06
与えられてばかりで申し訳なくて、せめていいこでいようとこれまで頑張ってきた。でも、肩肘はって頑張ったって私は生きるのが下手くそなことには変わりない。本当にしなくちゃいけなかったことは頑張らなくてもいいように、歩み寄る努力だった。
いくつもバツのつけられた扉のある廊下をひたすらに歩いて、ようやくマーモンの部屋の前についた。暗殺という仕事柄か、気配も音も感じられない。ベルが言っていたから中にいるんだろうけど、素直に出てきてくれるような気がしなかった。先の見えない洞穴がぽっかりと口を開けているようだ。目元を覆うゴーグルを少しずらして目をこらす。
……いる。
それは確信であり、事実だった。
コンコンとノックをして目の前の扉を開けてみる。マーモンの体には幾分大きすぎる部屋がいつものように出迎えているのも気にせず、私は奥の方へと歩みを進めた。
「入るよ」
「もう入ってきているだろうに」
「だって、マーモン隠れてたじゃない? 声かけても無視するでしょ」
本当は隠れる気なんてなかったはずだ。マーモンが本気で隠れるとなったら私なんかじゃ探す出すことは難しい。ベルが私に居場所ばらすことだって分かっていたはずで、会いたくなかったなら外出すれば一番確実だった。
赤ん坊は部屋の奥にある机の上に、沢山の瓶を並べていた。
液体の入った瓶の数々と、フランスでデザインさせたというアンティーク調のガラス容器が兵隊のように列を揃えており、冷たい輝きを放っていた。
趣味の香水作りはここ数年でさらにのめり込んでしまったようで、気づけば容器すら自分でデザインする徹底ぶりだった。マーモンはきっと変化する香りが好きなんだと思う。少しの調合でガラリと顔を変えてしまうところや、つけ始めや終わりではまた違った匂いになっているところが人を惑わす術者である自分と思うところがあったのかもしれない。もともとちょっと凝り性なところがある。
「僕としたことが意味のないことをしたな」
見上げてくる視線は見えないはずなのにちょっとだけ不満そうで恨みがましそうだった。それは私自身というより、少し上の方に向いている。「目を閉じて」私は素直に瞼を閉じた。小さな手が伸びてきて冷たい機械に触れている。
「ずれてたよ。普段から不必要に外すなって言ってるだろう。君はーー」
いつも通りお小言が飛んでくる。さっきあった時とは違う温かさを感じるいつもの声に私は泣き出しそうになった。エゴの塊であっても、私にとってマーモンは優しい人だった。
「君が来た理由は今朝のことだろう。僕は自分が言ったことが間違ってるとは思わない」
「マーモンはいつだって間違ってないよ。ただ、私が正しいと思ったものと違うだけで」
「人はそれを間違いというんだろう」
「理解されないのはわかってるから、ただアヴィドはそうなんだって……”マーモン”に認めて欲しいの」
私たちは別の人間だ。考えの違いだってあるはずなんだ。私が今までマーモンに頼り切っていたから、ただ私を心配してくれていただけだ。「全部、僕のためさ」そう言った理由が、今ならわかる気がした。
「……今朝はごめんね」
現実を見ようとして、実際は見落としていたものが多すぎたのは私だった。
「アヴィドあのさ、……僕も悪かった。ごめん」
マーモンは数秒ほど私の方をみて固まったあと、額に片手をやりながらはぁと大きく息をついた。
「なんだか僕の方が子供みたいだ」
「見た目の話だったらそうだけど」
「君はいつでも僕の琴線に触れることをズカズカというね。ベルに似たな」
「えっうそ。嫌だな」
とっさに出てしまった言葉は大抵本心だ。この発言を聞かれていたら私は明日にでもブラッディでスプラッタな死体となっているに違いない。ベルのことは嫌いじゃないけど、彼に似ていると言われると嬉しくはない。いくら幼馴染でもそこは遠慮したい。両手で口を塞いで難し顔をしていたのが面白かったのか、ぷっと小さく笑われた。
「ところでなんだけどさ」
「ん? なんです?」
マーモンは机の上に並べていた小瓶の中から迷うことなくすっと一つの小瓶を選んだ。
「誕生日プレゼント、渡してなかっただろ」
昨晩、ボォンボォンと鳴っていた時計の音を突然思い出した。そして、スクアーロの言っていた「お前ももう16だ」という言葉……。そういえば、私、今日が誕生日だったのかもしれない。元々の誕生日なんて知るわけもないので、私の誕生日はこのヴァリアーに入隊したその日ということになっていた。
「その顔はやっぱり忘れてたんだな」
「そうです! ……え、ほんとにいいの……!」
「この僕が人に物をあげるなんて滅多にないからってそんな疑うなよ」
前に誕生日には新しい電卓が欲しいと言ったら却下された経歴をもつ私にはとんでもないことだ。(経費で落とせと言われただけだが)
精巧な細工を施されたガラスの瓶の中にはマーモンが調合した液体が収まっていた。シュッと軽く首筋に吹き付けて、手首にトントンと移してみる。何層にも重なるような奥の見えない香りが柔らかく私を包んだ。香水なんてもらったのは初めてだし、普段つけることもないから分からないが一つ言えることは……とってもいい香りだったということだ。
「肌につけると強すぎるかもしれないから、ベッドにでも吹きかけておきなよ」
「ありがとうマーモン大切にするね……!」
「使ってこその道具だろ、ちゃんと付けるんだよ」
「うん……!」
名前と、居場所と、それからこの香水。私に与えられたものの数をひっそりと数えてみる。
少しずつ増えていくのは新しい依存先。与えられた分だけ、私は私という”個”になっていく。一人で立ち始めた私のことを、私はきちんと愛してあげられるかなぁ。
ヴァイオレットに輝く小瓶をぎゅっと手の中に握り込んだ。