雪化粧をお前に

 鬼殺隊最高位の剣士である柱を「殺せ」と無惨は言う。童磨はこう見えて──そう他者から見られていないのだとしても──無惨に対しては真摯に仕えている。命令は素直に聞き、鬼として強くなる為の努力も怠っていない。そんな童磨であるから、柱の一人や二人、怒り狂って刃を向けてくる鳴柱程度、殺すのは造作もない事であった。
 童磨は、馬鹿で不幸で愚かな人間達──主に自身が教祖として君臨する万世極楽教の信者達を、救うという使命がある。人を助け、幸せにしてやるというのが、童磨の信条であった。

 襤褸雑巾もかくやといった様子の鳴柱。名乗っていたかすら、童磨はさしてこの人間に興味が無いので定かではなかったが、とにかく可哀想に思えて仕方がなかった。
 童磨の言い分をきちんと理解できるだけの頭がないことも。童磨の頸を斬るなどという馬鹿げた目標を、達成できると信じて戦っていたところも。身の丈に合わない力をさも努力の賜物であると言わんばかりに振るっていたところも。
 今まで雷の呼吸を扱う剣士は何人か見た事があった童磨だが、その中でもこの鳴柱の実力は抜きんでていただろうと思う。同時に、だからこそ自分は強いのだと勘違いしてしまったのだろうとも。確かに速かったし、実際童磨の頸には日輪刀が食い込んだ。ほんの一瞬ではあったけれど童磨自身、死というものを覚悟したのは認める。だが結局、この鳴柱は童磨の頸を斬る事は叶わなかった。

 可哀想に、と童磨は鳴柱を憐れんだ。
 あまりにも可哀想であったので、救ってやらなければと、童磨は手を差し伸べた。「柱は殺せ」という命令を忘れた訳ではないが、その時ばかりは無惨の命令よりも己が使命を優先したのだ。

 無惨は柱に血を与える事に反対はしなかった。ただ童磨の為す事に興味が無かっただけかもしれないし、今さら柱如きが鬼になったところでと見切りをつけていたからかもしれない。酷く関心が薄かったのは確かだ。

 鬼となり、童磨と同じ立場になってようやく、この鳴柱は如何に自分が愚かであったかを理解できるだろうと童磨は考えていた。ついでに頑強な肉体も手に入る。恐らくは鳴柱がずっと求め続けていたものだ。己が命を刈り取らんとしていた人間に対し、なんて自分は優しいのだろうと童磨は思った。

 ただ、童磨にもいくつかの誤算があったとするならば、それは鳴柱が頑なに人間を喰らう事を拒んだことだ。これに関しては、童磨が手ずから人間の血肉をちぎって口の中へ入れてやることで解決した。鳴柱へ血を分け与えてすぐ、無限城から万世極楽教の寺院へ鳴柱共々放り出された童磨。せっかく助けてやるんだからと、太陽の光に当たって死なないように窓の無いひと部屋を与え、自発的に出て行かない限りは飼うことにし、度々様子を見に行っていた。一週間近く飢餓に耐えた精神力にはさすがに舌を巻くが、童磨から言わせれば馬鹿の所業でしかない。馬鹿だなあ、と笑って給餌をした。
 極楽教に何人かいる子どもが、鳥のヒナや赤ん坊にこぞって給餌をしたがる気持ちは、生憎童磨には分からなかった。

 もう一つ誤算だったのは、童磨は鬼の中でも比較的稀有な存在であるというのを、うっかり失念していた事だ。鳴柱は鬼に転じると同時に、人間であった頃の記憶をすっかり忘れてしまったのだ。童磨の様に脳みそをかき回し、海馬を刺激したところで己の名前すらも思い出せない。童磨は反省した。自分が特別であったにも関わらず、鳴柱にも記憶という一点においては大凡同じものを求めてしまっていたのだ。生きながらにあれだけの愚行を重ねていた人間が、童磨と同じ様になれるはずもないのに。
 “呼吸”を扱うから、柱だったから、などというのは言い訳だ。童磨は誠心誠意、きちんと謝罪の言葉を述べた上で、名も無い鬼に「春黎」という名を与えてやった。


「それらしい格好をした方がいいな。ここに来る信者達はみな馬鹿だから、春黎を鬼だなんて思わなくなるよ」

 窓のない部屋で一日の大半を過ごす春黎は、鬼の身体が睡眠を必要としないこともあり、時間の感覚が曖昧だった。ふと、記憶と共に失われなかったらしい生来の性を思い出したかのように、基本的に人好きである春黎は極楽教信者の前に姿を見せることがある。人間であった時と比べて容姿が幾分か人のそれから離れている春黎に対し、化け物とまでは口にしないまでも、恐れを抱いている信者も少なくはない。童磨が変わらず接する事で与えられる安心感にも、限度というものがある。

 童磨の言葉に春黎は片眉を上げて怪訝そうな表情をする。

「それらしい格好? ……信者が俺を恐れているのは分かる。俺が人前に出なければいいだけの話だろ」
「春黎は俺と同じで、人間が好きだものなぁ。誰とも話さず一日を終えるなんて可哀想な真似、俺がさせる訳ないだろ?」
「はあ?」

 何を言っているんだと口にはしないまでも、童磨を睨みつける視線で雄弁にそう語る春黎に構わず、童磨は顎に手を当てながら「うーん」とわざとらしく唸る。

「どうやら人間は白い物を特別視するみたいなんだ。俺への貢ぎ物にも白い物は多いし……この髪も、白橡は無垢な証、とか馬鹿馬鹿しいこと言われたなぁ。うん、だから春黎は白の着物を着るといい。俺が適当に見繕ってやるから」
「いい、必要ない」
「後は顔布でも垂らしておけば、信者達が勘違いしてくれるよ」
「おい……」

 髪と瞳の色が他人と違う。たったそれだけで童磨は特別な子であると召し上げられた。居もしない神の声が聞こえるだとかなんとか。そんな妄想にしがみつかなければ生きていけない憐れな人間達を助けてやるのが童磨の使命だが、それらしい振る舞いをすれば救われた気になってくれる信者は非常に扱いやすい。

 何を言っても無駄だと判断した春黎は、大きな溜息を零すと手元にある肉にかじりつく。鋭い牙がちょうど血の溜まっていた部分を裂いたらしく、服にいくらかの赤い沁みが出来上がった。今着ているものは暗い色なのでさほど血がついても目立たないが、白い着物となると一切の誤魔化しはきかないだろうと思う。
 服に血が付いていることを気にするのは人間だけ。人間の血肉を喰らうくせに、人間に気を遣わなければならないのか。春黎は些か面倒だと肩を落とした。



数年間放置されていた為、この先になにを書くつもりだったのか分からなくなってしまった話。供養。