いつもは殆ど鳴る筈のないチャイムが鳴り、身支度を適当に整えた後ドアを開ければ、そこに居たのは見た事のない顔だった。蜂蜜をとかしたような金髪に、同じく金の目。ただその目は白目の部分が黒い、顔以外でもその体の殆どは鈍い光沢を発する金属であり、一目でただの人間でないことを知る。
 もしかして、怪人?
 そう一瞬考えたものの、だとしたら私なんか殺すためにチャイムを鳴らすことなどしないだろうと思考が着地した。

「ど……どちら様でしょうか?」
 それでも恐怖は消えず、乾いた口から転げるように言葉が漏れた。

 目の前にいたのは確かにあの頃の面影のある人だったのに、彼女から発せられた台詞に俺は絶望を与えられた。たった数秒の台詞に彼女が俺の知っている彼女ではないことを知ってしまった。
 あの日よりも少し白っぽい肌に、変わらない優しい色の金がよく映えている。微かに動く大きな瞳はあの頃のように俺を愛おしむように見てくれるどころか、戸惑いと恐怖が見え隠れしていた。

「俺は――××……いえ、ジェノスといいます」
 サイボーグになると決めたあの日に捨て去った名前を出しても、彼女の表情が揺れることも、目の中に表示される彼女の数値化された情報が変化することもない。やはり別人なのか、名前というのはありふれている名前だ、同姓同名なんて別に珍しくない。

「えっと、私になにか用でしょうか」
「隣に越してきたので、挨拶にきました」
 後半は勿論嘘だ。

「隣って……サイタマさんち?」
「はい、先生の家に住み込みで勉強させていただいています」
「じゃああなたはヒーローの方なんですか?」
「はい、先日の試験で合格したばかりですが」
 彼女は肩に入っていた力を抜いて、ほっと息をついていた。再び俺を見る目からは戸惑いも恐怖もなくなっていた。彼女がよく友人に向けていた優しい色を帯びたそれは真っ直ぐに俺を射抜いている。よく傍で見ていた懐かしいその色に過去の記憶が揺さぶられた。

「ジェノスさんでしたよね? 私は苗字名前です。よろしくお願いします」
 ああ、やっぱり貴方は”名前”なんだ。俺のことを忘れていても、自分自身が何者なのか忘れていても、彼女自身は何も変わってない。彼女が彼女であるかぎり、俺の執着に似たものは消え去らないだろう。俺が居なかった長い時の間に、名前ではなく全く別の人格をもった人物となっていたらきっと諦めがついた。彼女から消えたのは、俺たちと居た過去の記憶のみで、彼女という人物を構成する思考などには全く影響がなかったらしい。それが嬉しいのか、悲しいのか自分でもよく分からない。そもそもこの鉄の体に人の心はあるのか疑問だった。

「よろしくお願いします」
 彼女の目に映る俺は笑えているだろうか。

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