純新無垢な悪魔

何度目かのカリムの誘拐。
一緒に攫われた俺が何とか抜け出す手立てを考えていた時、目の前に影が落ちた。
さっきまで確かになかった影に恐る恐る顔を上げれば、黒いコートがはためいた。

「んー?」

写真か何かと俺たちを誘拐した叔父を見比べて、「カイル・アルアジームであってる?」と首を傾げた。
声変わりもしていない幼い声。

「なんだ貴様は!!」

俺たちを誘拐した叔父が声を荒らげると、よかった見つかってと黒いコートのその子は笑った。
どこからともなく現れた剣を叔父に向ける。

「な、なにをする!?!こいつらの仲間か!?!」
「え?」

気付いていなかったのかこちらを振り返った 少年は目を瞬かせた。

「なるほど。だからこんな辺鄙なとこにいたんだねぇ。まぁ、仕事はしやすくて、有難いんだけど」

瞬きをした一瞬だった。
吹き飛んだ首、見開かた叔父の目。
どさりと落ちたその首がこちらを見ていた。
カリムの意識がなくてよかった。
芋虫のように這いつくばってカリムの前に身を置く。
彼だけは、守らねば。
そんな思いで彼を睨みつけた。

「目撃者か……うーん…」

どうしようかな、と剣の血を払いながら彼は俺の前にしゃがんだ。

「見てたのは君だけ?」
「……そうだ、」
「そっかぁ、」

叔父の首をはねた剣が俺の首に触れた。
ひんやりとするその剣の感触に眉を寄せる。

「金にならない殺しはしたくないしなぁ…君たちいいとこのお坊ちゃん?誘拐されてるし、そうだよね?」

何も答えずにいれば彼は面倒くさそうに溜息をついて剣を消した。
どうやら魔法で、出していたらしい。

「君達が身に付けてるもので1番高いものをちょーだい」
「は?」
「そしたら助けてあげる」

彼は年相応の笑顔を見せた。
人を殺した後に、そんな顔をするやつがいるのか。
言葉を失っていれば「ねぇ、」と彼が俺の顔の前で手を振った。

「聞いてる?」
「っ、こいつには…触れないでほしい。俺が、身に付けてるものなら…いくらでも渡すから」

ぱちぱちと目を瞬かせた彼はまぁそれでいいやと笑った。
縛っていた紐を解いてくれた彼は、さぁ早くと手を差し出す。
身に付けていたアクセサリーを外し彼の手の上に乗せていく。
こんなもので命が助かるなら、安いもんだ。
最後、1番大切にしている髪留めに手を伸ばせば「それはいいよ」と彼は言った。

「な、んで…」
「大切なんじゃないの?手が震えてる」

彼は渡したアクセサリーを雑にポケットに突っ込み、倒れている叔父の身に付けてるいるものを剥いでいく。

「……なんなん、だ……お前」
「何って…殺し屋?かな?」

こんだけあれば金になるな、とまた雑にポケットに突っ込み 転がった首を拾った。

「これ、もらっていっていい?」
「……あぁ、」
「依頼主が欲しいって言うんだよ。こんなん、1マドルにもならないのにねぇ」

ぽたぽたと落ちる血も気にせず彼はそれを肩に担ぎ、窓枠に足を掛けた。

「じゃあね、アクセサリーありがとう」
「……お前、名前は…」
「何?依頼してくれんの?」

依頼。
そうか、そういう手もあるのか。
カリムに知られずに、邪魔なものを排除するには…。

「すぐには、無理だけど。いつか、」
「ふふっ、いいよ。特別だよ。君面白いし」

彼はアクセサリーを詰めたのとは反対のポケットからカードを1枚取り出してこちらに放り投げた。

「魔力を込めると俺に通じるようになってる。魔力を込めた場所に、24時間後に迎えに行く」
「……変わった、やり方だな」
「俺の親元を仲介してもいいけど。随分とぼったくられるよ?」

それは俺への直通便、と彼は笑った。
綺麗な顔で笑う。
人を、殺すような人には決して見えない。
純粋無垢なカリムのような笑顔なのに。

「俺が、アンタを売るとは…思わないのか」
「売られても、殺せる自信があるから。君も、君の大切な人も」
「っ……そうか、」

じゃあね、と彼は窓枠から飛び立った。

15分にも満たない時間だった。
だが、この世で1番濃い時間だった気がする。
こちらの気も知らずすやすやと眠るカリムにほっと息を吐く。

「…無事で、よかった…」





あれから、数年。
何度も誘拐をされた。
回数を重ねれば俺も慣れ、上手く逃げれるようになったし戦う術も身に付けた。
だが、今日はどうしてもダメだった。
入念にされた下準備。
カリムはどこかへ連れ去られ、俺は両腕を折られどこかもわからない部屋に閉じ込められた。

