梅雨と暑さと恋

「君もサボりに来たんか?」

グラウンドから聞こえてくる声援よりも、鼓膜を震わせる目の前の男の声。扉から顔を出し、拍子抜けした彼女の顔を眺める彼は隣のクラスの隠岐だった。
彼は彼女の返事を待たずして、教室へと足を踏み入れる。夏を彩る蝉の声も、乾いたピストルの音も、歓声も。やけに遠くに聞こえて、彼の声だけが彼女の耳に入り込んできた。

「……ちょっと、疲れちゃっただけだよ」
「こっそり校舎に入って行くのが見えてな? お、おれもサボろ〜って思ったんやけどちゃうのかぁ」
「まぁ、サボりでもなんでもいいよ」
「なんか冷たない? そんなことない?」
「たぶん、気の所為だよ」

気の所為なんかではない。目の前に居る彼は、彼女がこっそりと好意を寄せる相手であるのだ。当然、緊張で素っ気ない態度に思われても仕方がない。会話が続いているだけよくやっていると自分を褒めたいくらいだ。

隠岐との接点はそう多くない。同じクラスでもない、同じ委員会でもない。強いて言うならば、ボーダー所属であるということ。彼はその聞き慣れない方言とイケメンと称される顔立ちから、ボーダー内でも校内でも有名人であった。だから、彼女も彼の名前を知っていた上にそれとなく淡い感情を抱いていたのである。
だがそれは、本当に恋心であるのか。彼女自身も些か曖昧なものであった。彼に対する好意は正しく恋心なのか、それとも純粋な憧憬であるのか。正直なところ、彼女の中では後者の感情が強いと感じている。それもそのはず、彼と言葉を交わしたのはこれが二度目であるのだから。

「今日は傘持ってきてるん?」
「……そ、その節はお世話になりました。本当に。持ってきてます」
「敬語やなくてええのに」

困ったように眉を下げて笑う彼。彼との最初の会話は二週間ほど前に遡る。





その日は突然の雷雨が襲った金曜の夕方だった。

数時間前まではあの厚い雲の上にある真っ青な空が、太陽と共に顔をのぞかせていたのにも関わらず、今はどんよりとした灰色の雲が空を覆っている。天気予報でゲリラ豪雨に注意、だなんて分かりやすく言っていたはずなのに、彼女は傘を持ち出すことを忘れてしまった。
ゲリラ豪雨ならば、一時間もすれば止むであろう。だがこんな所で悠長にしている時間も彼女にはない。今日は防衛任務の仕事があるのだ。トリオン体に換装すれば良かったのかもしれないが、生憎当時の彼女にはその考えがなかった。彼女は意を決して、雨の中を飛び出そうと足を踏み込んだ。

だが、その足は前に進むことはなく彼によって静止されてしまった。

「こんな大雨の中走って帰るん……?! 風邪引いてまうよ?!」
「っ、え、あ……隠岐くん?」

何故か慌てた様子の彼が腕を引き、彼女を引き止めたのだ。湿気によって少しだけうねっている髪の毛に目が行く。

「いや、今日防衛任務だし遅れられないと思って……」
「風邪引いたら防衛任務どころやないやろ、もっと自分のこと大事にしてな?」
「えっと、あ、うん。はい」
「何で二回も返事すんねん。おもろいなぁ」
「だって、」
「うん?」
「隠岐くんと、話したことないし……」
「あれ?」

面と面を合わせて、彼と会話をしたことはない。彼女がこっそり遠目から彼のことを見ていたことなら何度もある。何なら、ランク戦のログを何度も見返しているので見慣れた顔であるくらいだった。

流石にそれを本人の前で言うのは気が引ける。彼女はきゅっと固く口を閉じた。

「でもおれ、知っとるよ? 君のこと」
「え? ああ、まぁボーダーで歳の近い人は何となく把握しちゃうよね……」
「……そういうことにしときますわ」

なんだか濁った回答をする彼に首を傾げながらも、彼女は再度雨の中基地へ向おうと、カバンを頭に乗せ、気持ちばかりの傘代わりにする。

「ダメやダメや! 風邪ひいてまうで。これに入って行き?」

バサッと大きな音を立てて広がった傘の下から彼が招く。これは俗に言う相合傘なのでは。頭の中に浮かんだ下心を取り除こうと、彼女は頭を振った。彼女は彼に相合傘をしているという自覚はない。親切心によるものだと言い聞かせた。

