07
 時間が過ぎるのあまりにも早い。弾けるような暑さの夏と、凍える冬が巡り巡ってイタリアは9月になろうとしていた。
 死んだ甥たちの代わりに9代目が選んだボンゴレ10代目候補が、日本にてまだ呑気に生きているという知らせが定期的に届く。「順調にいけば日本の10代目候補はボンゴレを継ぐだろう」ヴァリアーの気を削ぐつもりなのか、定期報告の際に本部の人間は煩いぐらいに何度も何度もそう口にする。権力に目が曇った大人たちは私たちに耳が付いているのが見えてないのかもしれない。
 大抵、そういう時には遠巻きからオッタビオさんが辛そうにこちらを見ている。哀れみをたたえた目で見るなと口に出さないだけ偉いなあと自分を褒めてあげる。この程度で折れるのなら、もう活動が凍結しているヴァリアーにこれほど人員が残っている訳も無い。
 確かに居なくなった人々も居た。しかしあの人が認め、スクアーロが認めたXANXUSさんについて行くことを止めることができた彼らは少数派だ。少しだけそんな彼らを羨ましく思う気持ちもある。自分の存在意義を誰かに押し付けずに行きていける強さなんて、持ち合わせていなかった。
 もうすぐXANXUSさんが居ない8度目の夏が終わろうとしていた。
 まだここから動けない。


「今日は本部に行って……あとついでにお肉とか足りないものの買い出しに行ってきます。夜ごはんには帰りまーす」
「領収書はきちんと貰ってくるんだよ」
「故意に忘れてスクアーロのポケットマネーで払ってもらおうかと思ってた」
「アヴィド君って最高だね。それでいこう」
「う゛お゛おい聞こえてんぞドチビ共ォ!! 遊びに行くわけじゃねーんだぞぉ゛!!」
 既に玄関の外にいるスクアーロの声はまるで耳元で叫ばれたかのように大きく響いた。脳髄をガンガンと揺らされながらもマーモンに「いってきます」と元気に挨拶を交わすのは忘れない。気持ち早足で向かえば、右側のドアを開けてスクアーロが待っていた。
 きっちりとしたグレースーツは彼の銀糸によく似合っていた。本人といえば不機嫌さを全面に押し出していて、僅かにその顔の良さを損なっている。勿体無い。
「ありがとう、スーツ姿も素敵だね」
 感想を素直に述べつつ車に乗り込むと、右側から大きな音。閉める勢いが良すぎるでしょ、破損したらスクアーロのお給料から天引きするんだからもうちょっと優しく備品を扱ってあげてほしい。
 やがて運転席に乗り込んだスクアーロのちょっと赤い横顔を見ているうちに、彼の運転する車が城の門を通り過ぎた。
 前から後ろへと窓の外を移ろう景色。街の変化を見ながらボンゴレ本部に思いを馳せる。今日は月に一度の9代目への報告の日だ。クーデターを経て活動の一切を停止させられているヴァリアーだが、ボンゴレの諜報員として使役されている一部の部署もある。それらの活動を監視と報告程度で済ませているあたり本部は牙の抜けた獣だと思っているのだろう。それか、9代目の温情だとでもいうのか。
 気づけばこのふざけた報告も今年で8年目になる。少し前までは形式的なこの報告会をテレビ電話とかで済まさせてくれれば相手もこっちも苦労は無いのだけどと思い続けていた。ボンゴレの本部へ向かうガソリン代はただでは無いのだから。
 でも、今はちょっとだけ違って、ここに来る目的がきちんと生まれていた。約一年前、スクアーロが教えてくれたXANXUSさんが今もボンゴレの地下深くで独り眠り続けているという情報だ。どこにいるかは分からない。調べようと思ったことはあるにせよ、実行に移すようなことは一度もなかった。XANXUSさんの近くにいられるだけで私はとってもしあわせだった。
 9代目への報告はスクアーロひとりで行くことも多いが、現在のヴァリアーのトップである彼をひとりで向かわせるのは良くないだろうということで、なるべく幹部の誰かが着いていく取り決めとなっている。今回はマーモンの番であったけど、アルコバレーノとして表立った行動を秘匿したいマーモンの代替はいつも決まって直轄の部下の私だった。一部では私の姿をみてマーモンだという人もいるらしい。そんな訳無いが勝手に勘違いしているのを訂正するのも馬鹿らしくてそのままにしている。
 ちなみにベルを誘ったが俺は王子だしとパスされた。面白いテレビゲームを見つけたらしいから帰ったら一緒に遊ぼうと思う。

 さっきまで土煙を上げていた道からだんだんと見覚えのある石畳の道になる。いたるところで子供たちが楽しそうに笑い遊んでいる。しあわせな光景だった。きっとあの子供の親は対価を求めない愛を注いでいるんだろう。ボンゴレの統治する土地には笑みが溢れていた。
 ああ、いたい。いたかったなぁ。
 横目で見ていたそれからそっと目を離しながら車のシートに倒れこむ。上質なマットレスが私の体を優しく押し返した。
 無意識のうちに動いた手が、ゴーグルの上から左目をさらりと撫でていた。もう痛まないはずのそこが鈍くうずいた気がしたのだ。
「目、痛むのか?」
「痛くないよ。スクアーロもマーモンも心配性だよね」
 視線を前に向けたまま尋ねる彼の声は先程とうって変わって優しい。二人きりだと柔らかい雰囲気を纏っているが、これが他の隊員がいれば刃物で切ったような緊張感で場を支配するのだから恐ろしい。
「本当になんでもないよ」
 長年の付き合いからスクアーロの何か言いたげな雰囲気を感じるやいなや、にっこりと彼に笑いかけた。
「かわいそうなんて思わないでね、私いまとっても幸せなんだから」

 かわいそうという言葉が嫌いだった。
 あの人のいる場所に行ける。そう思うだけでもこの長い道のりを走る意味はある。
 顔すら見ることが叶わないけれど同じ場所に会いにいける距離にあるだけ、私はきっとしあわせ者だった。

「……んなこと思ってねえよ」
 優しい嘘が下手くそだね。