第拾壱話
突然の謝罪に炭治郎が首を傾げていると、晋之丞は「実家でのことだ」と言う。
「言い訳にしかならないが……気が立っていたんだ。家族が嫌いな訳じゃないが、あそこにいるとどうもな……」
「嫌な思い出があるんですか……?」
「……別に」
右下に視線を泳がせ、晋之丞は小さく頭を振る。
「千寿郎の様子はどうだった?」
「少し寂しそうにしてましたけど、帰り際に“晋之丞さんが悪い人であった時はないから、何か理由があるはず”……と」
「……そうか」
「晋之丞さん。あの日、どうしてあんなことを言ったんですか?」
炭治郎はきっちり姿勢を正し、真っ直ぐ晋之丞を見つめる。その目には“何が何でも理由を聞く”という強い意志が感じられた。大方千寿郎にもそう約束しているのだろうと予想し、晋之丞は諦めたようにため息をついた。
「俺はお前ら三人がすぐに死ぬと思っていた」
三人。炭治郎は自分と善逸と伊之助だとすぐに思い当たる。
「階級は癸。お前らが柱になるまでの間に、杏寿郎なら何体の鬼を斬れると思う? そもそも、柱になる可能性よりも死ぬ可能性の方が高い。なら、他の人間を生かすよりも杏寿郎が生きて帰ってきた方がいいだろ」
それはその通りだと炭治郎は頷いた。杏寿郎が生きて帰って、今も鍛錬を積んでいたのなら、自分よりもずっと強くなっているに違いなかった。
「だが……先見の明に欠けていたのは俺の方だな。アイツはいつも正しい」
晋之丞は炭治郎に向かって笑いかけていた。けれどその笑みはどこか寂しそうで、何かに取り残されてしまっているような不安を内包していた。
「お前は上弦と戦って、頸を斬った。遊郭と刀匠の里を守り、お前の妹も鬼でありながら人を救った。……良い兄妹だよ」
喉が熱くなり、涙の膜が張って晋之丞の輪郭がぼやける。遊郭で禰豆子を鬼として警戒し、刀を向けようとしていた晋之丞は、炭治郎共々禰豆子を認めてくれていた。感極まって泣き出しそうになった炭治郎は、蜂蜜入り牛乳を飲んでそれを誤魔化す。
晋之丞は炭治郎よりも先に来ていた善逸と伊之助を思い出しながら、「変な奴らだけど」と言いつつも称賛した。確かに強い剣士に育っていると。
「何より凄いのは、全員生きて帰ってきたことだ。生き続けるのは死ぬよりも難しい……」
杏寿郎でさえ出来なかった。
小さく、晋之丞はそう零した。
「どうして……煉獄さんを嫌いだなんて言ったんですか? 俺、ちょっと信じられないです。だってこんなにも……」
炭治郎は言いかけた言葉を止める。何かが焼け付くような匂いがまた鼻腔を刺した。あの日も感じた痛々しい匂い。晋之丞は不機嫌そうに、低く唸るように言う。
「お前がどう思うかなんて知らねぇよ。俺はあの生き損いが嫌いだ」
「…………」
「……そんなことより、お前は何で
無理矢理話題を切り替えた晋之丞は、これ以上炭治郎の疑問に答えるつもりはないようだった。
腑に落ちないまま、炭治郎は無限列車で杏寿郎に話したように、“ヒノカミ神楽”のことを晋之丞に伝える。
「それで炎柱の書を見せてもらいに行ったんですけど、煉獄家の物はボロボロで……。千寿郎君が燎家にも炎柱の書があると教えてくれたんです」
「なるほどな……。生憎、ヒノカミ神楽なんてのは俺も知らん」
「そうですか……。あっそういえば、燎家の炎柱の書はすごく綺麗でしたね!」
「ああ、何年か前に俺が書き写したからな」
「晋之丞さんが?」
「稽古に嫌気がさしたんだ」
そう言う晋之丞はその時のことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「その割には……えっと、すごくその……」
「読みづらい、だろ。炎柱の書は俺も解読できてない。保存状態が悪い物もあったし……まあ読み解くフリしてひたすら模写してたんだよ」
炎柱の書を書き写す作業は、真剣に鬼殺に関することを学んでいるのだと判断され、父に何も言われなかった。本人が内容をほとんど理解していなかったとしても、書を読み解けていないのは父も同じ。ただの模写でもバレることはなかった。
「多少は読み解けなかったこともないが……」
「なんて書いてあったんですか?」
「剣技の型について、“繋げる”とか“円環”とか……その辺の言葉が出てきた。間を置かずに型を出すのかと試したが、まあ炎の呼吸は無理だったな。繋がるように出来てない。改良したかったのかもしれないが」
壱ノ型から玖ノ型を順番に連続して出すことは不可能だ。順番を入れ替えれば、無理矢理できなくもないが元々そう作られていない型は、多少精度が落ちる。──晋之丞はそう説明した。
「晋之丞さんの炎の呼吸は、なんだか独特ですよね? 掴みづらいというか」
「……初めて会った時から思ったが、お前結構馴れ馴れしいな。気安く名前で呼びやがって」
「俺明之丞さんと文通してるんで、燎さんだと被っちゃって。あと千寿郎君が晋之丞さんって呼んでたし」
「兄上と……!?」
色んなお話聞けて楽しいです! と言った後、炭治郎は「話戻すんですけど」と無理矢理軌道修正をする。晋之丞は(お前千寿郎は千寿郎で、杏寿郎は煉獄さんと呼んでるだろ)と思いながら炭治郎を睨みつけた。
「今日も稽古で思ったんですけど、なんて表現すればいいのか……うーん……揺らいでる、みたいな……」
腕を組んで頭をひねる炭治郎。当たったと思ったら当たらない。避けたと思ったら避けられていない。
「凄いですよね! 俺も身につけたいです!」
「お前には無理だ」
「そんな!!」
「はぁ……さっさと寝たらどうだ。絵具塗れになりたくなかったらな」
それだけ言い残して、晋之丞は湯呑を濯ぐとさっさと厨を出て行ってしまう。待ってくださいと大声を出すわけにもいかず、炭治郎は冷めてしまった牛乳を飲み干し、湯呑を洗って寝室として宛がわれた部屋へ戻った。炭治郎を蹴飛ばした隊士が炭治郎のかけ布団を奪っていたので、無理矢理取り返してから床に就いた。
自室に戻った晋之丞はガシガシと乱雑に頭を掻く。炭治郎の真っ直ぐな称賛が重石のようにのしかかった。
「褒められるようなモンじゃねぇんだよ……」
とかく鬼が怖かった。戦うことが恐ろしかった。死ぬことが嫌だった。
心は敵に立ち向かうことを拒否しているのに、鍛えた体と剣技は動き出す。相反するものを抱え続けた結果が、炭治郎の言った“揺らぎ”だ。
踏み出すべきところで一瞬足が止まる。怖がる心がそうさせる。けれどすべきことの染みついた体はそれでも動いて刀を振るう。いつしかそれが癖となり、敵の予測を惑わせる剣技になっていた。
止まってしまうが故に、炎の呼吸本来の威力を発揮しきれていない。矯正しようにもどうにもできない剣技は、晋之丞の恥そのものだった。
覚悟のある者は身につけられない、臆病者の証拠なのだから。