百代の過客

墓場は既に埋まってる-1



「星が綺麗だなぁ」

 そう言って目の前を歩く白い神様の言葉に審神者は答えられなかった。
 ラフなシャツとジーンズであるのに、恐ろしいほど着こなしている男は日中の人混みであれば人目を引いただろう。
 だけれど、今は真夜中で、そして人など一人もいなかった。

「まぁでも本丸の方が綺麗か!」

 自己完結したらしい彼は楽しそうに笑う。きみもそう思うだろうだろうと肩越しに振り返って、夜の明かりのない世界でも綺麗に輝く琥珀を細めて見せる。
 月の光を写し取ったように透き通る、金色の瞳が此方を捉えるように見据えていた。
 土のついたシャベルを担いで、土埃と血で汚れ、肉体労働でよれたシャツを身に纏った男だったが、それでも生来の美しさに拍車をかけていた。

 立ち止まって、彼は先程からずっと空きっぱなしだった二歩分の距離を一歩で縮めながら、俯いたままの自分の旋毛から直接脳内に吹き込むように囁いた。

「なぁ、きみ」

 体をかすかに傾けると、肩口からさらりと細い絹色のような白い髪が零れ落ちる。

「きみ、これは二人だけの秘密にしよう。俺たち、二人だけの」

 声を潜めて、密やかに告げる白い神に審神者は深く頷いた。





 最初の違和感は、自分の手がコップをすり抜けたことだ。
 夜、寝る時に水を飲もうと思った。水を汲み終わり、執務室の机に置く。
 じっとりと暑い夏のことで、すぐに結露が出来た。
 机の上にコップの跡を、水が残してゆく。それを見ながら飲もうとして、するっと。
 するっと、手がコップをすり抜けた。

 宝くじが当たる確率は、机を叩いたときに机をすり抜けるぐらいの確率だと聞いたことがある。百億回机を叩いていたら、それがすり抜けるぐらいの。
 つまり、それほど有り得ないぐらいの確率。

 今、それに近いことが起きた。
 審神者はもう一度コップを掴む。それは、先程までとは違い掴むことが出来た。
 ふ、と思わず笑みが零れる。
 つまるところ、疲れている。
 連日続きで仕事が舞い込んできて、暑い日も多かった。
 夜寝る時も暑さで寝つきが悪い。なるほど、疲れているのかもしれない。
 今日は早く寝ようと結論が出た。
 それが、一度目。

 二度目は幾日も経たずに起こった。
 今度は手に持っていた椀が落ちた。突然空中から落下したように。
 たまたまそれは中に物が入っておらず、大事にはならなかったが、ころんと畳の上に使い慣れた椀が転がった。
 手に力が入らなかったのだろうか、と思った。

 三度目は、少しばかり間が空いた。
 朝起きたら、体が透けていた。鏡台の前に立った時に、自分を通り越して後ろの壁に掛けた掛け軸の水墨画が移っていた。
 目が悪くなったか、寝ぼけているのか。
 何度か瞬きし、一度強く瞼を閉じて開いたら、自分の体は戻っていた。

 そんなのが幾度か続いた。相談はしていなかった。
 別にそんなことする必要が無いかな、という程度の認識だったからだ。
 楽観的なわけではなく、純粋に必要ないなと思っていた。

「審神者様の存在が、曖昧になっています」

 そんな認識だったからか、そう夏の終わりにこんのすけから言われたときに、はて、と思うぐらいには不調と、自分の存在の希薄さが結びつかなかった。

「どういう、意味でしょうか」
「そのままの意味ですね。歴史復元の際に審神者は時の政府の力を使うことで、時の流れそのものにアクセスします」

 瞬きする。時の政府の力。今日彼らを送り出した門扉を思い出す。あれは接続先の時空、座標を打ち込むことでその時代へと門を開く。過去現在未来、そして全ての場所に。

「それは知っていますが、」
「様々な要因から過去は変わっていきます。過去に何かしらの干渉をすることで、この世界は幾重にも分離していきます。例えば、とある刀剣男士が現代に行き自動販売機で飲み物を買います。そのゴミを捨てたら、ゴミ箱は丁度いっぱいになりました。次にその自販機で買った人間はゴミ箱にゴミを捨てることが出来ず、ゴミを捨てられずに持つことになる。
刀剣男士が飲み物を買わなければ起こらなかった未来です」

