HEARTBEAT SCREAM
NO.018:消えない痕

程なくしてUSJに集結した雄英教師陣プロヒーローによって、ようやく事態は終息を迎えた。
オールマイトが脳無を吹っ飛ばした後、突然緑谷くんが敵の眼前に飛び出した訳はよく理解できないが。

触れたものを粉々にする“個性”の男・死柄木弔、そしてワープゲート・黒霧は取り逃してしまったけれど、一先ず危機的状況からは抜け出すことができた。
その安堵からか、急に全身から力が抜けて、私はその場に崩れるようにへたり込んだ。

「オイ、大丈夫か!? どっか怪我してんじゃ」

切島くんが心配して駆け寄って来る。
焦ったような表情の彼に静止の意味を込めて片掌を上げ、なんでもない風を装うつもりが、まったくと言って良いほど下半身に力が入らない。

「こっ……」
「こ?」
「腰抜けた……」

予想していなかった言葉に、切島くんは暫く目を丸くしたままフリーズして、それから呆れたように、はあーっ、と深く溜め息を吐きながら、膝に手をついた。

「なんだビックリさせんなよ……こっちは拍子抜けだっつーの……」

ホラ、と差し伸べた手をありがたく取って、なんとか立ち上がる。
そんな自分を情けなく思いながらも、切島くんの肩を借りつつクラスのみんなと合流した(そしてみんなからもめちゃくちゃ心配されてしまったけど生まれたての子鹿並に頼り甲斐のない下半身以外は無傷である)。

その後到着した警察によって、USJ内で伸びていたヴィラン達が次々と両手に輪っかを掛けて運ばれていく。
A組のみんなでひとかたまりになって、その様子を遠目に見つめた。

「おや、もしかして……交子ちゃんじゃないか?」
「え?」

名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはハットにベージュのトレンチコートを羽織った警察官。
私もその人に見覚えがあるような気がしたのだが、どこだったか。

「塚内さん、ちょっとこっちいいですか」
「ああ、すまない、すぐに行く!」

彼は遠目に呼ばれて振り返って返事をする。
塚内、という名を聞いてようやくピンときた。

「久しぶりだね……と言っても、君が覚えてるかは分からないが」
「いえ、覚えてます、その節はお世話になりました」
「すっかり大きくなって……って、当たり前か、もう5年近く前だもんな」

彼の言う「5年」とは、私がまだ小学校5年生の頃に遡る。
5年前の晩夏、私はとあるヴィラン事件に巻き込まれ、その捜査の為に塚内さんとは面識があった。

もう5年──当時既に警察官として事件の捜査に当たっていた彼にしてみれば、当時を振り返って懐かしむことすら出来る程度には、私の存在は過去のものとなったようだ。

もう、5年。
それは日々数多く発生するヴィラン事件のひとつに過ぎず、世間からはすっかり忘れ去られた過去の出来事だというのに。
ふとした瞬間、未だ燻る記憶に囚われ続けていることを自覚させられて、その度にそんな自分が酷く嫌になる。

人の良さそうに自分に笑いかけてくる目の前の刑事に、そんな仄暗い感情を誤魔化すように適当に笑って、曖昧に頷いておく。

「ああ、そうだ。君にこれを」
「……?」

塚内さんはコートの内ポケットからボールペンと手帳をさっと取り出すと、何やら書き留めて、そのページを破って二つ折りにし、私に差し出した。
不思議に思いながら受け取って、それをそっと開く。

「心配なんだろう? 済まないが事情聴取には付き合ってもらわなきゃならない。が、終わるころにはリカバリーガールも保健室で治癒を終えているだろう。一緒に向かうといい」

そこには走り書きで病院名が記載されていた。
相澤先生が運ばれた病院だろう。

あまり考えないようにしていたが、聞くところによると相澤先生の怪我は相当なものだった。
私と相澤先生の関係を知っている塚内さんの配慮に、目元にじわりと熱が集まるのを感じる。
零さないように慎重に頭を下げて、塚内さんに感謝した。

─ 消えない痕 ─



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