南極の山奥に拠点を構えているというだけあり、カルデアは閉鎖空間だ。一歩でも外に出れば、人命に関わる猛吹雪が世界を埋め尽くしている。
外に出て体を動かす、という気分転換の行為が自殺に替わる環境だ。それでも体を動かしたいという欲求が失われることはない。
定期的に体を動かさなければ、仕事の効率が下がるタイプである千尋。自身の剣を極めたいという意志もあり、毎日腰に二振りの刀を佩いて中央管制室へ向かい、仕事の合間にシミュレーターを利用して鍛錬を行っている。……刀を持ち歩いていない日は残業確定であると、周囲のスタッフはそれとなく察していた。
千尋がシミュレーションルームの設定を操作していると、近くにいたスタッフが「今日もゴーレムですか?」と問いかける。千尋は今日中に処理するべき仕事量と内容を思い浮かべ、「いや」と不敵に笑った。
「今日はキメラも混ぜようかな」
「え!? 大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。俺の剣は無敵だから」
シミュレーションルームに一人踏み入り、刀を抜く。
──あの日、記憶に灼き付けた背中。彼が振るう剣を模倣し、その先を目指す。
《エネミー、出現します!》
シミュレーターを観測するつもりらしいスタッフが、外からそう告げた。仮想敵としてプログラムされたゴーレムが数体、足下から構築されていく。
ズ、と重く踏み出したゴーレムの足に、千尋は一太刀食らわせる。バランスを崩し、前屈みになったところを下から袈裟斬りにすれば、ゴーレムはその堅固な輪郭を失った。
ただの石に変わっていくゴーレムだった物の一部を、別のゴーレム目掛けて蹴りつける。
(……まだ、だな)
刀を振るいながら思う。
こんなものではない、この程度で満足できるはずがない。“対人魔剣”と称される域まで至った『セイバー』の無敵流を、自分はまだ掴み切れていない。
当時と比べて体格は近くなった。足りていないのは技量と経験だ。……経験に関しては、出来れば人を斬りたくはないから、こうしてゴーレムやキメラ等を相手にしているのだが。
危なげなく全てのエネミーを斬り伏せた千尋は、腑に落ちないといった様子で首を傾げる。
(鍛錬って言うにはちょっと足りねぇよなぁ……。村正と手合わせするのもいいけど、セイバーとの差はやっぱ命のやり取りをしてるかどうか、かなぁ)
平和な現代日本に生まれておいて、切った張ったの非日常を求める訳ではないが、どういう環境に身を置いていたかは大きいなと、千尋は息をつく。
(でもシミュレーターで死にかけるのも馬鹿馬鹿しいし……)
刀を収めた千尋がシミュレーションルームを出ると、管制室にやってきていたらしいマリスビリーが、シミュレーションルーム内を映すモニターから千尋の方へ顔を向け、「見事なものだ」と微かに口角を上げた。
「お疲れ様です、所長。見ていたんですか」
「ああ。偶然、君がシミュレーターを使用していたものだから」
「他人様に見せるようなものじゃありませんけどね……」
言いながら、千尋はマリスビリーの傍に立つ少女──彼の娘であるオルガマリーに目を向ける。千尋の視線に気づいたオルガマリーは、小さく肩を跳ねさせた。
「こんにちは。久しぶりだね、マリーちゃん」
「き、気安くマリーだなんて呼ばないでちょうだい。……久しぶり」
「それは失敬。じゃあオルガちゃん」
“マリー”とは別の、もう一つの愛称をさらりと口にする千尋。オルガマリーは咄嗟に抗議をしようとしたが、それよりも先に千尋はマリスビリーに「今日はどうしてオルガマリーちゃんを?」と問うた。父が話し始めてしまえば、オルガマリーが口を挟むことはできない。
「レイシフト適性の検査をね」
「なるほど、そういう事ですか。所長の娘さんなら期待できますね」
「君が私の期待を外れていたのは、本当に惜しいよ」
元々カルデアへスカウトする為の誘い文句だったとは言え、守護英霊召喚システム・フェイトの稼働実験対象としてマリスビリーが抜擢する程度には、千尋は高いマスター適性を有している。現在は技術スタッフとして籍を置いているが、いずれは実働チームへの移籍もありえた。──レイシフト適性さえあれば。
「生まれ持ったものに関しては、俺の力では何とも」
「そうだね。だからこそさ」
千尋のレイシフト適性は辛うじて絶無という訳ではなかったが、その低い適性でリスクを孕むレイシフトへ臨むくらいならば、技術スタッフとしてカルデアを支える立場にあった方がいい。最終的にそう判断を下したのはマリスビリー自身だ。