 こんのすけの黒々とした瞳が審神者を映す。無機質なまでの瞳の中で、困ったように自分が眉を寄せたのがわかった。

「ただその大本の部分、つまるところ木でいう所の幹が変わらなければ時の政府はそれを観測しながらも容認します」

 バタフライエフェクト。ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすか。過去の行動一つで幾重にも分離してゆく世界線。
 それはこんのすけの話曰く、どこかで重なることがあればそれらは融合するという。つまり一本の線の形をしていながら交差すれば湾曲しながらもまた一つの線となる。縫い糸が細い糸の集合体であるように、それを爪で少し引っ張ればそれは大本から分離して湾曲する。だけれど離れた部分は爪で引っ張った部分のみで、大部分は他の糸と絡み合ったままだ。
 だから放置しておいたとしても、正史に世界の修正力が働いて戻る。ただ正史が変わると大きく歴史が変わってしまうから、それを防ぐために刀剣男士がいるのだと、そう言われた。

「ただ審神者様の場合、時の政府の観測によると審神者様が、審神者にならなかった世界線。それが正史になり始めている可能性があるそうです」
「……それは、」
「本丸は時代の流れから切り離された場所にあります。だからこそ審神者様の影響は、透ける、つまりは存在が希薄になる、という現象だけに抑えられています。ですが本丸にまで影響してきてるということは、このまま行けば審神者様の存在は確実に消滅します」

 存在の消滅。現実味のない言葉の羅列だった。
 それは恐らく、死の宣告だということも理解していた。だけれど、それは酷く現実味が無かった。
 病院に行って、あなたは病気です、と言われるのとは違う。何故ならあそこで降りかかってくる絶望は、病院に行って、万が一こういう可能性があったら、と心の奥底で想像しているからだ。その最悪が現実で起こるから、絶望が起こるのだ。
 審神者は、そうだとは思っていなかった。ただ透けるという現象が、自分の死と関連するとはどうしても思えなかった。

「ですから、審神者様がこのまま正史に居続けるためには審神者になっていない審神者様の影響力を小さくしなければなりません」

 こんのすけの滑らかな声音が右耳から入って、脳味噌を撫でて、左耳から抜けてゆく。言葉の羅列を思考が受け付けなくなってくる。

「影響を、小さくするには、どうしたらいいのでしょうか」

 だけれど、その言葉はやけにはっきりと聞き取れた。簡易的な言葉の羅列だったから。難しくなくて、それでいて、衝撃的だったから。

「簡単です。殺すのです」

 動悸がする。どっと背筋に汗が噴き出た。簡単、簡潔、簡易的。
 咽頭が震え、息が乱れた。

「それが、最も楽な方法です」

 確かに楽だろう、と思った。でも、とも思った。審神者になっていない自分を考える。
 何をしているのだろう。どんなことを考え、何を感じ、何を食べ、何をしているのだろう。
 想像がつかない。審神者ではない自分が、想像つかなかった。
 家族と住んでいるのだろうか。一人暮らしなのだろうか。
 想像がつかなかった。
 審神者ではない自分が、想像がつかない。
 そんな想像がつかない世界で生きている自分を、殺す。

 体は次の言葉を待っていた。「ですが」から始まるその簡単で簡易的で簡潔な言葉の続きを待っていた。
 否定から始まる絶望の前提を覆す言葉を、狐の式神から待っていた。
こんなことがあるはずがない、と心は思っていたのに、冷えた理性がどこかで、これは現実なのだと告げていた。透けていたのだ。自分が。
 審神者ではない自分が、審神者の自分を乗っ取ろうとしていたことの証明だった。

「そうしなければ審神者様は、存在できなくなりますので」

 求めていた言葉ではない言葉を、こんのすけは吐いた。否定から始まる新しい選択肢を期待していたのに。
ですが、方法はあります。そんな言葉を期待していたのに。
黙って俯いた審神者にこんのすけは僅かな沈黙の後、その選択肢を提示した。
 追って手順は説明します。
 それとも、審神者様は消滅する方を選びますか。
 事務的なこんのすけの言葉は、まるで機械のようだった。イエスかノーか。
 それだけを求めていた。

