始まり


「ひらひらして邪魔だ」

式典服を着た男は不服そうに服の裾を摘んだ。

「初めて会った時、そんな服着ていただろう」
「初めて……て、あぁ…お前らがガキンチョの時か」
「お前も十分にガキだっただろ」

違いない、と彼は笑った。
笑った彼は あの日の殺し屋ー名をトラジャと言う。
と、言ってもその名を与えたのは俺であった。

「まさかお前にも黒い馬車が迎えに行くとはな」
「いやぁ、本当に。趣味の悪い馬車だ」

とりあえずフードを被れ、と彼の頭にフードを被せる。
薄紫色の瞳は不服そうに俺を睨むが、めんどくさくなったのだろう。
溜息をつきそっぽを向いた。

「お坊ちゃんは?一緒じゃないのか」
「言わなかったか?俺だけだ。ここに選ばれたのは」
「そりゃいいね。束の間の自由ってやつだ」

彼はそう言って微笑んだ。
殺しをする時とは違う笑顔だが、俺はその表情が嫌いじゃなかった。

「…トラジャもいるしな。……3年間は、肩の荷が下りる」
「そうだな。守る側じゃなく、俺に守られる側だからな?」
「っ!守られるほど…もう弱くはない」

どうだか、と彼は笑って そろそろ始まるかと前を向いた。

「自分の場所に戻るよ」
「サボるなよ。…こういうの、嫌いそうだ」
「まずこの服が嫌いだからな。サボってたらどうにか誤魔化しておいてくれ」

ひらりと片手を揺らした彼は人混みに消えていく。
彼の姿は他の生徒たちに解け、わからなくなる。
向き合えばわかる彼の異質さ。
だが、背を向けられれば途端彼の異質さは見えなくなる。
そうやって、彼は一般人に紛れ人を殺してきたのだ。
まぁ、あんな風に派手に現れることもしばしばあるようだが。

俺たちを助けたあの日。
彼は俺に取引を持ちかけた。
趣味の悪い取引ではあったが、俺にとっては好都合だった。
ひとつ返事で受け入れた俺に彼は愉快だと満足気に笑った。
とはいえ、殺し屋と繋がってるなんてアジーム家に知られる訳にはいかず。
カリム含めて、俺たちの関係を知るものはいない。

式典が始まる。
鏡の前に1人ずつ立ち、名を名乗り告げられる寮名。
俺はスカラビアと告げられ、何組か後に彼は鏡の前に立った。

「汝の名を告げよ」

鏡がそう言うと彼は俯いていた顔を上げた。
名前を持たぬ、という彼に俺は名は与えたが それを名乗るのだろうか。
そう思いながら彼を見ていれば「トラジャ・フォリー」と俺の与えた名と聞き覚えのないファミリーネームを名乗った。

他の人よりも沈黙が長く感じたが 鏡は彼に俺と同じ寮名を告げる。
振り返った男は俺を見て確かにふっと笑った気がした。

普段なら聞こえるであろう脳天気な笑いも聞こえない。
式典の重苦しい 空気さえ、今は清々しいような気もした。





「鏡に嘘を吐いたのは貴方が初めてですよ」

学園長であるクロウリーという男は式典を終えて俺にそう声をかけた。

「何が?」
「入学する生徒のことはしっかりと調べているんですよ!?フォリー・「おいおい、やめてくれよ。名前なんて記号だろ」…記号…?」
「どれを名乗ろうが関係ない」

そんなわけないでしょう、と彼は言う。

「じゃあ変えておいてくれ。俺はトラジャ・フォリーになったんだ。数年前に」
「……名前はそんな簡単に変えれるものじゃないんですよ!?」
「そうか?変えれるだろ。トラジャになる前は、No.9、その前はハンプティ?…あ、カールってのもあったな」

指折り自分の名前を名乗っていけば彼はもういいですと不機嫌そうに言った。

「今回はトラジャ・フォリーで登録しておきます。私優しいので」
「あぁ、ありがとう。確かに、優しいようだな」

呆気にとられる男を置いて、鏡をくぐる。
生まれ故郷によく似た砂漠に足を下ろし、やっと来たと俺を見て笑った先輩にぺこりと頭を下げた。

「すいません。書類の不備があったようで 呼び止められてしまって」
「そうか!中で説明が始まる。こっちだ」

学校というものは初めてだ。
だが、暗殺と同じく群衆に紛れ込ませれば上手くやれそうだった。
前の方にはジャミルの姿があり、隣に立つ誰かと言葉を交わす。
今まであった目立つ白髪ではないことに、どこか違和感のようなら物を抱きながら 悪くないと思った。
それにしてもちゃんと聞いていなかったが同じ寮だったのか。
便利なような、不便なような。
別に仲良くするのは良いだろうけど、アイツはアジーム家の従者であることは変わらない。
もし何かあって、俺の正体がバレた時親しくしていた事がバレるのは得策では無いだろう。
もちろん、知らぬ存ぜぬで押し通すこともできるだろうけど。
ひとまずは悟られぬよう努めよう、と列の後ろに並んだ

