鶴丸の付けたラジオから流れている国道の渋滞情報がぼんやりと意識の隅に染みわたる。
人間的感情を排したアナウンスが、機械的に渋滞情報を伝え続けていた。
家にある車を勝手に使って、そして運転免許を持っているのかわからない鶴丸が運転した。彼は何故だか終始楽しそうで、窓枠に手をついて目を覆い続けている#審神者#に視線を寄越すことなく、手慣れた様子で都市部から離れた場所に#審神者#と、死体を運んだ。
家にあったブルーシートに人の体を転がして、トランクに入れる姿。
きみの服酷いから拝借してしまおうぜ、と血塗れのタンスから勝手に服を漁って、これなんて似合いそうだ、と笑いながら#審神者#に服を着替えさせる姿。手も洗うんだぜ、と諭して内装の全く変わらない家の洗面所で#審神者#は手を洗った。
リュックサックに詰め込んできたものを勝手に物色し、色々と足りないなぁと呟いて家の物置からシャベルを取り出す姿。
ずっと楽しそうだった。
パーキングエリアに寄って楽しそうに物を買ってきて#審神者#に渡す。食べる元気がない#審神者#に栄養ドリンクを渡して、その横でパーキングエリアで買った特産品を頬張っていた。
そんなこんなで二時間ほどかけて、よくわからない森の入り口に車を止めた鶴丸が「さて」と告げる。
びくりと肩を震わせた#審神者#に、彼は両手でハンドルを握り締めたまま笑いかけた。
「きみ、肉体労働だ」
本当に楽しそうだった。
獣が掘り返したり、雨によって土が削れたら駄目なんだ。だから深さは二メートル以上。
そう言って二人で森の奥深くまでブルーシートに包まれた死体と、その他諸々を持って深夜のハイキングをした。
ここら辺にしようと鶴丸がシャベルを差しながら指を差す。
土を掘りだしたときに、本丸を思い出した。畑当番で畑を耕したことを思い出したのだ。様々な刀が手伝って畑を耕した。
自分はそれ以外で土を掘るなんて経験が起きると思わなかった。
ましてやそれが、人の死体を埋めるための、誰が管理しているかわからない鬱蒼とした森の中で、「自分」の墓を作るためなんて。
気づいたら泣いていて、ぐずぐずと泣きながらシャベルで土を掘る#審神者#に、彼はずっとにこにこしていた。楽しそうに笑っていた。
何十分も土を掘って、鶴丸の掘った穴の深さに追いつこうと必死になって、結局手伝ってもらって二人で穴を掘った。
投げ込んだ自分の死体の目は閉じられて、だらしなく両手を広げていた。寝ているようだった。だけれどぱっくり裂けた首の傷だけが、夜闇でも色鮮やかにその体の内側の色を教えてくれていた。
その上から躊躇なく鶴丸と#審神者#は土をかけていく。
「ここに眠るきみはいつか暴かれるのかい? それとも一生出てこないのかい?」
土をかけて埋めていく鶴丸は、顎から滴り落ちた汗を腕で拭いながら#審神者#に聞いた。
言葉遊びの様だったが、その奥底に眠る本質を#審神者#は疲れていて考えたくなかった。手を止めた鶴丸の代わりに山になった土をシャベルで掬って放るようにかける。
蒸すような熱気も変わらずに、森の奥に漂っている。
「鶴丸か、私が、暴こうとしなければ、一生出てこないと思うよ」
出てこない。この世界線はいつか吸収され合併される。この世界が、消え失せる。
ここに死体を埋めたのを知っているのは鶴丸と自分だけだ。
「だから、二人だけしか知らない」
#審神者#ではない世界で生きた自分を思う。楽しい学生生活を送ったのだろうか。でも最後には自分に殺されてしまった。
そうしないと自分が生きられないから。
「鶴丸と、私だけの秘密」
伴もつけずに現代に向かった#審神者#に対して、本丸にいる刀たちは困った。だからこそ、鶴丸がやってきた。彼は#審神者#の後を追って家に入ってきて、彼はそこで私が隠そうとした秘密を知った。自分が自分の為に行った罪を、彼は笑って容易く受け止めた。
本当に偶然だった。だけれど、鶴丸ではなかったら、今ここで、この場所で、自分は。私は。
私は、私の墓を掘ってなんていない。
埋め終わって、二人で上からシャベルで硬く地面を固める。