「少し、時間をください」

 絞り出せた言葉は、それだけだった。





 審神者様が消える未来が正史になってしまえば、修正することは叶わなくなります。時間の問題です。
 今はまだ枝葉の未来が、これ以上の影響力を持ったら正史になる。そうすれば、自分は消える。審神者ではない自分が息をしだす。
 降り立った現代は、酷く懐かしい。時の政府は未来に存在するが、審神者は様々な時代から呼び出される。だからこそ、住宅街に降り立った時に、自分は帰ってきた、という認識が強かった。

 本丸は休暇にした。今日は出かけてきます、と告げて外に出た。
 彼らは伴を、と言ったが首を振った。自分殺しに彼らを巻き込むためにはいかない。
 夕暮れに染まる夏の住宅街は、蝉の声が響く。
 本丸は夏の終わりだったのに、この世界はまだ夏の途中だ。
 歩きなれた住宅街を歩く。見慣れた家が変わっていて、時折困惑した。
 改築したのか、それとも枝葉の世界線では自分の知る人間が生きていないのかもしれない。

 背負ったリュックサックには色々なものが入っていて重たかった。
 これから、することの重みだった。ガチャガチャと鳴る音に、涙が出そうだった。
 でも、どうすればいいかわからなかった。ただ、明確な実行しなければいけないことはわかっていて、それは。
 それは、「自分を殺すこと」だった。

『審神者様が殺すことが一番世界を誤認しやすくなります。審神者様がもう一人その世界にいるということで世界はそちらの審神者様を優先しますので、審神者様が審神者をやっている世界線が正しいと世界に認識させることが出来ます』

 あの問答はわかりきったことで、こんのすけは審神者が何と答えるのか理解していたようだった。審神者は結局こんのすけの提案を頷いた。自分で自分を殺すという選択肢を選んだ。自分の本丸が大事だとそう告げたがそれよりも恐怖があった。自分が消える恐怖だ。こんのすけと話してから、日付が経てば経つほど恐怖は色濃く鮮明になる。
 そしてある日、体がまた透けた時に、無理だと思った。
 殺さなきゃ、自分を殺さなきゃ、とも。

 見慣れた家。見慣れた表札。
 こんのすけから事前に聞いていた通りだった。

『ご自宅の鍵はお持ちですか? ええ、そう。審神者様が住んでいた家のです。審神者様はそこにいますよ。その日は審神者様を残して御家族は一泊二日の旅行に行かれていますので、見られる心配もありません』

 失敗したら、と零すとこんのすけは首を振った。

『正史ではないので、何度でも修正が利きます。それにまだ審神者様のいる世界線の方が正史ですので、その世界線を修正してしまえば、どうなろうと審神者様のいる世界線の方へと修正力が働きますよ。審神者様は存在できます』

 いないでくれと思った。
 鍵を差し込む。音が立たないように開ける。
 歩き慣れた場所を歩く。つやつやとした廊下を軋みを上げないように、足裏を滑らせるように歩いた。
 いないでくれと思った。
 無慈悲な管狐の言葉は、正しいことを知っている。かの式神の後ろにいる政府の、大きさを知っている。審神者であれば、その事実の正しさを理解している。
 こんのすけがいるといえば、いるのだ。
 いないでくれ、と思った。殺しに来てるのに、いないでくれ、と思い続けていた。

 リビングを開ける。いない。
 どっと汗をかいた。自分の息が荒いことに遅れて気付く。
 直後、リビングの真上で、ごとんッ、と激しい何かを落とした音がした。肩が跳ねる。
 心臓がうるさい。頭の中に鼓動が住んでいるようだった。
 上。上は、自室だ。自分の部屋だ。
 天井を見上げて、脱力する。何も変哲のない天井だけれど、その天井を超えた先に、自分がいる。肩から力が抜けた。