「おれも基地向かうから、一緒に行こうや」
「でも、悪いよ。隠岐くんも濡れちゃうよ」
「女の子が風邪ひく方が困るで。ほら、入らんと遅れるで? 任務」

必死に頭を回転させて、断る理由を考える。そんな彼女の頭の中は、お見通しだと言うように彼はそんな気にせんでええからと笑った。

お邪魔します、と小さく零せばおおきにと彼が言う。自分の心臓の音が煩くて、彼に聞こえてしまわないか心配である。彼の横顔を盗み見したい気持ちはあるが、やましい奴だと思われる方がもっと嫌だ。彼女は視線を下げ、自身の足元をただ見つめ続けた。

「体育祭、」
「え?」
「体育祭、なんの競技出はるん?」
「あ、ああ……なんだっけな。あんまり体育得意じゃないから個人競技には出ないことにした」
「あ、そないなことできるんか?」
「人数、足りてたからね」
「そうなんやぁ」

彼に言われて、体育祭が二週間後に控えていることを思い出した。あんな炎天下のなか、何時間も照らされているのは地獄である。サウナで耐久した方が幾分か良いかもしれない。

「隠岐くんは、何に出るの?」
「おれは借り物競争やで」
「へ〜……」

まるで興味のない返事をしてしまったが、むしろ反対である。彼が借り物競争のお題で好きな人だなんてものを引いてしまったら。

と、そこまで考えて彼女は彼をどんな目で見ているのかと自問自答する。

これだけ容姿の整った世の言うイケメンに好きな人がいるのか、いないのか。別に彼のことを好きでいなくても気になるのは普通のことではないか。女は常に、噂話が好きなのである。

「自分ほんとに体育祭興味無いんやな」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」

会話が途切れてしまった。基地まではあと少しである。このまま無言でいるのも気まづいが、何か話題が出せるわけでもない。やっぱり走って行くべきだったと、数分前の自分の下心を後悔した。

ブーーンっと明らかに余計な音を立てて真横を走る自動車。タイヤが水溜まりに差し掛かり、咄嗟に濡れると思った。足元が濡れるくらい仕方ない。それもこれも、全て傘を忘れた自分のせいだ。

「っと、危ないで」

ぐいっと肩を引かれ、反動で傘に乗った雨粒が揺れて落ちる。こつんと肩と肩がぶつかり、彼の顔を見上げてしまった。
自分の肩に触れる彼の手のひらに思わずドキドキする。男の人の手って、こんなに大きいんだ。

「気ぃ利かんくてすまんなぁ、最初からおれがそっち歩けば良かったな」
「別に大丈夫だよ、ありがとう……」

へらりと笑う彼に、ぎゅうっと心臓が掴まれる感覚になる。そんな表情をなんでもない自分に見せていいものでは無い。彼の顔を布で覆ってしまいたいくらいに、彼は格好良かった。

「濡れてへん? 大丈夫か?」
「隠岐くんこそ、濡れてない?」

彼の左肩を見れば、雨に濡れて濃くなった黒が見えた。最初から分かっていた筈なのに、彼は今気付いたかのように自身の左肩に触れておれのことは気にせんでええでと言う。

「ごめんね。やっぱ私が走って行けば……」
「ほんま気にしんといて? おれが入ってって言ったんやから」

基地の入り口に立って、彼は少し濡れた前髪を触る。彼はそれだけで絵になってしまう。

「ほな、おれこっちやから。またな」
「うん。ありがとう、隠岐くん」

結局その日は丸一日雨で、防衛任務の際に雨に降られたのは隠岐くんには内緒にしておこうと思った。





「隠岐くん借り物競争まだ残ってるよね?」
「あら、バレてしもうたか」

彼はお茶目に笑ってみせた。あと数十分もすれば、彼の出番だろう。こんなところにいてはいけないのではないか。それでも彼はその場から動こうとする気配はなかった。

「集合遅れたら失格になっちゃうよ」
「せやなぁ、一緒に戻ろうや」
「え、私はもう何も出番ないよ?」
「ええやん、おれの競技見といて」

扉に体重を預け、彼は首を傾げる。もしかして彼の行動は全て計算されているのかと思ってしまうほど。
このままこの場から動かなければ、彼は棄権するのだろうか。そんなことを考えてしまうくらいには、暑さにやられてしまっている。
グラウンドの方からは招集をかけるアナウンスが響いていた。

