くずるる花に先を夢む
──どこまでも暗い場所だ。ここが地獄というやつか。
晄夏は辺りを見渡した。自分以外誰もいない、そう思っていた時、肩を叩かれる。
「晄夏」
「晄夏、よくがんばったねぇ」
父と母の姿があった。晄夏は泣き出しそうになるのを堪えながら、「そうかなぁ……?」と呟く。
「ごめんね、大変な時に傍にいてあげられなくて」
「ちゃんと見守っていたよ。偉いな、お前は自慢の息子だよ」
父の大きな手が晄夏の頭に乗せられる。ああ、一体何年振りだろう。
父と母の顔はどこまでも穏やかだった。
両親に背を押され、晄夏が一歩踏み出すと、目の前に人が現れた。両親の姿は消えている。
「カナエ……」
晄夏が名前を呼ぶと、カナエはゆっくりと振り返った。ふらふらと歩み寄り、「おれ、」と口にした瞬間、頬を叩かれる。
「ひどいわ」
カナエに叩かれたことなど一度も無かった。もう痛みなんて感じないはずなのに、頬がじんじんと熱い。
「行かないでと言ったのに。私はあの時、貴方に傍にいてほしかったのよ」
童磨と戦っていたカナエの下へ駆けつけた時だ。晄夏はただ一つ頷く。
「しのぶを、私の大切な妹を、殺そうとした。よくもそんなことを」
空虚な自分の心を、しのぶを喰うことで埋められると思い込んでいた。愚かな自分だ。晄夏はまた頷く。
不意にカナエに抱き寄せられる。背中に回される手はどこまでもやさしい。
「よかった。貴方が戻ってきてくれて」
「……カナエ、」
「思い出してくれて、ありがとう。妹たちを守ってくれて、助けてくれて、ありがとう」
晄夏はカナエに縋りつくようにして泣いた。謝らなければならないことはたくさんある。けれど上手く言葉にできない晄夏の代わりとでも言うように、カナエは言った。
「晄夏君がいてくれて良かった。本当に、本当に良かった」
それは俺の台詞だ。俺の方こそ、カナエがいてくれて良かった。
晄夏は何度も何度も、心の中で告げた。ありがとう、ありがとう。
やがて少し落ち着きを取り戻すと、晄夏は身体を離し、真っ直ぐにカナエの目を見つめる。
「カナエ。俺はたくさん人を殺した。身勝手な思い込みで人を喰い続けた。──地獄で罪を償う必要がある」
「だから、どうか待っていて欲しい」
「女を待たせるのは、男としてどうかと思う。だけど! だけど俺は、カナエの傍にいたい。どうしても」
「罪を償って、生まれ変わった暁には。必ず迎えに行く」
確かな決意を心に、晄夏はカナエに伝える。
カナエは静かに頷いた。
「うん、待ってる。ちゃんと待ってるわ、晄夏君のこと」
「ありがとう、カナエ」
一緒に幸せになろう。望みを深く、心に刻む。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
離れるのは名残惜しい、けれども進むべき道は正反対だと理解している。
もう一度逢える、そんな希望を胸に、晄夏は歩んだ。
────清めの炎が身を包む。