通ってきた道を戻る際中、空をたまたま見上げると星がきれいだった。
美しく輝くそれに吸い込まれるように見上げる。
「星が綺麗だなぁ」
呆然としたように星を見上げた#審神者#を引き戻すような声に、目を向ける。
目の前を歩く鶴丸の言葉に#審神者#は答えずにいても、彼は気にする素振りも見せなかった。酸素、二酸化炭素、それを含んだ空気を、咀嚼するように息をした。
先程よりもずっと息がしやすかった。
「まぁでも本丸の方が綺麗か!」
自己完結したらしい彼は楽しそうに笑う。きみもそう思うだろうだろうと肩越しに振り返って、夜の明かりのない世界でも綺麗に輝く琥珀を細めて見せる。
月の光を写し取ったように透き通る、金色の瞳が此方を捉えるように見据えていた。
土のついたシャベルを担いで、土埃と血で汚れ、肉体労働でよれたシャツを身に纏った男だったが、それでも生来の美しさに拍車をかけていた。
立ち止まって、彼は先程からずっと空きっぱなしだった二歩分の距離を一歩で縮めながら、俯いたままの自分の旋毛から直接脳内に吹き込むように囁いた。
「なぁ、きみ」
体をかすかに傾けると、肩口からさらりと細い絹色のような白い髪が零れ落ちる。
「きみ、これは二人だけの秘密にしよう。俺たち、二人だけの」
端正な白いかんばせの中にあるふたつきりの宝石は、星に負けぬ程美しく煌めく。その輝きが#審神者#を捕まえて、目を離すことを許さなかった。
「俺はこの秘密を君以外の前では黙っていよう。どんなことがあっても誰にも告げない。いいかい?」
頷いた。それに鶴丸は口角を緩く持ち上げる。
「きみと俺の秘密は、『きみ』が保証してくれる。あの土の中で眠ったあの子が」
頷いた。鶴丸は更に笑みを深めた。どうしていいかわからくなって、空を見上げようとした。昨日までと変わらない何か。
ここにあるのは全て変わってしまっていた。
空に浮かぶ不変の輝きを探した。
だけれどそれさえも遮るように、鶴丸がシャベルを握っていない片手を掴んだ。迷子のようだった。
自分は歩き方もわからなくなってしまったような気分になって、縋るように鶴丸が繋いだ手に視線を落とす。その握る力をかすかに強めれば、同じように小さく強くなった。
視線の先で首を傾けた鶴丸が、何かに気付いたように目を瞬かせる。そして、一気に破顔した。
繋がれた手が引かれて、抱き締められる。
土と埃と血の匂いがした。
ぎゅうぎゅうと抱き締められて、細いそれでいてしなやかな体の奥に眠る鼓動の音を聞く。
「きみ、酷い匂いだ。きみから血の匂いがする」
ふふ、と笑う声が頭上から降ってくる。旋毛に柔らかな感触が当たる。頬ずりされて、温い体温に包まれる。腰から力が抜けてしゃがみこむと、鶴丸は#審神者#を抱え込んだまま同じようにしゃがんだ。
「鉄の匂いだ。なぁ、きみ。これは俺たちだけの匂いなんだぜ」
首筋に額が当たった。擦りつけられる。首元から小さな笑い声も聞こえた。
夏の日の夜だった。真夜中の空で星が点滅する。星明かりが自分達を切り取る。誰もいない真夜中の路で、この世界に二人きりしかないないみたいに抱き締められる。小さくなってどうしていいかわからない「私」を、鶴丸が抱き締める。
「人を、何かを殺したときの匂いだ」
体が震えた。咄嗟に抱き締める体の、シャツを掴む。縋るように掴んだそれに、鶴丸は密やかに笑っていた。二人だけの秘密、と先程囁いた唇がまた次なる言葉を囁いた。
「きみが、それをこんなに強く纏うなんてなぁ」
抱き締めて、笑われる。瞼を伏せる。
暗い森の中でも、鶴丸は綺麗だった。光が強ければ強いほど、影は濃くなる。#審神者#の影が、鶴丸を縁取る。
握られっぱなしの手の指先が、絡まった。
先程と変わらない場所に停まっていた車のトランクを開けて、シャベルを投げ込んだ。
トランクを閉めた時、車の向こうで星が美しく輝いていた。
振り返る。黒い森。暗いそこ。
二度と踏み入ることもない、名前もわからない土地の森。
そこで眠る自分を思う。私たちの傍で眠る、もう一人の私。
鶴丸と埋めた、秘密のひとかけら。
私は、この日を幾度となく思い出すだろうと、そう思った。