
ベルは物置に転がってた
意図せずに大泣きし始めた静姫をよしよしと宥めたその後、柴は冗談で言っていたはずの「シズちゃんギャン泣きワンオペ育児ノイローゼのふり作戦」を決行。
そして、静姫を自宅に連れ去ってわずか三時間で、彼女を六平家へと返却成功。返却時のチヒロの表情は「何を馬鹿な」と言いたげではあったものの、あの時の状況説明に言っていた言葉に割と嘘はない。
わざとニュアンスの受け取り方を誤認させるようにしたとはいえども、すんなりと静姫を受け入れてくれたのはありがたかった。まあ、最初から二人は彼女の滞在を希望していたので当然と言えば当然である。
そして静姫には後日、これから妖術師として六平家で過ごす際に、彼らをよく知る薊との顔合わせを済ませること……そして、先日柴とだけでは話せなかったこれからのことについて話し合う場が設けられた。
「ほいでっ今ぁ〜っ!こぉ〜こっ!」
「こぉ〜こっ!」
「とりあえず、君達は状況説明をしながらアルプス一万尺をするのをやめないか。絶妙にノイズなんだが」
「手が暇でつい」
「遊ぶ手なんてお暇させておきなさい」
昨日の三時間でどんだけ仲良くなっているんだ、と薊は心の中でつっこまざるをえなかった。
概要だけ大まかに教えてもらった薊だったが、その内容だけ聞けばかなり静姫は洗いざらい自分自身のことを話したのだろう。
お互いに腹を割っての対談をした影響か、柴と静姫は気の置けない友人のように見えた。まあ、聞いた限りでは師範と弟子のような間柄になるのだろうが。
このまま二人のペースでいかせてはダメだ、と決意した薊はコホンと一つ息を吐き、口を開いた。
「柴、確認なんだが……」
「前借りた昼飯代か?500円やったかなぁ」
「1500円だ。忘れてたありがとう返せ」
「薊さん、ペースに呑まれてますよ」
静姫はこの時点で薊が割と苦労人だということを察した。現在進行形で苦労をかけている彼女が思うことでもないのだが。
「柴、お前あのことは話したのか?」
「……まだや。昨日の時点じゃ、ややこくなるからな」
「確かにそうだけど、さ……」
「……?」
静姫と向かい合うようにして座る大人の二人。彼らは耳打ちするようにひそひそと話し始めた。
自分の処遇について複雑な事情が一つや二つくらいあるのは仕方ないのだろうが、なんと居心地の悪いことだろうか。
静姫は呆れ顔で勢いよく自分の手を叩き、パァンッと風船が破裂したような乾いた音を鳴らす……二人はその音にビクッと肩を揺らしながら彼女の方を振り向いた。
「男が二人もいて女そっちのけでヒソヒソ話するのはマナー違反ですよ。甲斐性というものがないんですか?」
「……あれ?きみ、いくつだっけ?」
「四十万静姫、十歳です」
「な?恐ろしい娘やろ?」
腕を組みながら二人にむすりとした顔を向ける静姫。その視線のなんと冷ややかなことか……無駄に威厳がある。
しかも言葉の内容がまるで合コンのマナーを叩き込まれているよう……何故、十歳の女児からそんな発言が出てくるのか。末恐ろしい世の中である。
「私はあの二人のことはただ刀を愛する心優しい親子、ということしか知らないんです。なぜ彼らの山籠りが秘匿されなければならないことなのか。今後、彼らの守り手として生きる道を示された私にはそれを知る権利があります」
「静姫ちゃん……」
「静姫ちゃんん?気安いですね。シズちゃんと呼んでください」
「『もっと仲良くなりましょう』やってさ」
「友好的なのかそうでないのかよくわからん子だな」
女心の難解さを二回続けて突きつけられてしまった薊は頭を振ってその思考を追い出した。
静姫の言う通り、彼女には六平家のことを知る権利があるだろう。
そろそろ本題に入ろう、と薊は静姫をまっすぐに見つめる。
「静姫……シズちゃん。きみの希望は、これから六平家の二人と苦楽を共にしながら妖術師として彼らを守ること……それで間違いないね?」
「はい。その通りです」
