チョコレイト

「奈良坂くん、もしかしてお菓子好き?」
「……急になんだ?」
「あ、すごくこっちを見てたから食べたいのかなって……」
「……悪い。無意識だ」

奈良坂が無意識に視線を向けていた先は、彼女の机の上にあるチョコブラウニーであった。甘い香りに誘われて自ずと目で追っていたようである。

「なんで、チョコブラウニー?」
「ああ、私ね料理部なの。それでお菓子作りしたんだ」
「そうだったのか、それは知らなかった。上手いんだな、すごく美味しそう」

チョコブラウニーに目線を落とし、顔を上げて彼女の顔を見てそう言う彼。彼女は思わず目をぱちぱちとさせて、照れくさそうに笑った。

「なんか、ありがとう。良かったらひと口食べる?」
「いいのか?」
「うん。褒めてくれたお礼」

彼女は鞄の中から、小分けにされた小さなチョコブラウニーを取り出して彼の机の上に置いた。出来たてなのか、少しまだ温かさが残っている。

「ありがとう、今日任務の前に食べることにする」
「小腹の足しにしてくれたら嬉しいな」

嬉しそうに両手を重ね、笑う彼女に彼も思わず笑みが零れる。鞄の中から覗くチョコブラウニーが、今日一日の原動力であった。


基地へと向かう道中、ぐうっと自身のお腹が小さくなるのが聞こえた。奈良坂は、鞄の中に大事にしまってあるチョコブラウニーの存在を思い出す。シンプルなラッピングにも関わらず、こんなにも魅力的に見えるのは作る人間の人柄がお菓子にも出ているからに違いない。彼は、チョコブラウニーを取り出し、一切れだけ口の中へ放り込んだ。

「……うま、」

袋の中に残るチョコブラウニーをまじまじと見つめる。隣の席の彼女にお菓子作りのセンスがあるなんて知らなかった。

「お? それどっかで買ったやつか? それとも誰かの手作り?」
「隣の席の子に貰った。美味しそうだと褒めたらお礼にってひとつくれたんだ」
「へ〜店に売れるレベルじゃね? 確かに超美味そう」
「あげないぞ」
「いや欲しいなんて言ってねえよ」

そうは言っても、米屋は奈良坂の手にあるチョコブラウニーから視線を外すことはなかった。本当はもう少し味わって食べたかったが、他の誰かに食べられてしまう前にと、奈良坂は残りのチョコブラウニーも口にした。
明日彼女に会ったら、もう一度お礼を言おう。彼はそう心に決めてチョコブラウニーの入っていた袋を丁寧に鞄の中へとしまった。


翌日の朝、普段よりも早く登校したのにも関わらず隣の席の彼女は既に自分の席に座り、勉強をしていた。隣の席であるはずなのに、気付かないこと、知らないことばかりで正直彼は驚いている。
奈良坂の存在に気付いた彼女はペンを走らせるのをやめ、おはようと声を掛けた。

「チョコブラウニー、美味しかった。ありがとう」
「こちらこそ食べてくれてありがとう。お口にあって良かった」
「冗談抜きで一番美味しかった」
「なにそれ、ありがとう。そう言われると作ってよかったなぁ、奈良坂くんチョコレート菓子好きだもんね」

彼女にそう言われて、いつ彼女にチョコレート菓子が好きだと言ったのだろうと記憶を辿る。彼女の方へ視線を向けると、気まづそうに目を泳がせていた。

「どうした?」
「あ、いや、チョコレート菓子好きって言うの三上ちゃんに聞いたの……」
「そう、だったのか?」
「奈良坂くんと、お友達になりたいって言ったら三上ちゃんがチョコレート菓子が好きって教えてくれたの」

何だか気持ち悪くてごめんね。彼女のその言葉を聞いても、眉を下げて顔を隠すように笑う彼女を見ても、彼は彼女のことを気持ちが悪いだなんて思わなかった。

「俺も、」

彼女の作るお菓子の味は好きだ。他にも彼女の作るお菓子を食べたいと思ったのも事実である。だから彼のこの言葉に嘘はない。

「他のお菓子も、食べてみたいって思ったんだ。だからおあいこだ」

目を見開いて、ぽかんと口を開ける彼女。何か間違ったことでも言ったのだろうか。彼は弁解をするように、慌てて言葉を続けようとした。その言葉を塞ぐように彼女は矢継ぎ早に話を進める。

「あ、あとね! 私はガトーショコラもよく作るの! だからね」

ほんのりと赤く染まった彼女の耳に気付いた彼は、自身の体温が上がっていくのにも気付く。俯いて話す彼女の顔が上がって、ばちんと目が合う。想像よりも近い距離にお互いの意識が集中して、顔が熱くなった。

「……また、食べて欲しい。な」

手のひらで顔を覆っているが、彼女の真っ赤な顔は隠せていない。照れくさそうに笑う彼女の顔が可愛らしくて、彼女の表情を見られそうにない。

「ああ、楽しみにしている」

彼はただのその一言を告げるだけで精一杯だった。
それでも彼女はその言葉に嬉しそうに笑い、待っててねと言うのだった。


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