逢いに愛

怖い夢を見た。目が覚めると冷や汗をかいていて、ほんのりと自分の背中が濡れていた。無造作に転がっている端末を手に取り、電源をつける。時刻はまだ深夜二時、眠りについてから一時間も経っていない。目覚めてしまえば、夢の内容なんか忘れてしまうのだが謎の恐怖が体にまとわりつく。目を閉じても、眠れそうにはなかった。
寝起きで重い身体を起こし、彼女は玄関の方へと足を引きずらせる。
玄関の前に腰をかけ、深呼吸をする。真夜中の澄み切った空気は嫌いじゃなかった。

きっと彼はまだ寝ているであろう。端末に映る「隠岐孝二」のトーク画面を開きながら、打っては消しを繰り返す。会話の最後には可愛らしい猫のスタンプがおやすみと挨拶を告げている。夜中に通知音で起こしてしまっても申し訳ないと思いつつ、彼の声が聞きたくて仕方がなかった。
トーク画面と睨み合いを続けて、はや五分。彼女は「起きてる?」の一言だけ送った。気付けば時間は深夜二時半を過ぎようとしている。ほんの少しの期待を抱きながら、彼女はトーク画面を何度も開く。彼も今日は防衛任務で疲れているはずだ。迷惑はかけられない。そう思って彼女は、送信取り消しの文字をタップする。大人しく寝る努力をしよう。

ブーッと端末が音を立てる。
起きとる、どうしたん? なんかあったんか?

立て続けに送られてくる文章に、彼女は嬉しさを感じると同時に、罪悪感に襲われた。返信を渋っていると着信がかかってきた。

「もしもし、」
「送信取り消しなんかしてどないした?」
「あっ、あれって通知いくんだね……」
「そうやな。おれも何かと思ったわ」

そのまま何も言えず、沈黙が続いてしまう。隠岐は優しく彼女の名前を呼ぶ。

「何かあったんやろ?」
「えっと、ちょっと怖い夢を見て」
「夢?」
「そう。眠れなくなっちゃったから隠岐くんの声、聞いたら寝られるかなって……ごめん、起こしたよね」

隠岐は、思わずベッドから身体を起こした。頭をかきながら彼は「起きてたから大丈夫やで」と声をかける。
彼女との会話を終わらせたあと彼は寝ずに起きていた。そろそろ寝ようかと思っていたころに、彼女からの連絡が入った。確認しようとする前に、送信取り消しの通知がやってきて、急いで返事を返したのだった。

「自分、今どこにおるの?」
「今? 家の前だけど」
「おれが声だけじゃ満足できんくなったわ。そっち行ってもええか?」
「い、いいけど……明日も学校だよ。寝なくて大丈夫なの?」
「それはお互い様や。今ここで会えない方が俺は寝られへん」

電話越しから、彼が玄関の鍵をしめる音が聞こえてくる。本当にこっちに向かってくるようだった。彼女の家まではそう遠くはない。けれどもこんな夜中に来させるのは、申し訳ない気持ちでいっぱいである。本当は電話じゃなくて、会いたかったのは彼女だって同じだった。

「私も途中まで行くよ。公園までだったら行けるよ」
「あかん。今何時だと思うてんの? 危ないから絶対ダメや」
「隠岐くんだって危ないじゃん」
「おれは危なくない。こんな男に興味あるやつなんかおらへん」

彼に言われたとおり、彼女はその場で大人しく待つ。春の夜はまだ肌寒さが残り、薄着の彼女はくしゃみを一つ零した。

「薄着なん? ちゃんとあったかい格好してや」
「そんなに薄着でもないんだけどな」
「この時期はまだ寒いんやで 気ぃつけや」

端末を当てた右耳と、反対の左耳から同時に「あ、居った」と彼の声が届いた。ぴろんと通知が切られて、少し息を切らした彼が近寄る。

「やっぱり薄着やないかい。風邪引いたら困るで」
「隠岐くんだって薄着じゃん」
「おれは走ってきたからぽかぽかやねん。何なら汗臭いくらいや」
「ごめんね」
「謝らんといて。おれ、彼氏やから何でも聞いたるよ」
「ごめんね。ありがとう」
「また謝るやん、ええよ」

汗で額にくっ付いた彼の前髪を撫でる。すると、へらりと笑って彼も彼女の髪に触れ、耳に掛ける。

「一緒に住めたらええのになぁ」
「えっ、す……っ!」
「嫌か?」
「い、嫌じゃない……」
「じゃあ待っとってな」

するりと撫でられた左手の薬指に、彼女はまた顔を赤くした。

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