「その際には柴からの指導を受け、研鑽を積み剣術を磨いていく。そういうことだよね?」
「はい。この羊羹丸と共に」
「……羊羹丸?」
「ああ。シズちゃんに譲った木刀の名前や」
「……羊羹丸?」
_____
「柴さんのお古、結構丈夫そうですね。これが私が初めて握る刀か……」
「ええね。なんや折角やから名前付けぇよ」
「えっ?……羊羹丸」
「絶対二秒で考えたやろ」
「……何を馬鹿な。見てくださいこの艶々とした榛摺の刀身を。この魅惑的な色味……さながら冷蔵庫から出したばかりの羊羹のようで」
「二秒で考えたやろ」
「二秒で考えました」
_____
「と、いうようなことがあってな」
「名刀『羊羹丸』爆誕です」
「……」
名刀も何もただの木刀だろ、とか。
お下がりなんだから爆誕でもないだろ、とか。
名刀と呼ぶならせめてもう少し時間をかけて命名しろ、とか。
所要時間二秒ということを差し引いてもネーミングセンスがダサすぎる、とか。
薊はその他諸々の言葉を必死で飲み込んだ。つっこんだら負けだ……確実にペースを崩される。
「……その羊羹丸で打ち込み稽古をするつもり、ということだね」
「おっ軌道修正頑張った」
「ちょっと黙ってろ」
大人しく軌道修正されとけ。
薊は己のこめかみがピクピクと引き攣るのが分かった……その上で目の前の静姫が心配そうな顔をしているも見える。どうやら彼女は苦労人タイプの人間を労る心があるようだ。そう思うなら話が脱線するような言動を慎んでほしい。これからに期待だ。
「その前提でまず一つ、きみに聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「シズちゃん、きみは『妖刀』というものを知っているかい?」
「ヨウ、トウ……?」
はて?と静姫は小首を傾げる……全く聞いたことがない、と言いたげな表情だ。
しかし、それが真実かどうかは薊には判断がつかなかった。正直なところ、彼女は年齢の割に博識だ。義務教育なんてものを受けられるような生活環境のようだったと聞いているので、尚更その知識量は少々異端であると言わざるを得ない。
静姫曰く、時間を潰すために捨てられた新聞紙を読み漁りながら知識を得たらしいのだが……それで妖刀を一切知らない、なんてことがあるのだろうか?
「もしかして羊羹丸の仲間ですか?名前ちょっと似てる」
「あっ全く知らないということが分かったよ」
どうやら驚いたことに、そんなこともあるようだと薊は、とてもとても、よぉく理解した。
知識に偏りがあるということは珍しくもないし、しらばっくれるにしてもメリットがない。
それに、本当に知っていたのならば、彼女の愛する六平国重の打った国宝級の刀を、物置に放置されて埃をかぶっていた木刀と同列に語ることは流石にしないはず。
柴なんて「撤回したほうが身の為やで。今後のシズちゃんの精神衛生上……」と恐る恐ると声をかけている。彼の本気で心配そうな声に、静姫は光の速さで「撤回します」と返事した。危機察知能力は高いようだ。
「じゃあ、ひとまずシズちゃんには妖刀について教えよう」
薊は人差し指をピンと立てて、妖刀がどういう代物かを説明し始めた。
「妖刀とは九年前の『斉廷戦争』で劣勢だった日本を、見事勝利へと導いた六本の刀のことだ」
妖刀はその一本一本が特別な力を持つ。
妖術の源となる玄力は様々なものに込めることが出来るが、その他と違う妖刀は込めた玄力を増幅させ、人体では生成及び保持出来ない程に超高密度に練り上げることが可能となる。
そこで、チーンと音が鳴る。
「すみません。素人質問で恐縮ですが生成及び保持できないほどの玄力とは具体的にどのようなものでしょうか?」
「どこから出したんだその卓上ベル」
いつの間に用意したのか、静姫の手元には卓上ベルがすっぽりと収まっていた。
しかも中々に恐ろしい呪文まで学習している様子。本当に素人質問じゃなければ即死だった……だから何なんだその知識の偏りは。