「隠岐くん、早くしないと棄権になっちゃうよ」
「せやな。そろそろ行くわ」

棄権でもいいよ。なんて言葉を期待していた自分が馬鹿らしい。けれども、それもこれも暑さのせいなのだから今日の自分は可笑しいんだ。

「なにしてん、一緒に行くんやで自分」
「え」

彼から一番遠い窓際に居たはずなのに、気が付けば彼は目の前にいて腕を引かれていた。足が上手く回らず、下手くそな操り人形のような足取りで教室を抜け出す。

階段を駆け降り、再び痛い日差しの下へとやって来た。彼はパッと腕を離して、両手を上げる。まるで彼女が彼を無理やり捕らえていたかのように。

「どこにおるん?」
「どこ、って」
「このあとやで」
「……クラスまで戻るのは面倒だから、本部のテントの近くにいるよ」
「そっか」

借り物はアンタだよと言わんばかりの会話である。けれども、ちょっとは可愛い女になりたい。だから、彼女は何を言っているのか分からないかのように、首を傾げてみせた。先程の彼の方が何倍も可愛いに違いない。

「ちゃんと、本部のテントの近くにおってな」

いよいよ時間がないのか、彼は彼女の返事を待たずしてその場を後にした。このままクラスのテントまで戻ってしまおうかと思ったが、大人しく本部のテントへと足を向ける。

「……好きな人、って誰なんだろう」

先日の友人との会話に出た「隠岐には好きな人がいるらしい」噂話を今更思い出してしまった自分を悔やんだ。



本部の近くのテント付近では、隠岐を始めとするボーダー所属の彼らを近くで見るために集まった女子生徒で溢れていた。出場選手を見渡してみれば、見事にボーダー所属の生徒ばかり。きっと体育祭委員には熱烈なボーダーファンが居るに違いない。

少し離れたテントまで来れば、落ち着いて競技が見れそうであった。彼女はその場にしゃがみこみ、グラウンドをぼうっと眺める。すると、仲の良い出水と目が合いピースを向けられた。その近くに居た米屋が、アイツどこにいんの? と言いながら辺りを見回している。彼女が小さく手を振れば、居場所に気付いた彼が居たーー! と大きな声を上げた。目立ってしまうので静かにして欲しかったが、後の祭りである。
隠岐の居る方へ視線を向けても、彼と目線が合うことはなかった。けれども、米屋によってきっと居場所は割れているだろう。

競技が始まれば、歓声はより大きさを増した。
お題として人を連れて行く人はまだ居ないようである。誰かの手に、好きな人のお題は存在するのだろうか。

嗚呼、暑いのは苦手だ。

顔を下げて、グラウンドから視線を背ける。耳に残る甲高い生徒の声だけが、彼女を現実に引き止めた。

「おれの活躍、見ててくれるんやなかったの?」

堕ちそうになる彼女を引き上げた彼の声に、思わず顔を上げる。生駒隊の赤色が似合う彼は、赤色のハチマキもよく似合っていた。

「ぅ、え、隠岐くん?」
「これ借りてくなぁ?」

彼の顔が近付いて、ほんのりの汗の匂いがする。解かれた髪の毛に気付いて、髪ゴムが取られたのだと理解した。彼は髪に指を通し、呆気に取られる彼女の顔を見て笑う。

「おれのお題、ラッキーやったんやで。ポニーテールしてる女の子の髪ゴムやから」
「そ、そうなんだ……ね」

ヒラヒラとお題の書かれた紙を彼女の前で揺らす。屈んでいた彼が立ち上がり、彼女は彼を見上げる形になる。逆光によって、彼の表情を読み取ることは出来そうになかった。

「あとでちゃんと返しに行くから、待っとってな」

あれだけ煩わしがったはずの実況のアナウンスさえも、遠くに聞こえてしまう。彼女はその場で大きなため息をついて、再び顔を下げてしまった。

こんなにも真っ赤な顔を誰かに見られてしまったら、きっと保健室に連れられてしまうに違いない。




「隠岐が持ってきたのは、髪ゴム! お題に書かれていたのはポニーテールをしている生徒の髪ゴム! 一体どの生徒のものなのでしょうか?!」

隠岐がゴールテープを切れば、高らかと実況のアナウンスがグラウンドに響く。誰かなんて教えるつもりなんて彼にはない。

「なぁ隠岐、それってアイツのだろ」
「なんやバレてしもうたか」

三着の旗の後ろに座る出水に声を掛けられ、手に持つ髪ゴムを指さされた。出水は隠す気もなかった隠岐の態度に苦笑いをする。隣の四着の旗の後ろに腰をおろした隠岐に出水は再び声を掛ける。