 リュックを下した。取り出したのは果物ナイフだった。
 通販で取り寄せたいたって普通の果物ナイフ。
 階段を上がる。不自然なまでに息が上がった。
 自分の部屋の前で深呼吸する。下したリュックを脇に置いた。手にしっかりと握った果物ナイフは、汗で握りにくい。ドアノブを握った。ゆっくりと開ける。

「え?」

 寝台の上で寝転がっていた自分が、自分を見た。
 制服のまま寝転がっていて、ああ、確かにこの自分は自分なのだろうけれど、自分ではないのだな、と思った。学生服を着たまま寝転がることは、自分じゃしない。
 理解できない何かを見てしまったように、「自分」の頬が痙攣する。視線があちこちに飛びながら彷徨った。

 今沢山のことを考えているのだろうと思った。「自分」はこの瞬間にも数多くのことを考えている。何が起こっているか、何がどうなっているのか。寝台の上でだらしなく休みを貪っていただけなのに、今から殺されることなんて思ってもいなかったに違いない。
 顔を、服を、外見から必死に何かしらの情報を探ろうとしていた「自分」の瞳が、鈍い色を放つ果物ナイフに吸い寄せられるように向かう。
 同時に後ろ手できっちりドアを閉めた乾いたぱたんという音が、引き金だった。
 弾かれるようにして寝台の上にいた「自分」が身を起こす。視線が審神者を通り越して、その後ろにあるドアへと向かう。
 「自分」も自分も必死だった。

 同一人物のそれは、鮮やかな生死の応酬とは言い難かった。醜く掴みあって、どちらかが、いいや、どちらも叫んでいた。そして。
 刃が人の肌に食い込んでいく感触を知った。思った以上に固くて、ぐッ、と腕を突っ張った。そしたら、弾けた。
 人の首が半分弾けて、間欠泉のように血が噴き出た。それは恐ろしい速度で噴きあがり、散って、部屋の半分を赤く染め上げた。

 こちらの手首が痛くなる程強く掴んでいた手から力が抜けて、ぐしゃりと崩れ落ちる。その体勢は絶対に苦しいはずなのに、体を直すことなく崩れ落ちたまま、伽藍洞になった瞳が先程まで自分が寝転がっていた寝台を、地面に転がったまま見ていた。
 吹きあがっていた血が徐々に力を失って、ただ流れるだけになる。
 今まで自分を突き動かしてきた何かが急速に体から出ていった。

 呆然とそれを見た。
 大の字に転がった自分の死体だ。首を掻っ切られて、醜く死んだ自分自身。
 あり得べからざる自分の可能性を、今一つこの手で摘み取った。
 花を手折るよりも物騒で、残酷な方法で。

 殺した後にも思う。こんな方法しかなかったのか。
 項垂れる。何をすればいいのだろう。
 人を始めて殺した手は震え、何も出来そうにもなかった。
 それでも何かをしなければならなかった。
 このまま血塗れで帰るわけにもいかない。どうすればいいのだろう。
 どうすれば。
 部屋の惨状に目を向けて、途方に暮れる。
 濡れた寝台、床、勉強机。そして本棚。
 噴き出た血が、本棚に走っている。

 びっしゃりと濡れた背表紙で、題名が幾つも潰れていた。顔も知らない作者が考えたかもしれない、作品を手に取ってもらう表題が、全部真っ赤な血で潰れていた。
 自分が読んでいたのか、それとも家族が読んだのが本題に入っていたのかわからない。
 だけれど、血飛沫のかかっていない生き延びた本の題名に目が向いた。

 『たったひとつの冴えたやりかた』

 ジェイムズ・ティプトリー・Jr.の短編SF小説のタイトルだった。
 その文字列を認識したときに、体から力が抜けた。
 間違ってる。こんなやり方は、絶対に間違っている。間違っているけれど、何が正しいのかわからなかった。どうしていいかわからなかった。
 手に持った果物ナイフをきつく握り締める。
 頼るものがこれしかなかった。手から力が抜けなくて、縋るように両手で握り締める。