「だって実際問題、人体で保持出来ないほどの玄力ってなんですか?妖術って玄力を放出することで扱えるんでしょう?保持する必要なくないですか?放出すればいいじゃないですか」
「そうやな。その前に知っておかなアカンのが妖刀の原料に使われとるのが『雫天石』っちゅうもんや」
「ダテンセキ?」
「戦時中に発見された特殊鉱石のことだね。この鉱石に込められた玄力は妖刀と同じように増幅され高密度のものになる」
「へぇ……」
「しかし、これには問題があってね。これにそのまま玄力を込めると、石によって練り上げられた高密度の玄力は体に流れ込んでしまうんだ」
「ふーん……ん?あれ、え、ちょ、それって人体では保持出来ない玄力……えっあれ?」
「……よく気付けるね」
「勘のええ子やねん」
妖刀と雫天石の概要について説明を受けた静姫は、どうやら聞き逃してはいけないようなある台詞に気づく。嫌な予感をビンビンに察知しては、徐々に徐々に混乱し始めていた。
人体では保持することのできないほどの高密度の玄力……それが流れ込んできた人体はどうなってしまうのか。
「雫天石の持つ力は本質的に毒とも言える。勿論、練り上げられた玄力が体内に流れ込んだ者もただでは済まない」
「お、大怪我するとか……?」
「まあ、そやな。体は耐えきれずに内側からド派手に張り裂けてお陀仏や」
「ブッ……!ちょっと待てぇええええっ!!」
チーーーーン!という音が鳴る。
「想像の百倍は悲惨なことになってるんですけど!?しかも戦時中に見つけたとか言ってませんでした!?そんなわけのわからんもんを発見してすぐにに軍用素材に採用したってこと!?どうなってんだ日本しっかりしろ日本ッ!」
「いや、当時では石の危険性をしっかりと明らかにした上でね……」
「は!?いやおかしいおかしい!尚更おかしい!いくら劣勢だったからとはいえ捨て身すぎるでしょう!?毒性の蒟蒻芋から蒟蒻作って食するのとは訳が違うと思うんですけど!?」
「どういう例えや」
勢いよくガタリと立ち上がった静姫は二人に対して指差しながら猛烈に抗議し始める。いや、そんなことを言われましても……。
ストップストップと柴が静姫を制すると、彼女は不服げに押し黙り、その場に座り直した。彼の言うことは割と聞くようになったようだ。
「確かにシズちゃんの言う通りその石は危険や。いくら玄力が増幅すると言っても代償がデカすぎるし使った瞬間、死ぬなら軍用できん」
「……でも、使った。いや、使えるようにしたってことですか」
「ご明察」
それこそが、六平国重の打った妖刀である。雫天石と違い、妖刀に込められて練り上げられた玄力は刀から剥き出しになり形を為す。その形は刀によって様々だが、そのどれもは玄力そのもので出来たもの……ただの妖術師を超えた力の塊。
そして、形を持ったそれはそれぞれに特別な能力を有しており、六平国重に妖刀を託された妖術師たちは戦場で力の限りを尽くし戦争という地獄を終わらせたのだ。
「つまり国重さんは、毒性の蒟蒻芋から安定して美味しく食べられる蒟蒻を錬成する……かのような偉業を果たした人物、ということですか?」
「概ねそうやね」
「概ね違うだろ」
この話題はどうしても蒟蒻を挟まなくてはいけない話なのだろうか……絶対に違う。
「とりあえず、ほんと、お願いだから……妖刀と蒟蒻を並べるのはやめてくれないか……?」
「えっ何で……何で蒟蒻をそんな下らないものみたいに言うんですか。食べられないものをどうにかして食べようとする食文化は尊ぶべき人間の心です。かくいう私もそのままでは食べられないカブトムシを食するためにどれだけの創意工夫を」
「蒟蒻はとても素晴らしい日本の食文化の一つだしかし同等の偉業だとしても別ジャンルの話題には違いないから話の妨げになってしまうので避けようということなんだ分かってくれるね?」
「成程」
「(……一息やったな)」
静姫の口から悪びれなく飛び出した、彼女の劣悪な生活の1ページ……それが捲られそうになる前に、薊は逆に捲し立てるようにして本を閉じさせた。
