰えるし、一石二鳥的な?」
それもあるだろうなと彼は笑った。
ラボの中、空いた椅子に貰った物を置いて東さんはこちらを向き直る。
「…そうだな、とりあえず…」
「ん?」
「目、閉じてくれ」
東さんの言葉に逆らう必要もなく目を閉じる。
だが、何故?という疑問は残った。
心の中を見られたくない?今更なんで?
渡すと前もって宣言してるし、サプライズもクソもないだろうし。
そんなことを考えていれば、唇に触れた何か。
その何か、が何かわからないほど俺は子供ではなかった。
「…彪吾、」
今、どんな顔してどんな感情が彼を取り巻いているのか。
「お前が、好きだよ」
「…来世はどうした、来世は」
「1度死んだようなもんだろ」
それは一理ある、と納得してしまった。
「意外にも、貪欲だった。1度失ったからこそかもしれないけど。もう…失いたくないと思ったし、お前が…俺のものになればいいと…本気で思った」
「東さんが知らないだけで、元から貪欲だったと思うぜ?アンタは」
「そうか?」
お前を俺のものにしたい、と彼は真っ直ぐな言葉を俺に向けた。
「……俺は、お前のものにはなれねぇよ」
返事はなかった。
ただ、まぁ…と彼が立っているであろう場所に手を伸ばす。
触れたのは髪の毛か、柔らかいそれを少しだけ指先で遊んでから笑った。
「向こうに渡る前に考えたんだよ。過去なんか忘れて 寺島と開発しながら、風間や諏訪、堤とかと飲んで、影浦と米屋を甘やかして。時々三輪と迅を心配して。もっと時々太刀川を相手にしてやって。みんなで麻雀したり、飯食って飲んで、戦って、笑って、時々悔しんで。そんな、毎日を続けても 悪かねぇと思ってたんだ。その隣に…アンタがいたら、さぞかし幸せなんだろうなって。けど、それを振り切ってでも行く事を選んだ」
彼が息を飲む音がした。
「俺はさ…今更、幸せになろうとも、なれるとも思ってねぇんだよ。あんたら裏切ったことは事実でその傷は確かにお前らが抱えているって今日改めて思い知らされたから」
髪の毛から指を離し、そしてその手を下ろす。
「けど、俺がここにいて、少しでもあの日の傷を癒してやれるんなら…。アンタの隣にいて、少しでも幸せだって思わせてやれるんなら…」
そっと目を開いて、珍しく泣きそうな顔した彼に微笑んだ。
「俺は、アンタの隣にいてもいいか?」
「っ、」
「俺は多分変われねぇよ。研究の為ならいくらでも無茶をするし、自分の体だって…それこそ、命だって犠牲にするだろうしな」
それでも、と東さんの胸ぐらを掴み奪うように口付けをした。
「彪吾、」
見開かれた瞳と赤く染る頬。
アンタも可愛い顔できるじゃねぇか、と笑ったらきっと怒られるんだろうな。
「それでも良けりゃ、アンタの隣を歩ませてほしい。いけるところまで、俺はアンタと生きたい」
「…お、前は…」
「うん?」
狡い男だと呟き、俯いた。
真っ赤に染まった耳と狡い、かっこいい、好きだとごちゃ混ぜになる感情。
あァ、ほんと可愛い男だ。
他の人は知らねぇ、俺だけが知る姿。
「愛してるよ、春秋」
「っ、?!?」
これでもか、と動揺してる彼は顔を隠しズルズルとしゃがみこむ。
「…俺も、愛してる」
小さな声で彼はそう呟いて、ポケットから何かを取り出した。
青いリボンがついた小さな箱。
顔を上げてくれない彼の手からそれを受け取り、中を開ける。
「…アンタさァ、」
「何も言うな」
箱の中。
シルバーのシンプルなリングがそこにあった。
「顔見せろ。んで、アンタが付けて」
箱を彼の手に返せば渋々、赤く染まった顔を上げた。
微かに震える手は俺の左手に触れ、冷たいリングが薬指を滑る。
「…自分でも、馬鹿なことしてると…思った…バレンタイン、色々考えたのに、気付いたら…これを買ってた」
「嬉しいよ、俺は。アンタが俺の為に…そんな顔してくれてんのがさ」
「……馬鹿にしてるだろ」
まさか、と笑ってやれば彼は目を逸らして溜息をついた。
「重くないか…?」
「…んー、これくらいの方がいいんじゃね?アイビス同様、重いくらいが丁度いいんだよ。俺にはさ」
「…確かに、そうかもな」
薬指に光るリングに彼に見えるよう態とらしく口付けて、ありがとうと呟けば彼はこちらこそとまた顔を隠した。
「とりあえず、アンタのその感情 落ち着いたら飲みにでも行くか?お兄さん」
「…今日は、やめておく。多分、幸せすぎて馬鹿みたいに酔いそうだから」
「そんときゃ、持って帰ってやるよ」
いい加減にしろ、と言いながらも彼の心の中は幸せそうだった。
「とりあえず、ホワイトデーは楽しみにしとけよ」
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