 震える切っ先。濡れた刃。それを審神者は知っていた。
 いつも見ていた。息が落ち着いていく。
 知っている。この赤さを。呼吸が静まっていく。
 自分は知っていた。
 彼らが纏う赤だ。彼らが行う赤だ。ふ、と息を吐いた。
 生かされていた。今、自分が行い慣れた出来事に、生かされている。
 それでも苦しくて手放せなかった。
 手放せなかったまま、硬く握り締めた指の強さだけを頼りに。
 倒れて首から血を吐く自分を見つめて。

 軋む、足音を聞いた。
 ギ、と歪な音を立てて明確にこちらに向かう音を聞いた。
 涙が出そうだった。人。人が来る。
 それでも体が強張ったまま動かなかった。振りぬいて、殺すしかない。
 だってこれを見たら。これを見られたら。
 それでも動かなかった。瞬きもせずにどこかを向いた虚ろな眼球を、醜い死に様を晒す自分を見ていた。

「これは驚いた」

 肩が揺れる。驚いたという言葉に反して、それはさほど驚いた様子ではなかった。
 まるで開いたドアの向こうで何が起こったのか、わかり切っていた声音だった。実際分かっていたのだと思う。彼らの五感は酷く鋭い。血の匂いなんてわかっていただろうし、何より彼らは足音を立てないで歩く。それなのに本丸に足音が響くのは、いつだって審神者の為だった。

 ドアを開けたまま、普通の住宅にいるには似つかわしくないぐらい綺麗な男が、ドアノブに片手を置いたまま首を傾ける。
 自分がどういう顔をしているかわからなかったが、何故かここにいた白い神は、こちらの顔を見てにっこりと笑った。だらしない死に様を晒している自分を視線だけで一瞥し、彼はふむ、と頷いた。

 いつも本丸で見る服ではなく、ラフな白いシャツとジーパンを身に纏った彼は躊躇うことなく血に塗れた部屋に入ってくる。
 死体から数歩離れた所に立っていた自分の背後に立って、握り締めたままの果物ナイフを持つ手の甲を、白く温い指先が這う。
 こちらの肩口から覗き込む、人外染みた金色の瞳が一度だけ瞬きした。
 長い睫毛の下の冴え冴えとした澄んだ瞳が、ゆっくりと弧を描く。どんな顔をしているか、自分でも定かではないが、審神者の瞳の中に望んだものを見つけ出したようだった。

「きみ、何も心配することはないぜ」

 内緒話でもするように、血で濡れた手の甲から血をこそげ落とすように指の腹がこちらの手の甲を撫でていく。数回往復した指先がぱっと離れて、こちらの正面に体ごと回り込む。
 自分の視界に映っていた自分の死体が、消える。綺麗な神の怜悧な顔が、醜い死体の代わりに入ってくる。

 夕暮れの橙色と、鮮やかな赤に囲まれた世界で、その白さは異質だった。鋏で切り取り、糊で貼り付けたように、彼の存在だけ世界から浮いていた。
 どこからか聞こえる大量の蝉の合唱が、この小さな世界を彩っていた。

「きみに使われるなんてなぁ。本当に、うらやましいよ」

 こつ、と額がぶつかる。白い綺麗な髪が、審神者の凡庸な色の髪と混ざり合う。前髪が混ざり合って、高い鼻梁がこちらの鼻に触れた。
 世界から隔絶されたような男に、体温があったことをそれでようやく思い出す。生きているのか不安なほどに、彼の存在は世界から浮いている。

 握りしめたままだった果物ナイフを握った手を、そのまま両手でそっと握られる。開けなくぐらい無意識に力強く握り締めた拳を熱で解くように、掌の付け根を使って開かれる。力の抜けた手から転がり落ちた血に塗れた刃に彼は目を向けることなく、こちらを見て笑っていた。

「これからどうするんだい?」
「どうしたらいいか、わからない……」
「捨てに行くのかい?」
「わか、わからない……」
「じゃあ、捨てに行こう。埋めようか」

 まるで決定事項のように微笑んだ。何故だか、彼は楽しそうだった。
 ずっと審神者の視界の真ん中に立っていた。

「車」

 唇が触れ合うような近さで、蕩けるような美しさで鶴丸国永が微笑んだ。

「車、あるぜ。外に」