「遊んでんの?」
「おれのこと何だと思てるんです?」
「いやぁ、だってお前モテるっしょ」
「モテへんて」
「よく言うわほんと」

出水はそのまま仰向けに倒れる。隠岐はそのまま出水のことをじっと見つめた。

「何か、不都合でもあったりするん?」
「それって、どういう意味?」
「おれが、あの子を好きになったらあかん理由があるんかって話」
「……ねえよ」

不自然に空いた間に違和感を覚える。けれども、隠岐はそれを深追いするつもりはなかった。
彼女が居たテントの方へ視線を向ける。彼女の姿はもうそこにはない。恐らくクラスのテントまで戻ったのだろう。隠岐は、握りしめていた髪ゴムを自身の腕に通した。

「なんでアイツなの」
「すまん、なんて言うた?」
「なんでアイツなんだよ、って」
「……やっぱあるやないかい、あかん理由」
「ねえよ、疑問だよ。疑問」

出水の方に視線を向けても、こちらを見る気配はない。自分の感情は見せないつもりなのだろう。

「可愛ええやん、あの子。守ってあげたいなぁって思わん? でも守られるのは嫌いみたいやからなぁ……そういう強い所もおれは結構好きやで」
「思わん? って俺に同意求めんなよ……まぁ、確かにアイツは守られるの嫌いだな」
「せやろ? だから気付かれないように網を張って、守ってあげないとあかんのですわ」
「……狙撃手こっわ」
「別に捕らえたろうなんて思うてないで。ただちょっと、危ないときにおれが助けられたらええなぁとは思うけど」

出水の顔がこちらに向く。ひとつ大きなため息をこぼして、体を起き上がらせた。背中、払ってくれと隠岐に背中を向けしゃがんだ。

「あかん理由、本当はある」
「……それはあの子が、」
「お前が言おうとするなよ。まぁ大体は合ってんだけど」
「宣戦布告ってことでええんか?」
「いや、これは俺の白旗宣言」

そう言って出水は隠岐の方に体を向ける。お手上げというように、両手を上げ、眉を下げて笑った。

「だってどう見ても隠岐のこと好きじゃん。アイツ」

隠岐は知っているよと言うように、表情ひとつ変えず出水の話に耳を傾ける。出水はそんな隠岐を見て「やっぱモテるやつは自信あんなぁ」と自虐的に笑ってみせた。
出水は視線を隠岐の手首に向ける。そして、自身の引いたお題の紙をくしゃりと握りしめた。

「このまま何もしないで身を引くのも嫌って思ったんだけどさ、何も出来ねえくらいアイツの視線はお前に向いてんだよ。腹立つわ」
「……あの子も言うてたんやけど、おれあの子と話したことあるの二回しかないねん」
「んだよそれ、俺が必死に作り上げた関係すら無駄だって言うのかよ。完敗だわ」

出水は自身の髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、震える声で息を吸った。

「でも、おれは出水のことが羨ましいで」
「ンでだよ」
「おれはまだあの子こと、なんも知らんから」
「はぁ〜〜?! そんなの幾らでもこれから知れるだろうが! 感情がお互い向き合ってる方が何倍も羨ましいわ!」

ビシッと隠岐のことを指さし、言い切る出水。自身の声の大きさにハッとしたのか、出水は顔を赤くする。わざとらしく咳払いをして、再び髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。

「……つーわけで、俺は白旗を上げます。てめぇこれで違う奴と付き合ってたらボコボコにするからな」
「付き合っても付き合わんくてもボコボコにされそうな気がするなぁ」
「はは、よく分かってんじゃん」