寮の説明は右から左へ。
大半聴き逃した説明は後でジャミルにこっそり教えて貰うとしよう。
長い話を聞くのは好きじゃないけど、彼の言葉ならまだ聞き馴染む。

「説明は以上だ。わからないことがあればその都度聞いてくれ。それから、寮は2人一部屋。寮服と一緒に部屋割を渡すから 各自確認して部屋へ行ってくれ。夜には宴を開く!それまでは自由時間だ」

広い部屋には絨毯が2枚。
それぞれがパーソナルスペースなのか鏡写しでクローゼットやベッド、机が置かれていた。
自分の荷物の入ったダンボールの方の絨毯に乗り、クローゼットを開ける。

「……まぁ、ここが1番見えないか…」

聞こえてきた足音が止まり コンコン、とノックの音。
返事もせずにドアの方を見て、式典服の下に隠したナイフに手を伸ばす。

「…まだいないのか、」

そんな声と共に扉が開く。
足音わ消してドアの後ろに隠れ、扉が閉まった瞬間に腕を掴み ドアに押し付ける。
そして、首にナイフを推し当てれば 彼は目を丸くさせた。

「っ、トラジャ…!?!」
「お坊ちゃんがいないからって油断するなよ、ジャミル」
「…なに考えてんだ…?!?」

油断してる足音がしたから、と笑いナイフを仕舞う。

「…やめてくれ、心臓に悪い。それに、俺じゃなかったらどうする気だったんだ」
「足音」

お前のだったよ、と言ってベッドに座る。

「まぁ、好都合だろ?俺とお前が繋がっても、ルームメイトだからって誤魔化せる」
「…それは、そうだな。けどカリムもいないしそんなに気にすることないだろ…?」
「まぁ、それもあるけどな。お坊ちゃん抜きにしても、大富豪の従者と殺し屋の組み合わせは悪くないか?」

それもそうか、と彼は目を伏せる。

「…初めましてを装うのは、必要かもしれないな。付かず離れずの距離から…人目につくように距離をつめれば」
「うん、それがいいかもな。とりあえずそしたら…初めまして。トラジャ・フォリーです」

態とらしく手を差し出せば彼は「ジャミル・バイパーだ」と少し笑いながら手を握り返した。

「フォリー」
「うん?」
「本名か?」

どうだろうな、と笑って やれば まぁいいかと彼は向かいの絨毯に乗った。

「そっちで良かったか?とりあえず荷物がある方にしたけど」
「どっちでも問題ない」
「そうか、それならよかった」

式典服のフードを外し、重苦しい服を脱いでいく。
妙に視線を感じると思い彼に視線を向ければ何故か固まっていた。

「なんだよ」
「い、や…」
「なに?見惚れてんの?可愛いねぇ」

違う!と珍しく声を荒らげた彼にくつくつと笑う。

「あっち向いとけよ。こっから先は見てて気持ち良いもんじゃねぇから」
「……別に、気にしない」
「気にしてくれ」

くるりと指を回せば彼は慌てて目を覆った。

「着替えてる間だけだから我慢しろ」
「…勝手に視界を奪うな」
「悪いね。てか、露出多いなぁ…」

服を着替えてから彼に視界を戻す。
急に戻った光に彼は数回瞬きをした。

「……傷、」
「そりゃ生傷のひとつやふたつ…寧ろ、何百ってあるけど」

腕が丸々露出するこの寮服は俺の体とは相性が良くない。
隠しきれない傷にジャミルが顔をしかめた。

「長袖ないのかね」
「砂漠で長袖は自殺行為だ」
「うーん、間違いない」

まぁ、仕方ないか。

「今、お坊ちゃんは家で1人か?」
「別の従者が……て、あっ!」
「どうした?」

家に連絡をしろと言われていたのを忘れていた、とジャミルは式典服を脱ぎ 慌てて寮服に着替える。
良く似合うな、と声をかければ彼は目を丸くさせ 「今はそういうこと言うな!」と部屋を飛び出していった。

「別に、ここで電話すりゃいいのに…」

今更、俺の知らぬことなどないだろうに。
ただ、まぁ苦労している彼を見てきたから。
束の間と言えど、与えられた自由を彼には謳歌してほしいものだ。
その為に俺に出来るのは身を案ずることと邪魔者のお掃除くらいだろう。
開けたままだったクローゼットの奥に鏡を貼り付ける。
手を翳し、呪文を唱えれば鏡の表面が波打つ。

「よし、問題なし」

同室がジャミルでよかった。
3年間。
ただ、彼が学生であれるように。
今まで負っていた色んな事を引き受けてやろう。

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