カブトムシを食する話などまるで取るに足らぬ世間話のように、薊の言葉に納得した静姫を見つめながら……大人二人は密かに胸が痛くなっている。
えっもうやだ、二度とそんなものを食べないで欲しい。六平家で温かくて美味しいご飯をたんと食べてほしい。美味しい蒟蒻が入ってる煮物とかが大好きになってほしい。
「……話を戻そうか。六本の妖刀を作り上げた六平国重は実際に戦地へ行った僕たちよりも称賛の声を浴びた。国中の誰もが彼のことを英雄だと評したよ。たった六本の刀でそれまでの戦況が全てひっくり返ったのだから当然だ」
「……かっこいいですもんね、やっぱり、国重さんは」
「しかし、雫天石の制御に成功したのは歴史上で六平国重ただ一人だ。勿論、そんな人間が平穏な生活を送れるわけもない」
「戦争は終わっても、悪いことを考えるやつは掃いて捨てるほど湧くもんやからなぁ」
「……まあ、そんなことは……身を以て知っていますけど、ね」
静姫は目を伏せながらそう呟く。
彼女には戦争が終わった頃の記憶などほとんどない。弱冠一歳のことだったから仕方のないことだが……とりあえず、物心ついた時から平穏なんてものは何一つなかった。心が休まったことなんて、それこそ六平家に来て初めて経験したのだ。
戦争で勝利したとして、日本国民の全てが幸せになることなんて不可能だったのだろう……不幸の原因なんて戦争以外にもそこかしこに溢れている。
自分は平穏を手にしたけれど、それと引き換えとなった『悪い奴』に買われた母は今頃どうなっているのだろう。そう考えると、静姫はどうしても体が震えてしまう。
母から平穏を奪ってきた存在を静姫には絶対に許せることはできない。あの家に居座り母を搾取し続けてきた男を、自分の代わりに断罪してくれた奴らには一種の感謝さえ覚えてはいる。しかし、あの集団も彼女にとって許せない存在であることに変わりはない……いくら恨んだところで、静姫には復讐するための技術も手立てもないのだが。
「……六平家に結界が張られているのは、あの二人がそんな悪い奴らに利用されないように姿を隠すためってことですか」
もしも、国重が悪人に捕まってしまえば……戦争を終わらせることのできるような力を持つ、新たな妖刀を作らされる可能性が高い。
彼は刀を悪用するような人間のために金槌を持つことはしないだろうが、実の息子であるチヒロを人質に取られてしまえば……彼は妖刀を作ってしまうのだろう。そんなことは絶対させない、と静姫は強く決意する。
「それもあるんだけど、ね」
「……?」
薊が頬をポリポリとかきながら困ったように苦笑いをする。それだけでなく「あー」だとか「うーん」だとか唸り始めて、非常に煮え切らない様子だ。
「……なあ、柴。これってやっぱ今話さないといけないことか?」
「何いうてんねん。ここまできて話さんとかないやろ。どうせいずれ知ることになるんやし」
「でもなぁ……」
「それに見てみぃ」
再びヒソヒソ話を始めた二人だったが、柴が静姫の方を指を指す。
そこには腕を組みつつ至極不機嫌そうな表情で二人を見つめる十歳女児がドンと構えて座っていた。その視線のなんと冷ややかなことか……さっきも見たな、すみませんでした。
「あのシズちゃんに隠し通せるわけないやろ。そろそろ「どうやら学習能力がないようで」とか言い出すで」
「どうやら学習能力がないようで」
「ほれ」
「いや、今のは前が言わせたろ……」
二方向から刺してくる鋭い視線を浴びながら、薊はガリガリと粗雑に頭をかきつつため息を吐く。どうやら観念したようだ。
「六平家を結界で隠しているのは、シズちゃんの言う通りあの二人を下賤な悪人から守るためだ。ただ、それともうひとつ。あそこには隠しているものがある」
「……隠しているもの?」
「ああ。あそこには……」
そこまで言って薊は言葉を切り、コクっと少し唾を飲み……そして続けた。
「……六平国重、妖刀六工。その全てが保管されているんだ」