とりあえず一回殴らせろ、と言う出水に対して隠岐は堪忍しぃやと笑うことしか出来なかった。




隠岐に髪ゴムを貸してしまった為、長い髪が風に揺られる。彼女はまた先程と同じ教室でひとり、机に突っ伏した。
そして何度も自問自答を繰り返す。

私は、隠岐くんのことが好きなのかもしれない。

けれども、彼女は彼のことを何も知らないのだ。彼の好きなもの、彼の誕生日。だが彼の優しさはよく知っている。

それだけで好きになるなんて、自分はなんて単純な人間なんだろう。

「……隠岐くんの、せい」
「何がおれのせいなん?」

声が出ずにガタッと椅子から崩れ落ちそうになる。いつからそこに、と言いたいが口を開けて佇むことしか出来ない。おかしな様子の彼女を見て、彼はケラケラと笑った。笑い事ではないのに。

「はい、これ。ありがとな」
「あ、うん。役に立って良かった、よ」

彼の手のひらの上に差し出された髪ゴムを取ろうとして近寄れば、ぐいっと彼に腕を掴まれて引き寄せられた。

「っ、待って」
「待たへんよ」

彼の顔を見られず、必死に距離を取ろうと腕を伸ばしてできる限り彼との間を作る。駄目だ。こんなの自惚れてしまう。

「……好き」

自然と溢れた感情に顔に熱が集中する。今すぐこの階から飛び降りてしまいたいくらい恥ずかしい。生身に緊急脱出は使えないのか。当たり前のことを考えてしまうくらい頭は正常に回っていない。

「いや、あの、ちが、くはないんだけど……」

ここまではっきり言って、違うと言い逃げができるわけがない。彼女はそのままその場にしゃがみこんでしまった。

「……ごめんなさい、あの。多分、隠岐くんが好きです」
「おれも、好き」

へ、と間抜けな声が飛び出して尻もちをつく。彼は彼女と目線を合わせるように座り込んだ。

「夢……?」
「夢とちゃいますわ、おれも好きだからお返事しとんねん」

そう笑って見せる彼の笑顔はいつものお人好しの表情を見せた。腰が抜けて立てずに居ると、彼は声を出して笑いだした。

「おれも好き。だから、これからもっと教えて欲しいんや。だめ?」
「だ、だめじゃないです……」

やっぱり可愛らしく首を傾げる彼の姿は計算されているとしか思えなかった。けれども、それすらも好きだと思えてしまうのは惚れた弱みなのだろう。




「で、俺に報告しに来たってわけ」
「出水には内緒にしててもバレるやろうなぁと思うて」
「……思ったより早くて複雑なんだけど」
「おれだって出水に取られるのはあかんかった」
「イケメンにそんなこと言われても嫌味にしか聞こえねえ〜」

ラウンジ近くの自動販売機前。体育祭から一週間が経った頃、隠岐は、出水に事の経由を報告していた。出水は不機嫌な顔を隠すことなく、隠岐を睨みつける。

「まぁ、応援してやらなくもねえ」
「……ありがとうなぁ」

ほっとした隠岐は近くのベンチに座り込んだ。すると飲み物を買いに来た彼女が二人のそばにやって来た。

「あ、出水と隠岐くん。お疲れ様」
「お疲れさん」
「お〜、お疲れ」

場が悪そうに目を泳がす出水に、違和感を感じた彼女はもしかして大事な話でもしてた? と二人に問いかける。図星を喰らった出水は、顔を歪ませ、隠岐はそんな出水の顔を見て耐えきれずに笑いをこぼした。

「えっ、と、なんかごめん……」
「いや悪ぃのは俺らの方だから、じゃあ俺は行くわ」
「え、あ、うん?」

気を使ってやったんだぞと言わんばかりの顔で、出水は隠岐に向かってべーっと舌を出す。隠岐は会釈をして出水の後ろ姿を目で追いかけた。

「出水と隠岐くんって仲良かったっけ?」
「同い年やし、ちょっと話すくらいの仲ではあるで」
「そうなんだ」

飲料水のラインナップを目の前にし、うーんと唸る彼女。隠岐は彼女の背後から、えいっとカフェオレのボタンを押した。

「あ、」
「もしかして飲めへんやつやった?」
「ううん、それにしようと思ってた……」

突然近づいた距離に緊張して、言葉が詰まる。彼女の様子を察した彼が彼女の顔を覗き込むようにして目を合わせた。

「うん、今日も可愛ええよ」
「か、可愛い……!?」

ぼんっと音がなるように耳まで赤くなった彼女を見て、彼は満足そうに笑うのであった。



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