第拾弐話


 隊士達に稽古をつける合間で、柱は柱同士で手合わせをする。来る戦いへ向けて連携をとりやすくする目的や、単純に剣技に磨く目的もある。順番に相手を入れ替えながら手合わせをし、晋之丞は今日、甘露寺と対峙していた。

 周囲を背の高い草が覆う窪地、人目に付きにくいその場所では剣戟が繰り広げられている。もっとも、互いに相手は人間であるので、使用しているのは木刀だ。甘露寺の持つ木刀は、その独特な呼吸に合うように調整された物だった。一本の木刀を細かく切り分け、再度紐で繋ぐことで、その不規則な太刀筋を再現できる。

 ──恋の呼吸・壱ノ型 初恋のわななき
 ──炎の呼吸・肆ノ型 盛炎のうねり

 甘露寺の柔らかく、鋭く、しなる太刀筋を受け流し、晋之丞は再度型を繰り出す。以前よりも洗練された剣技に、木刀を握りしめる手に力が入る。

 晋之丞と甘露寺の初対面は、杏寿郎が彼女の育手になるのだと晋之丞に紹介した時だ。
 きっかけさえなければ、刀を握ることなど一生なさそうな普通の女の子。あと髪がすごい派手。晋之丞は自身を棚に上げてそう思った。それが第一印象だ。

 筋肉の密度が常人の八倍という恵まれた体躯に加え、甘露寺は飲み込みも早かった。甘露寺が杏寿郎の継子であった時、何度か手合わせを行ったが、回数を重ねるごとに甘露寺は目覚ましい成長を見せる。恋の呼吸という独自の呼吸を編み出してからは、それが加速したように思う。
 甘露寺が柱になって以降はこうして手合わせをする機会もなくなっていたが、晋之丞は改めてその強さを実感する。

 しばらく打ち合っていると、晋之丞の木刀に亀裂が走り、甘露寺の木刀からは砕けた欠片がぽろぽろと散った。「……ここまでだな」晋之丞の言葉で、手合わせは終わる。

「悔しいわ! 今日こそは一本取ろうって思っていたのに、晋之丞さんったら私がいくら未熟でも油断してくれないんだもの」
「柱になるほどの実力があって、自分の呼吸も編み出してる。そんな奴を侮れる方がおかしいだろ。未熟とは程遠い」

 褒めてくれたわ! と甘露寺は胸をときめかせ、頬を染める。

「私、とっても恵まれていたのよ。煉獄さんが呼吸を教えてくれて、晋之丞さんも稽古をつけてくれて。柱二人に鍛えてもらったようなものだもの」
「……俺は平隊士だった上に、お前が思うほど優れた剣士でもないが」
「そんなことないわ!」

 晋之丞の自虐を、甘露寺は咄嗟に否定する。自分が思った以上に大きな声が出たことを少し恥ずかしく思いながらも、甘露寺はぎゅっと木刀を握りしめて、勢いそのままに口にする。

「晋之丞さんのことを優れてないとか、弱いとか……そんなことを言う人は、たとえ晋之丞さんでも私が許さないんだから!」

 思い切って言った直後、甘露寺の握力に耐えかねた木刀が悲鳴を上げる。やってしまった、と甘露寺は息を飲んだ。晋之丞に引かれてはいないだろうかと恐る恐る様子を窺うと、晋之丞は驚いてこそいるものの、引いてはいないようだった。

「ふ……ははっ、何だそりゃあ」

 笑いながら、甘露寺に歩み寄った晋之丞は砕けた木刀には目もくれず、木刀を砕いた甘露寺の手を取った。

「……木屑は刺さってないみたいだな」
「え!? あっうん! 大丈夫よ! 痛くないわ!」

 心配してくれてる! 甘露寺は胸をときめかせた。

「お前がそこまで言うとは」

 甘露寺が怪我をしていないことを確認した晋之丞は、意外そうに呟いた。

「私じゃなくてもきっと……ううん、絶対に言うわ。特に師範なんかは……」

 甘露寺にとって、その想像は決して難しいことではなかった。今にもあの大きくハキハキとした声が聞こえてきそうなほど。
 晋之丞は僅かに目を細め、いつもより和らいでいたはずの表情を硬くする。

「晋之丞さんはどう思ってるの? ……煉獄さんの仇、上弦の参について」

 鬼が何の罪もない人々を傷つけ、悲しませているのを見た。親を亡くし、子を亡くし、兄弟を亡くし、友を亡くし、恋人を亡くし──大切な人と二度と会うことができないという苦しみに喘ぐ人々を見て、甘露寺は怒りを募らせた。きっと平穏で温かな日々を送っていたはずなのに、鬼は無慈悲に、時には楽しみながらそれを奪う。許せるはずがない。
 杏寿郎は甘露寺の大切な人だ。自身が強くなれるよう導いてくれた師、他人の為に強く在れる素晴らしい人だった。訃報を聞いた時は悲しかったが、それ以上に尊敬の念が勝った。二百人、守り抜いた。杏寿郎だからこそできたのだと、甘露寺は分かっていた。

「もし、上弦の参と会ったら……私は絶対に頸を斬るわ。だって、許せないもの」
「そうか」

 晋之丞は平坦な声色で頷き、手合わせに使っていた木刀を袋へしまい、帰り支度をしながら甘露寺の問いに答える。

「俺は別に、どうとも思っちゃいない。あの日、杏寿郎は運が悪かったんだろうが、上弦の参から逃げなかったのも、相討ち覚悟で挑んだのもアイツだ。なら死んだのもアイツ自身の責任だろ」
「…………」
「まあ……鬼殺隊としては、会えばそりゃあ戦うだろうさ。だがわざわざ探したり、上弦の参の前に自ら出向いたりするつもりはない。そもそも、俺より強い杏寿郎が一対一で殺されてんだから、俺が敵う訳がねぇしな」

 多対一なら、どうか分からないが。
 晋之丞はそう付け足して甘露寺を見た。

「そう、そうだわ! 鬼殺隊は仲間だもの、みんなで戦えばきっと。……その時は、晋之丞さんも私やみんなのことを頼ってね」
「そうだな。お前と戦えるなら心強い、こうして手合わせをするとよく思うよ」

 また褒められちゃったわ! 甘露寺は胸をときめかせた。

 晋之丞は、まさか甘露寺からあんなことを問われるとは、と内心驚いていた。今こうしている間にも戦いは近づいている、その事実が感傷的にさせ、あの問いを引き出したのだろうか。
 甘露寺は鬼を仇敵として鬼殺隊に入隊した訳ではない。なので、他の隊士よりも幾分か、鬼に向ける感情は淡いものだと思っていたが、それは誤りだったと晋之丞は認識を改める。甘露寺の他者へ同情する心と正義感があれば、鬼を斬り、柱へ至るのには十分だったのだ。

「悪いな、甘露寺……」
「え? 何? 何が?」
「いつも楽観的だからつい……」
「何の話? え? どうしよう、分からないわ?」

 戸惑う甘露寺は何度も晋之丞に何の話か問うが、晋之丞は謝罪以降すっかり口を閉ざしてしまう。終いには、「早く屋敷に戻って隊士をしごかないと」と早口に言うと、さっさと早足でその場を後にしてしまった。

「待って待って! 晋之丞さん! ……もう! 全然待ってくれないわ! 次会ったら教えてねー!!」

 さっさかさっさか歩いていく晋之丞の背に声をかける。甘露寺が改めて「もう!」と息をつき、自身の屋敷に戻ろうと背を向けたとき、晋之丞は一瞬振り向いていたが、甘露寺は気づかなかった。

想いの形を刃と変じ

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