その時、千尋は不意に目を瞬かせ、「すいません」とマリスビリーに小さく頭を下げる。
「時間を取らせてしまって。それじゃあ、俺はこれで。オルガちゃんも」
「え、えぇ」
千尋はオルガマリーに微笑みかけ、管制室を出て行く。その背を見送ったオルガマリーは、父に問う。
「……お父様、彼、どうして剣を持っているの?」
「ここでは“所長”と呼びなさい」
「! ごめんなさい、所長……」
「彼の剣は、とても大切な物だそうだよ。シミュレーションルームでしか抜くことはないし、彼の人格を信用しているから私も所持を許可している」
千尋とは数回顔を合わせた程度のオルガマリーに、千尋の人となりは分からない。会えば笑顔で挨拶をしてくる彼は、至って気の良い青年に見えなくもない。
マリスビリーが「信用している」とわざわざ言葉にした彼に、何故と思う。……一体どこで父からの信用を得たのだろう。時計塔に所属している訳でもない、極東の田舎出身の魔術師であるはずの彼が、父の期待を受けていた理由は。
「サーヴァントを召喚したのも、彼、でしたよね」
「そうだね」
「……どうして?」
「“フェイト”の試運転を兼ねて、高い魔力とマスター適性を持つ彼に協力してもらったんだ」
残念ながらレイシフト適性は足りなかったが。
改めて、そう惜しむように言うマリスビリーに、オルガマリーは人知れず拳を握り締めた。
◆
廊下を少し大股に歩く千尋は、眉を寄せて念話を飛ばす。
『村正! 念話で小言を言うのやめろって、何回も言ったよな!?』
『何回も小言を言わせるんじゃねぇって、
儂の方こそ言ってるだろうが』
ぐぬ、と歯噛みをする千尋。
先程マリスビリーとの会話を切り上げたのは、村正からの念話が理由だ。午前の職務を終え、鍛錬も終えているはずの千尋が食堂にやって来ないことを訝しんだ村正が『早く飯食いに来い』と声をかけてきたのだ。
食堂に行けば、呆れ顔の村正が「ようやく来やがった」と溜息交じりに昼食の用意をする。カウンター席に腰を下ろした千尋は、頬杖をついて不満げに口をとがらせた。
「ちょっと所長と立ち話してただけだってのに」
「そうかい。いつもそれなら、儂も何も言わねぇんだがな」
千尋が自分の仕事だけを淡々と熟す性格であれば、村正がわざわざ念話を飛ばしたり、こうして食事を作る事もなかっただろう。
“今日は”所長と話していただけだったが、他のスタッフが行き詰っている仕事を肩代わりし、自身の昼休憩を返上するなど日常茶飯事だ。「昼飯を食べ損ねた、でももうすぐ夕飯の時間だからコーヒーで済まそう」と一食抜き、続けて「もうこんな時間か。夕飯食べてないけどこの時間に何か食べるのもな。明日の朝でいいや」と二食抜き、翌朝になって「朝だから少しでいいや」と、まともに食事を摂らない場面に、村正は何度も遭遇した。
自分のマスターがこんな不摂生を繰り返すのは良くない。元来の面倒見の良さを遺憾なく発揮することになった村正は、こうして「儂の作った飯が食えねぇってのか」と毎食千尋の為に食事を用意している。
ほら、と白米を大盛にして差し出す村正。千尋は器を受け取ると「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。刀作りだけでなく、料理もまた一級品である村正に、千尋はがっしりと胃袋を掴まれてしまっている。
「納豆は?」
「うーん、今ある分食い終わったら考える」
「おう。たらふく食えよ、よく噛んでな」
「……そんなガキじゃねぇんだけど。俺もう24とかだし……」
「儂からすりゃガキも同然だろ」
そう快活に笑う村正の容姿だけを見れば、千尋よりも幾分か幼い。しかし言動は確かな老練さを感じさせるのだから、不思議なサーヴァントであると千尋は思う。魂の気質が似た“誰か”を依代とした“疑似サーヴァント”というものらしいが、こうも見た目と中身がちぐはぐなのはきっと村正くらいなものだろう。
「ああ、でも、とっくに酒はやれんのか」
「ん? うん。あんま飲まねぇけど、村正を召喚した時にはな」
「だったら手前の面倒くらい手前でちゃんと見やがれってんだ」
「イデッ」
この小言と共に額を小突かれるのも何度目のことか。
そうは言いつつも、村正自身、千尋の世話を焼くことをやめないのだから、有難いことだとは思う。
(俺の召喚するサーヴァントってこんなんばっかだな……)
ジジくさい、と千尋は口元を緩めた。
前頁 戻る 次頁