大告白大作戦

・現パロ
・薩摩弁は変換サイト頼り




 鯉登音之進は人から想われるということを知っている。
 父から、母から、兄から。大切に愛され、育てられた自覚があった。

 自分が認知していないような、その他大勢からも想われていることも知っていた。どんな形であれ。

 家柄、容姿、才能──理由は色々あったが、鯉登は自分が尊重され、憧憬を向けられる側の人間であると、比較的幼い時分に理解していた。だからこそ自分の感情は大切に扱おうと考えていた。

 誰かを想うのなら、家族に向けられたような暖かなものがいい。気安く愛想を振り撒いて万人に好かれるのも、それはそれで楽しいのかもしれないが、いっとう大事な人に自分の時間を費やしたい。
 特別扱いされることに慣れた鯉登は、漠然と、自分が大切に想うようになる人間は、自分のように特別なのだろうなと考えていた。


 ……──時が経ち、鯉登にも好い人というものができたが、鯉登は彼女をやはり自分と同じ特別な人間だと思っている。
 彼女と知り合うきっかけとなった共通の知人が、鯉登からすれば凡庸極まりないというのもあるだろう。並べ、比べた時にやはり彼女は特別で、知人はひたすらに凡俗極まっているのである。

 ただ凡人と言えど、鯉登は決して蔑ろにする訳ではない。本当に心底悔やまれることではあるけれど、凡夫は鯉登よりも彼女と付き合いが長いのである。自分の知らない一面を知っている。そして、鯉登と彼女が想い合っていることを知り、且つ応援するだけの善良な性根ではあるため、ちょっとばかし相談……意見のひとつやふたつ、聞いてやってもいいだろうと思うのだ。

 鯉登行きつけの小料理屋の個室に、男が三人揃っている。相談するからには私が金を出すからと言えば、嬉々として集まった。

 ひと通りの料理や酒が揃うと、鯉登は口を開く。

「ナマエにプロポーズをしようと思う」
「おいそういう話すんなら先に言えよ。聞かせて?」

 顔にある大きな傷と逞しい体躯に似合わず、甘酸っぱい恋バナを好む男は真剣な顔で居住まいを正した。……両手の上に顎を乗せ、やたらときらきらした瞳で鯉登を見るのである。

「へえ、ついにかあ。いいねえ!」
「杉元、私はこいつに声をかけていないが?」
「知らね。なんか……いた」
「つれねえこと言うなよぉ。鯉登ちゃんと俺の仲だろッ」
「どんな仲だ。貴様、人の金で酒を飲みたいだけだろう」
「帰れ。白石」
「クーン」

 いかにも寂しげな顔をして、白石は徳利を傾けた。何が何でも鯉登の金で良い酒を飲むつもりらしい。奢る相手が一人増えたところで鯉登の懐は痛まないが、なんかムカつくなとその坊主頭を見ていると思う。

 しかし今は白石なぞに意識を割く暇はないのである。咳払いをひとつすると、鯉登は乙女顔の杉元に向き直る。

「女性……というか、ナマエはどのようなシチュエーションでのプロポーズを望んでいるか分かるか? 貴様とナマエが少女漫画の感想を送りあっているのは知っている」
「おっ、面白いからね! 少女漫画! ナマエさんセンスいいし!」
「まあ物語としては悪くなかったな」
「え。読んだの? お前も?」
「ナマエが好きなものが知りたい。胸きゅん? ときめき? とやらは……漫画の中の登場人物に感じなかったが」

 鯉登にとって漫画のキャラクターは、その世界を生きる凡庸な人間でしかないのだ。己の心を動かすのはやはり、特別な人間であるナマエだけ。それを再認識できた点については良かった。彼女が「ここのシーンが」「このセリフが」と教えてくれた時の、楽しげな横顔にこそ、鯉登は胸キュンしたものである。

