HEARTBEAT SCREAM
NO.007:心臓に悪い入学初日

「次、上鳴と替場」

50m走の記録を付けていた相澤先生が顔を上げて私の名前を呼んだ。
併せて呼ばれたカミナリというのは、金髪の男子のことらしい。

「え、君めっちゃ可愛いね名前なんつーの? 今日終わったら飯行かね?」

50m走は二人ずつの進行だ。
私と一緒にトラックに並んだ上鳴くんにそう言われて、名前も知らないのに飯に誘うのかと少しギョッとして、それから一応曖昧に笑い返しておく。

「上鳴、やる気がないなら成績無視で除籍にするぞ」
「わっ、そりゃないぜ先生! カンベンしてくださいよ! ちゃんとやるんで!」

やる気がなさそうなのは相澤先生も人のことを言えないのでは、とこっそり思うが口にはしない。
そんな心の声がまるで丸聞こえだとでも言わんばかりに、相澤先生はじと目で私を見て、それから気怠そうに浅くため息を吐いたところで、上鳴と呼ばれた男子が位置につきながら私にニッと笑いかけてくる。

「俺ケッコー足には自信あんだよね。まあ有利な“個性”じゃねーけどさ、中学んときはそこそこ早い方だったよ」
「そうなんだ、私はそんなにないなあ」
「じゃ、俺が勝ったらデートしようぜ」
「いいよ」
「えっマジ!? いいの!?」
「うん、上鳴くんが勝ったらでしょ」

上鳴くんは自分で提案しておきながら驚いたように再確認してきた。
現在のトップは、脹脛にエンジンを携えた飯田くんの3秒だ。
そういう記録を前にすると、とてもじゃないが私にとって走ることが得意だとは思えない。
だからこそ、私の“個性”の活かしどころはここだと踏んでいた。
というか、寧ろここくらいしかない。

「用意」の掛け声で、今にも鼻歌を歌いだしそうな上鳴くんが、軽くアキレス腱を伸ばした後に構えるのを横目に、私はスタートラインに佇んで静かにゴールを見つめた。
構えなくていいの? とわざわざ問いかけてくる上鳴くんに「前見た方がいいよ」と小声で返す。
私はゴール先の相澤先生を見据えて、スタートの合図と同時に“個性”を発動する。

「……!?」

ゴール位置からスタートラインを振り返ると、唖然とした表情で一瞬立ち止まった後に思い出したように慌てて走り出す上鳴くんと、不服そうな相澤先生、それからちょっとだけ騒ついたクラスのみんな。
計測器に表示された数字は0.5秒。

個人的には上々の結果だと思うのだが、まだクラスの半数以上が個性不明・未計測の現時点では、まだ安心するのは早いだろうと思う。

「ちょっ、なにしたの!? 全然ワケわかんないままなんだけど!」
「ゴールの先にいた相澤先生と立ってる場所を交換したんだよ」
「交換って言われてもイマイチぴんと来てなかったけど、今のでなんか理解できたわ。自信ないって言ってたくせに余裕じゃん」

走り終えて戻ってきた上鳴くんの質問に答えると、頬を膨らませた耳郎ちゃんに小突かれた。
可愛い。

「自信ないのは本当だよ、“個性”活かせそうなのこれだけだから……まだ1種目めだし、この後きっとみんなもっとすごい記録出してくるよ」

その言葉通り、各種目で目を疑うような記録が飛び交った。
私はというと50m走では1位を記録したものの、その後の種目では特筆すべき成績は残せないまま。

しかし最下位にリーチをかけたのは緑谷くんという男子生徒だった。
追い詰められた彼はボール投げでいよいよ“個性”を使おうとしていたのに、それを相澤先生の“個性”「抹消」で消される。
なにやら一悶着あったようだが(“個性”を使えと言われているのに消されるなんてそりゃあ揉めるだろうと思う)、緑谷くんは2投目で700m超の高記録を出した。
その記録に爆豪くんが憤慨した様子で突っかかっていって(もうわけが分からないが緑谷くんに対してものすごい勢いで怒っていたのでなにか因縁でもあるのだろう)、それをまた相澤先生が止めて。

結果的に全種目終了後、最下位は除籍という鬼のような処分は、相澤先生の『合理的虚偽』だと明かされ、全員事なきを得たのだった。

─ 心臓に悪い入学初日 ─


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