HEARTBEAT SCREAM
NO.017:No.1ヒーロー

── 助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ。
僕だけが知ってるオールマイトのピンチ。

緊急事態に早々と駆けつけたNo.1ヒーローの登場に、A組の面々は思わず歓喜と安堵の表情を浮かべた。
誰もが平和の象徴の勝利を信じて疑わない中、緑谷だけは一抹の不安を憶え、気づけば走り出していた。
ワープゲートと脳無と呼ばれた異形によって、苦戦を強いられているように見えたのだ。

方法は分からないけど、とにかく僕が助け──

「どっけ邪魔だ!! デク!!」

強力な爆発音とともに耳に届いたその声に、緑谷は思わず立ち止まった。
爆豪はワープゲートの“実体”を確実に捕らえて、素早く地面に押し付ける。
別の角度からは轟の放った冷気が瞬時に辺りを覆って、脳無の体を氷漬けにする。
正面突破の切島が振り被った一撃を避けようと後退した顔の見えない男の背後に交子が現れ、腕を背中側に捻り上げて拘束した。

「平和の象徴は、てめェら如きにれねえよ」

思わぬ加勢に緑谷の心が沸き立つ。
みんなで力を合わせれば或いは、なんて希望めいたものがちらついて、思わず視界が滲んだ。

「出入口を押さえられた……こりゃあ……ピンチだなあ……」

交子が捕らえた男は、全身に人間の手首・・・・・を纏った異様な姿をしていた。
放たれた言葉とは裏腹にその口調は緩やかで、仲間もそれぞれ動きを封じられているというのに微塵も焦りを感じない。

「攻略された上に全員ほぼ無傷……すごいなぁ最近の子どもは……恥ずかしくなってくるぜ、ヴィラン連合……!」

交子はそう呟くように言った男の右腕を捻る角度を少し上げると同時に、左手で男の右肩を押さえ込む。
そこから逃れようとすると、必然的に男は自由の効く左手で肩に当てられた手を払おうとするのが自然だ。

「っ替場さんダメだ! そいつの手!」

緑谷に名前を呼ばれ、交子は一瞬そちらに意識を向ける。
その言葉の意味を理解するより早く、男の左手が交子に押さえ付けられていた右肩に触れた。

「!!」

男が触れたその場所に違和感を覚えて、交子は反射的にその手を弾くように拘束を解いてしまう。
ほとんど本能で跳ぶように後退して、轟の足元に転がっていた氷片と自らの位置を“交換”した。

「なんだ、お前もワープ系の“個性”かよ。面倒だな」

ワープなんてそんな便利なものじゃない、と内心否定しながらも、交子は思わず男に触れられた左手を庇うように右手で覆った。

「替場さん! 手が……!」
「平気、プロテクターしててよかった」

男の“個性”「崩壊」を目の当たりにしていた緑谷は、事態を容易く想像出来たのだろう。
交子は短く否定したが、左手の甲にあったはずの鋼鉄製のプロテクターは、男が僅かに触れただけで砂のようにボロボロと崩れ落ちてしまった。

「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

そのひと声で、それまで大人しく氷漬けにされていた異形が、自らの身体が半分に割れてしまうのも厭わず動き出し、そして信じ難いことに損傷した傷口はみるみるうちに再生されていく。

「皆下がれ!! なんだ!? ショック吸収の“個性”じゃないのか!?」
「別にそれだけとは言ってないだろう。これは“超再生”だな」

欠損したはずの脳無の半身を沸き上がるように筋肉が覆い、あっという間に元のかたちへと戻ってしまう。
手首の男に余裕が垣間見えたのも、恐らくこの脳無の存在が、オールマイトに匹敵することを確信していたからだろう。

「脳無はお前の100%にも耐えられるよう改造された超高性能サンドバッグ人間さ」

男が言い終わるや否や、文字通り目にも止まらぬ速さで脳無の強烈な打撃が爆豪を捉えた。
──かと思いきや、爆豪はまるで瞬間移動でもしたかのように緑谷の隣に現れる。
脳無の繰り出した攻撃で生じた爆風が周囲の塵芥を巻き上げ、それが晴れて漸く、その一瞬でオールマイトが爆豪を庇って攻撃を受け止めたことを理解した。

「脳無、黒霧、やれ。俺は子どもをあしらう。クリアして帰ろう!」
「あいつと近接はマズイ、一旦距離取ろう!」
「おい来てる、やるっきゃねぇって!!」

オールマイトが生徒たちへ逃げるように言ったそばから、手首の男がこちらへ向かって来る。
男の“個性”の異常性を体感した交子は咄嗟に後退を提案したが、当然相談する間もない。
焦りから身構えた生徒たちをその体躯で隠すようにオールマイトが立ちはだかると、“平和の象徴”から放たれるとてつもない気迫に怯んだのか、手首の男が跳ねるように後退った。

「真正面から殴り合い!?」

オールマイトは脳無に拳をぶつける。
“ショック吸収”と“超回復”を持つ相手に打撃は不利と思われたが、吸収も回復もする間を与えぬ凄まじいスピードと威力で、脳無を圧倒した。

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの! ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!?」

Plus Ultra更に 向こうへ──
オールマイトの強烈な攻撃はついに脳無を下し、その大きな体躯はろくな抵抗もできぬままUSJの天井を突き破って彼方へ吹き飛ばされてしまった。

「……漫画コミックかよ、ショック吸収をないことにしちまった……」

究極の脳筋だぜ、と続く切島の呟きに、交子も巻き上がる砂埃の中思わず天井に空いた穴を見上げた。

敵の“個性”をも凌駕する圧倒的なパワー。
目の前で繰り広げられたはずの光景を理解するのにすら時間がかかる。

これが、平和の象徴──。

─ No.1ヒーロー ─



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