 杉元は鯉登の感想にやや不満そうな顔をしながらも、理解するまで読めよと強要するような人物ではない。ただ、勿体ないなとだけは勝手に鯉登を憐れんで、「ナマエさんの好きなシチュエーションねえ……」と腕を組んで少女漫画の各シーンを脳裏に思い浮かべた。
 チュッ、と枝豆を鞘から摘まみ出しながら、白石が「鯉登ちゃんのことだからさあ」と口を開く。

「バラの花束渡したりとかするもんだと思ってたわ」
「当然それも候補の内だ」
「本数で意味が変わるんだよね。ロマンチック……うふふっ」
「杉元ったら乙女〜」

 本数で意味が変わるのは知らなかった、と鯉登はスマートフォンを取り出し検索をかける。プロポーズで渡すバラの花束と言えば100本をイメージしていただけに、様々な意味が存在しているらしいことに驚いた。やはりこの手の話題は杉元がやたら詳しいなと思う。

「むう。花束の中に婚約指輪を仕込むのもあるのか……」
「落としそうだけど、どうなの?」
「私がそんなヘマをすると思うか! 貴様と一緒にするな、白石!」
「俺だってしねぇよ!?」
「花束渡す機会がないだろ、まず」

 杉元の指摘に「ケッ」とへそを曲げる白石。そっぽを向き、机に肘をついてお猪口を煽る。

「漫画の話だけどさ。ナマエさん、結構王道が好きなんだよ。シンデレラ城の前でー、とか」
「何? ……来週、出かけるのだ。そこでプロポーズしようと……」
「えっマジかよ。じゃあもう決まりじゃねえ? 夜にライトアップされたところで指輪渡せよ!」

 興奮した様子で鯉登の肩をバシバシと叩く杉元。「やめ、やめんか!」と鯉登はその手を振り払う。

「しかしだな。レストランの予約もしてある」
「おお……さすがボンボン……」
「うーん、でもさあ? ナマエちゃんなら、鯉登ちゃんからのプロポーズってだけでどんなシチュでも喜ぶんじゃない?」
「何を言っている白石。そんな当たり前のことを今更」
「その上で最高のシチュ模索してぇんだろ。そんくらい分かれ白石」
「クーン」

 いい事言ったのに……。白石は湿っぽい空気を漂わせながら、机に“の”の字を書き始めた。

 それをすっかり無視して、杉元と鯉登はああでもないこうでもないと議論を重ねる。その内に杉元が「谷垣呼ぼう」と提案し電話をかけたが、谷垣はインカㇻマッからの逆プロポーズだったと語り、舌打ちの末に通話を切られた。





 鯉登音之進は、この日のデートの為に革靴をおろした。待ち合わせ場所には揃って10分前に到着し、気が合うねなどと話してフフフと笑いながら某テーマパークへ向かう。プロポーズを決意しているからだろうか、いつもの三割増しに彼女が可愛く見えて、鯉登の胸中は終始穏やかではなかった。

 とにもかくにも、今日は格好良くいようと決めていた。精一杯見栄を張り、彼女に世界で一番カッコイイ彼氏だと思ってもらった上で、プロポーズをしようと。杉元に相談した結果、やはり王道を征くことにした。テーマパークを楽しみながらも、時間が経つにつれて気が逸ってしまう。彼女が見ていないところでこっそり深呼吸を繰り返し、手鏡で変なところがないか適宜確認をした。


 ……精一杯見栄を張ろうと思っていた。

 思っていた、のに。

「良い景色だねえ、音之進くん!」

 船の甲板を歩くナマエが鯉登に振り返り、顔を綻ばせる。ああ、今だなと、思ってしまった。鯉登の足は引き寄せられるように彼女へと向かい、隣に立つと真っ直ぐに顔を見つめる。

「おいと、────」
「え?」

 ……なんという間の悪さだろうか。
 鯉登音之進、一世一代の大告白プロポーズは、汽笛に遮られてしまった。

 ナマエも鯉登の真剣な顔に戸惑っている。「ご、ごめんね! 今なんて言ったか聞こえなかった……」申し訳なさそうにするナマエの両肩を掴むと、鯉登は辺りを見渡して汽笛が鳴らないことを確認し、深く息を吸い込んだ。

