違う道を理想とし

 桜が咲く頃には、晄夏は再び自分の足で歩けるようになっていた。傷跡は残っているが、服を着てしまえば見えることはない。庭の桜は見事満開の花を咲かせてみせ、今度はカナエやしのぶを呼んでお花見を楽しむことができた。
 晄夏は、「好きだよ」と。ひと言だけ、カナエに自分の想いを吐露した。応えてくれなくてもいい、ただ伝えたかったのだと。

 そうしてまた夏が来て、秋が来て、冬が来て。巡る季節を幾度か繰り返していた、ある日のことだった。


 ──父が亡くなった。

 出張先で時代錯誤の辻斬りにでも襲われたのだろう、とは、その事実を伝えに来た警官の談だ。遺体を見る事は母から止められたが、母の様子を窺うに、酷い有様だったというのは想像できた。
 もう父に会うことができない。辛く、悲しく、寂しい。思い出す度に泣きだしそうになるが、晄夏は男だからと自分を奮い立たせた。もうこの家の男手は自分だけ。長男である自分が一番しっかりしなければならない。妹たちはもちろん、母のことだって支えなければならないと。大切な家族だから。それが長男として生まれた自分の務めだから。

 家と、幾分かの家具や書籍などを売り払って、晄夏たちは一時的に母の実家に移った。仲の良い友達や、カナエとも、手紙を送ることを約束した。

 父は稼ぎが多かったので、その分貯蓄はあった。しばらくは問題ないだろうが、今までと同じ生活は出来ないし、お金を稼がなければ生きていくことができない。妹をちゃんと女学校に通わせてやりたいし、母にも苦労をかけたくはない。実家に戻ってからというもの、母は父を亡くしたショックからか何をするにも無気力で、まともな食事も摂らないのでどんどん痩せ細っていった。

 自分がお金を稼ぐしかない。だがどうすれば。晄夏が頭を悩ませていた時に声をかけてきたのが、甘田かんだ幕三まくぞうという老人だった。


 甘田は、晄夏にとって母方の祖父と仲の良い近所の老人、という印象だったのだが、ある日真剣な面持ちで「鬼狩りになる気はあるか」と問うてきたのだ。

「鬼狩り?」
「そうだ。聞いたことはないか? 人喰い鬼の話を」

 父方の祖父が人喰い鬼避けだと言いながら、匂い袋をくれたことを思い出す。だがあれは祖父が自分達をからかっているだけだ。そう思っていたのだが、甘田は至極真剣な様子で、まるで嘘を吐いているようには見えなかった。

「信じられぬのも無理はない。だが、人喰い鬼は実在する。そして鬼を狩る組織がある。それが鬼殺隊」

 甘田は言う。鬼殺隊は公的に認められた組織ではなく、人喰い鬼を相手にしているため非常に危険である。鬼殺には常に命の危険が伴うが、その代わり下手に奉公に出るよりも余程稼ぐことができる、と。

「儂は元鬼殺隊で、今は育手という立場にいる。お前に声をかけたのはお前の祖父から少しばかり話を聞いたのと……才能があると、そう思ったからだ」

 だがな、と甘田は念を押す。

「鬼殺の道は険しい。地獄の様な修行に耐え抜き、剣士となっても、待っているのは茨の道だ。本当に危険だし、隊士のほとんどが二十を迎える前に死んでいく。それでも、」
「家族を養うことはできますか」

 晄夏は甘田の言葉を遮って問う。
 家族が不自由なく、幸せに暮らせる未来を思い描く。たとえそこに自分がいなくても。──きっと、とても悲しむだろうが、その悲しみを乗り越えて、生きていって欲しい。

「……お前の頑張り次第だが、できるだろう。刀を振るえるようになるまでは儂が援助をする」
「でしたらどうか、俺に鬼殺の術を教えてください。……正直、鬼とか全く信じられないけど、甘田さんが嘘を吐いているようには見えないので、信じます」

 深々と頭を下げる晄夏に、甘田は(これでよかったのか)と一抹の不安を覚える。だが鬼殺隊時代に彼が培った観察眼が、晄夏には才能があると訴えていたし、ひと通り話を聞いても、晄夏は鬼殺の道を選んだ。であれば、甘田に出来ることは晄夏が誰よりも強い剣士になるよう育てることだ。

「もっと詳しく鬼殺のことを教えてくれますか? 家族に伝えるのは、それからにします」
「ああ、構わんぞ」

 甘田は晄夏に問われたことに対し、ひとつひとつ答えていく。
 質疑応答をしている最中にも、随分と晄夏は考え込んでいた。まだ出会って間もない甘田には、晄夏が何を考えているのかは分からない。

 そして、翌日。