急きょクライアントとの会議が行われることになったので私は鉛のような体に鞭を打って車を走らせていた。画面越しの会議ではいけないのかと問いたい。海外やヒーロー協会なんかでは採用されていると言う現代の便利ツールを使わない会社に愚痴を垂れながらF市内の本社へ向かう間、逆の方向へと走っていく車ばかりとすれ違った。何かあったのだろうか、それなら逃げたい切実に逃げたい。家が恋しい。
「何かあったんですか?」
「テロだよテロ! あんたも早く逃げな!」
窓を開けて、歩道を走る人に問えばそんな答えが返ってきた。この怪人だらけのご時世にテロまでおこるなんて荒みすぎじゃないか。耳を澄まさなくても遠くから破壊音や人々の悲鳴が聞こえてくる。サァーと顔から血の気が引いていく音が聞こえたような気がした。
車線を変えようと試みるも、もう少し先に行かなければ引き返すこともできないことに絶望する私に、テロ組織がこちらに向かってきているらしいという情報が更に絶望をもたらした。取り敢えず丁度空いていた駐車場に車を止めて外に出てきた。どうしよう、怪人でなくとも怖いことに変わりは無い。段々と近づいてくる音に胸が苦しくなる、ある種のパニック障害のようなものなのだろうか――頭の隅は異様に冷静でそんなことを考えていた。
「おい。あんた、大丈夫か」
びくりを肩を震わせた声の持ち主は私の肩に手を置いた。怯えながらそちらを向くと、嫌に血相の悪い人が眉間に皺を寄せていた。そして大丈夫かとまた聞いた。私は混乱を取り繕う様に大丈夫ですと言う。でもその声は自分でも笑えるほどに震えていて、誰が聞いても大丈夫だとは取れないだろう。男の人は仕方ねえなと呟くと私の手を引いて走り出した。
男の人の手は見た目に反してちょっとだけ温かかった。
男の人は名前をゾンビマンと名乗った。私もその名前に聞き覚えがあった。なにせ、S級ヒーローだ。ゾンビマンは私の手を引いて現場から離れた噴水公園まで連れてきてくれた。そして私をベンチに座らせると近くの自動販売機で買ったお茶を渡した。冷えたそれを掌の僅かな熱が温めていく。
「ありがとうございます、ゾンビマンさん」
「市民の誘導も仕事だ、気にするな。怪我はなさそうだが、気分が悪かったりするか?」
「私よりも貴方の方が気分悪そうな顔してますけど」
「それだけ言えるなら大丈夫だな」
ゾンビマンさんは呆れたように少し笑う。とても人間染みた笑みだ。
私の知っているヒーローは大概変人だ。それも上位ランカー程その濃度は高まっている。S級ヒーローって案外普通の人なんだ、今までの考えを改める必要がありそうだ。
「それにしても、テロのことはTVでも報道されていただろ、なんで態々F市に来たんだ?」
「あっ」
時計を見ると、とうに約束の時間は過ぎていた。急いで担当者に謝罪の電話をかけるものの、クライアントのビルが爆発してそれどころじゃないと電話を切られてしまった。指示ぐらい出してくれたっていいじゃないか。じゃあなんだ、今日はもう帰ってもいいのかな。電話の内容を私の解せない表情から察したのか、ゾンビマンさんは「災難だったな。」と同情してくれた。
怖いけど車を取りに行かないとなぁ。
口を付けたお茶はまだ冷たかった。