「私と結婚しよう」

 今度はきちんと伝わった、というのは彼女の顔を見つめている鯉登にはすぐに分かった。はっと息を飲んで、目を見開いて、頬が赤く染まっていく。鯉登は更に言葉を紡いだ。

「私には、私とお前、二人分の人生を幸せにする気概がある! 天寿を全うするその日まで、……おいんつっで笑うちょってくれんか」

 あたんわれがおげっとう好いちょっ。──そこまで言い切る頃には、鯉登も彼女につられる様に赤面していた。顔から火を噴いていると錯覚しそうな程に熱いが、自分は色黒だからそれほど顔色の変化は分からないはず、格好よく決まっているはず、と鯉登は自分自身に言い聞かせる。

 風が吹き抜ける音が、自身の心音にかき消されたような気さえした。

 ナマエが場に張り詰めた緊張の糸を解くように笑う。──鯉登がこれまで何度も見つめて、これからも見たいと願った幸せの形をしていた。

「喜んで!」

 飛びつくように抱き着いてくるナマエを危なげなく受け止めた鯉登は、彼女の体温が服越しに伝わってくるのと同じくらいゆっくりと、現実を噛み締めた。
 細い背中に手を回し、抱き締め返す。互いを想い合う、熱と質量を持った感情。決して手放すまいと心に決めた。

 ワッ、という歓声と共に割れんばかりの拍手に包まれる。
 ここは大人気テーマパーク。プロポーズが始まったと悟るやいなや、人々は温かに二人を見守っていたのだ。「おめでとう!」「お幸せに!」と祝福が贈られる。

 人前だ、顔を引き締めなければ、と鯉登は自分を律するのだが、ふにゃふにゃと頬は緩み、どうにも上手くいかない。彼女がそんな鯉登を見て、また心底嬉しそうな顔をしているので、今日ばかりはいいかと観念した。

「ナマエ、手を」
「え? ……えっ! もしかして?」
「もしかして、だ」

 ポケットから小さな箱を取り出し、片膝をつく鯉登。中に収まっているのは、当然婚約指輪だ。陽の光を受けて、宝石がきらきらと輝く。
 ナマエの手を取り、左手の薬指にはめた。わあ、と感嘆の声を零す彼女に、鯉登の胸は満たされる。

「用意、してくれてたんだ」
「勿論だ」
「サイズぴったり」
「当然だ!」
「……ありがとう! 音之進くん!」

 衝動的に、鯉登は彼女を抱き締めた。恥ずかしいよと言いながらも、彼女はきゃらきゃら無邪気に笑う。

 身体を離すと、鯉登は右手を差し出した。ナマエは指輪のきらめく左手を乗せ、二人は手を繋いでその場を離れる。
 周りから祝福されるのは嬉しいしありがたかったが、人目に晒され続けるというのはさすがに憚られた。

 少し離れたところで、彼女が言う。

「音之進くん、私でいいの?」

 不安を感じさせるような言葉とは裏腹に、きゅっと握られた手からは離れたくないという意思を感じる。
 鯉登は彼女の言葉に、毅然とした態度で返した。

「ナマエでなくてはならん。ナマエがいい」
「……えへへ、音之進くんならそう言ってくれるよね! 知ってた!」
「……まさかおいを疑……」
「それこそまさかだよ! 私もね、音之進くんがいいし、音之進くんじゃなきゃダメだから。同じ気持ちで嬉しい」

 頬を染めた彼女の満足気な表情に、鯉登は思わず「キェ……」と猿叫を漏らす。

「一生幸せにすっ……!」
「ほんとう? じゃあ私もがんばるね!」




「コイトショウイ クソハズプロポーズ Напиши это!」
ということで書きました。こういうの普段書かないから慣れないよ…むず、難しい……。