迅の目にはいくつもの未来が見えているそうだ。
初めて聞いた時はにわかに信じ難い話だと思ったのだが、彼の言う通りに事が進んでいくのを目の当たりにし、信じざるを得なくなってしまった。
都合よく彼の目に視えるものに頼りきってしまうのは、どうかと思う。けれども彼はいつも私の前にやって来て一言だけ助言をするのだ。毎朝の占いコーナーと同じ感覚で、今日も彼からの言葉に耳を傾ける。
「今日は、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「え? いつもの今日の占いコーナーはないの?」
「占いコーナー? おれのサイドエフェクトは占いじゃないよ」
「分かってるよ。でも毎日今日はあれに気をつけてねとか、これ忘れないでねとか言われたら、占いみたいな感覚になっちゃうよ」
「はは、君のために助言しているつもりなんだけどなぁ」
「それはちゃんと分かってるってば。言葉の綾だよ」
私はこれから防衛任務。彼はきっといつものように暗躍に精を出すのだろう。最近入隊した新人メガネくんにお熱いようだ。多分今日もそのメガネくんとやらに関わることに違いない。彼のようなサイドエフェクトは持ち合わせていないが、彼のことは何となく分かってしまうのだった。
それは、私が彼のことを見すぎているからなのだが。
未来を視ようとすれば、私が彼に告白する未来だって視えるに違いない。未来は無数に広がっているだとかなんだとか。彼はよくそんなようなことを口にしている。今の所、私が彼に告白する未来は恐らくない。
「もし、明日世界が終わるなら君はどうする?」
「う、えっ?」
ちゅーっとストローで口にしていたりんごジュースが、口から飛び出しそうになる。想像より斜め上の質問に思わず、言葉が何も出てこなかった。
「何? 世界が終わる未来でも見えてるの……」
「そんな大袈裟なものじゃないよ。でもまぁ、近界民がこっちに攻めてくる未来は視えてるかなぁ」
「そう、なんだ」
さらっと重要な言葉を述べているような気がするが、触れることすら諦める。無駄に話の腰を折ってしまえば時間に遅れてしまいそうだ。
「それで、君はどうする?」
「人生で1回はやってみたかったことをやってみる……とか」
「例えば?」
「た、例えば?!」
私の反応を見て愉しげにこちらを見る彼。そんな大したことは言えないのだから、期待しないで欲しい。
「ホールケーキ1人で食べてみるとか、バンジージャンプするとか……」
「もっと物騒なことでも言うのかと思ったよ」
「……私のことなんだと思ってるの」
かく言う彼はどうなのか。彼の方をじっと見つめ、迅なら何をするのと言いたげな視線を送る。それを感じ取ったのか、はたまたサイドエフェクトで未来を視たのか。彼はこちらを見ることなく、おれはねと話を始めた。
「おれはね、世界が終わるよりも先に殺したい相手がいるんだ」
「それは、近界民……ってこと?」
「残念ながら違うんだ。世界が終わるってどう終わるか分からないでしょ? もしかしたら大量殺人のせいで壊滅的になるみたいなことかも知れない」
「あ、うん」
彼は疲れているのかもしれない。いつもどことなく掴めない発言をするが、今日は特におかしい。
「だからね、誰かに殺されるくらいなら自分の手で殺したいんだよね。おれの手で死んで欲しい」
「迅のそれは、どういう感情なの?」
彼は足を止める。釣られて私も足が止まる。思えば二人しかいないこの廊下はやけに声が響いていた。
「好きだから、おれ以外の誰かに汚されるのが嫌なんだ。だったらおれが汚す方がいい。ねえちゃんと聞いて、これは告白なんだよ」
「え、こく? 告白?」
まるでサイドエフェクトの影響を受けているかのように、彼の声だけが耳に直接響いて頭がガンガンする。告白って、もっとロマンチックなものじゃないのだろうか。それともこれはただの告白なのだろうか。
「そう、告白。だから殺されないでね、お前が死んでいい時はおれが殺すときだけだから」
小さな子供を撫でるように、優しく頬に触れる。思わず目を閉じてしまったが、それでも彼が笑っているのが視えたような気がした。
「好きだよ」
囁かれた愛の言葉は、甘ったるくて胸焼けがしそうだった。
私もという言葉を見透かしたように、返事をする前に口が塞がれてしまった。
どうやら私はいつの間にか彼に溶かされていたらしい。