クソ、と悪態を吐けども 意味は無い。
どうにかしなければ、と身を捩り 体を縛る紐から抜け出そうとした時だった。
ポケットから落ちた小さなカード。

「……こ、れ…」

あの日、純粋無垢に笑った少年を思い出す。
ずっと捨てられず持ち歩いていた。
あの笑顔が、忘れられなくて。

「24時間……」

間に合うか。
いや、悩んでいる暇があれば やるしかない。
折れた腕でそのカードに触れる。
魔力を流し込めばあの少年の瞳によく似た薄紫にカードが光った。

「はやく…」

受諾、と浮かんだカードに縋るように魔力を流し続ける。

頼む、気付いてくれ。

「助けて…くれ…」
「いや、殺し屋に助けを求めちゃダメでしょ」

どこからともなく現れた。
あの日の記憶よりも大人びて、女性が放っておかなそうな容姿になったその男は俺を見下ろし呆れたように溜息をついた。

「24時間後って言わなかったか?」
「時間が、ない。幾らでも払う…この髪留めだって、くれてやる…だから、助けて…くれ」
「だぁから、殺し屋に助けを求めるなよ。正しく依頼してくれるか?」

殺してくれ。
そう吐いた俺に彼はニンマリと笑った。
あの頃の純新無垢な少年の面影はなかった。

あの時みたいに手に握った武器。
短いナイフをくるり、と周り彼は俺を縛る紐を切って「承りました」と笑う。

「カリムを……!あの時一緒にいた、白髪の…アイツだけは殺さないでくれ」
「はいはい、仰せのままに。依頼主様?」

ここで大人しくしてな、と彼は部屋を出ていく。
折れた腕の痛みで意識が遠のく。
せめて、カリムの無事を見るまでは。
腕を握りしめ、なんとか意識を保って どれだけ過ぎたか。

「なんだ、起きてたのか」

カリムを肩に担いだ男の反対の手には沢山の生首。

「いるか聞いてなかったから持ってきたけど。て、聞いてないな。怪我はしてるけど生きてるよ」

カリムを俺の前に下ろして、彼はこれで満足か?と首を傾げた。

「…あぁ、あり…がと……う」





気付けば知らない天井が広がっていた。
飛び起きて辺りを見れば隣で眠るカリムの姿。
痛々しいガーゼが顔や覗く首元に付けられている。
かくいう俺の両腕も包帯が巻かれていた。

「あぁ、目が覚めたのか」

ギィと立て付けの悪い扉が音をたてる。
扉の向こうから顔を覗かせたのはあの殺し屋だった。

「2日も眠り続けるとは思わなかったよ」
「2日…」
「そのお坊ちゃんは昨日1回目を覚ましてる。事情説明すんのも面倒で魔法で眠らせたけど」

腹は減ってるか、と彼は尋ねる。
減ってはいるがこの男が出すものを食えるかといえば正直難しい。
そんな思考を悟ったのか「金を貰うまで殺さない」と彼は呆れたように言った。
気を使ったのか、そうじゃないのか。
彼が持ってきたのはパウチに入ったパンと鶏肉だった。

「腕はとりあえず、治癒魔法かけてある。痛みはないだろうが、くっついちゃいないから無理はしない方がいい」
「治癒魔法…使えるのか、」
「独学だけどな」

パウチの中のパサついた鶏肉とパンを食べながら彼を見る。
思えば明るいところで見るのは初めてだ。
整った顔はしているがシャツから覗く手足は傷だらけだ。

「支払いを頼むよ、依頼人様」
「…わかってる」

いくら欲しい、と尋ねれば そうだなと彼は首を傾げる。

「殺した人数が13人だろ?緊急呼び出し、手当て、寝床の提供…その他諸々込で」

携帯の液晶を彼はこちらに見せた。
予想通り高いが、それでもカリムの命に比べれば安いものだ。
俺とて給金は与えられている。
今まで貯めてきたそれと身につけているアクセサリーを売れば何とか、払えないことはないか。

「と、言いたいところではあんだけど」
「え?」
「ちょっと取引しねぇ?」

そう言って笑った彼は、あの頃の純新無垢な少年と変わらなかった。

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