紡ぐ為に絶つ糸よ

「縁を切ろう」

 そう言った兄に、千代子は耳を疑った。

 縁を切る? 本当にそう言ったのだろうか。あの兄が?

「俺は鬼殺隊と呼ばれる組織に入る。この組織は鬼狩りを生業としていて、政府非公認だ」
「鬼? 鬼ってなに? 昔、おじいちゃんが話してた鬼のこと? え、え、お兄ちゃん、信じてなかったじゃない?」

 兄の言っていることの半分も理解できていない自覚があった。それだけ唐突で、突飛な内容だ。
 ふざけている様子など一切なく、背筋をピンと伸ばして正座をする兄は真剣そのものだ。母にも妹にも声をかけないで、自分にだけ声をかけたのにも理由があるのだろうと千代子は思うが、その理由が鬼殺隊とやらなのか。

「父さんが惨殺されたのは、人の仕業じゃないそうだ。鬼は実在する。爺ちゃんがくれた藤の匂い袋……藤は鬼の弱点なんだと。鬼避けっていうのは本当だったみたいだ」
「ど、どうしてそんなこと、知ってるの? 急に話すの?」
「甘田さんに聞いた。明日から俺は甘田さんに師事する。鬼殺の術を学ぶ。俺が正式に鬼殺隊士として認められるまでは、有難い話だが甘田さんが資金援助してくださる」

 生活に困ることはないから安心しろと言いたいのだろう。だが千代子が聞きたいのはそんなことではない。甘田というのは、あの近所に住むご老人で合っているのか。その人から人喰い鬼? や、鬼殺隊? の話を聞いて、信じているのか。

「お前たちに不自由はさせない。母さんにも。千代子もゆかりも、必ず女学校に通わせる」
「ま、待ってよ。お兄ちゃんは、どうなるの? お、鬼が、本当に……いるんだったら、お父さんみたいに、殺されちゃったら……わ、私たち……」
「ああ。その為に縁を切るんだ。千代子とゆかりは横浜に行け。都会の方が縁談は多いだろう」

 嫌だ! そう叫び出したくなるのを、千代子は必死で堪えた。ちゃんと最後まで話を聞いて、その後、こちらの意見を伝えなければ。

「兄が政府非公認の、言ってしまえばよく分からない組織に属しているなんて、外聞が悪いだろう。良家に嫁ぐにも、俺の存在が邪魔になりかねない。お前たちは、帝國大学の内空閑教授の娘として、嫁ぐんだ。爺ちゃんには俺から話を付けておく」
「そ、そんな……鬼殺隊に、入らなければ……」
「生きていく為には金がいる。良い生活をしたいなら尚の事。……鬼殺隊は危険が伴う分、給料も良いそうだ。俺は長男だからな、お前たちを養うのは当然だ」

 兄の、長男だからという言い分は分かる。分かるけれど、家族なんだから、兄ばかり負担を背負う必要はないはずだ。良い暮らしを出来なくてもいいから、貧しくったっていいから、良家に嫁ぐことができなくったっていいから。
 千代子は下唇を噛み締め、溢れそうになる涙をどうにか押しとどめる。晄夏はそんな千代子の顔を見ると、眉を下げて優し気に微笑んだ。

「ごめんな、辛い事を言っているのは分かるよ。でも俺は、千代子やゆかりには幸せになって欲しい。母さんの事は任せてくれ。離れるのは寂しいだろうが……」

 兄が、自分たちを思っての決断なのだと、兄妹であるからか痛い程伝わってくる。ついに涙は溢れ出して、袖で何度も拭うが、後から後から溢れ出してくる。

「千代子のことを誰より大切にしてくれる、そして何より、千代子自身が添い遂げたいと思うような、そんな人間と結ばれてくれ。俺はお前たちの未来を守るから」

 鬼殺隊に入ると兄は言った。入れるかどうか、これから修行を始めるのだとも。
 もし、兄が鬼殺隊に入れなければどうだろう。千代子は考える。父の伝手でどこかへ奉公に行くだろうか。そうすれば、縁を切るなんてことはないだろうか。兄が、鬼殺隊にさえ入らなければ。

 ──そんな希望は抱くだけ無駄なのだろう。兄は必ず鬼殺隊に入って、自分たちを養ってくれる。鬼殺隊なんて訳の分からない組織に入らないでいて欲しいのに、兄が言った通りになる未来だけが簡単に想像できた。人喰い鬼なんて恐ろしい存在に立ち向かい、自分たちを守り、幸せを願ってくれる、兄の背中。

「おにいちゃん……」

 たくさん文句を言って、たくさん抗議しようと思っていたのに、千代子はそれ以上何も言えなかった。