〈慶舎〉私が死期を伸ばします

※主人公トリップ設定


よく晴れた日の慶舎邸。

『慶舎〜〜〜〜』

今日は非番をとっていると聞いていたため、慶舎がいるであろう部屋を訪ねた。

『何してるんですか〜』

そう言いながら、板に向かって考えている背後に話しかけた。
板にはコマが並べられており、漫画の世界で見た軍議のように見えた。

「なんだ、そちらの世界にはないものか」

こちらに振り向くことはなく、慶舎が名前に向けて話しかけた。

『どうだろう・・・近しいものはあると思うけれど、そもそも現代ではボードゲーム自体遊んでる人が少ないように感じます』

「ぼーどゲー・・・む?また未来語の類か」

慶舎は手に持っていた駒を置くと少し考えるような仕草をした。

「未来人と勝負がしたい」

『宇宙人みたいに言わないで欲しいですよ全く。唐突な発言に無表情が拍車をかけて、ギャグに聞こえちゃいますから」

私が未来人であれば、未来の知識があるのだろうと思っているのだろうか。
私の知能は現代でもあまり褒められたものではない。ましてや軍の動かし方など習う機会も必要となる機会もなかった。
名前が考えるようにぼーっと立っていると、慶舎が返事を待たずして、盤上を整え始めた。

「始めるぞ」

『いやちょっと待ってください、いきなり』

「好きに動かせば良い、軍の知識がないにしろ、この世界の知識であれば多少心得ているのではないか」

確かに、慶舎のいう通りである。トリップしてきた私には、この世界の戦いについて知っている部分がある。
簡単なところで言えば、軍の数の種類や役割など。

無知ではない・・・・、ただ本当に無知ではないだけで、戦略等について全くの初心者である。

そんな私が、李牧に勝たんとする軍略の天才に向かって、勝負などと、恐れ多い話である。
負けたところで、命が取られるわけではない。恥を忍んで盤上の駒を進めた。

トン

トン

駒を動かす音が部屋に響いていた。

「なるほど、少数の兵を山に回しているか」

「だがその兵は死兵だ。本陣のもとに届かぬ」

これもこの世界のどこかで行われたい戦の再現か?と表情こそ変えないが、面白いと行った顔で慶舎が言う。
普段無表情で、好き嫌いを察することが難しい慶舎だが、この時間に対しては


『そう言えば、当たり前ですが、実際の戦もこうやって兵が動いているんですよね』

「急だな。その通りだ」

それがどうかしたか?と慶舎が覗き込んでくる。


『私の生きている世界では、戦争はあれど、こんなに頻繁にはないし、戦死だなんて実感が湧かない事で』

『この世界に来てこうやって軍の駒を動かしてると、なんだか実感しちゃって・・・』

「名前は戦にはでないだろう。まず、李牧様が許可しない」

『わかってる、この世界でも実際に戦を見ることはないのだろうけど』

先ほどとは打って変わってどこか悲しい顔をする名前を、慶舎は無言で見つめていた。


「この世界では、大切な人が急に死んでしまうかもしれないんだなって』

トリップして、漫画では知らなかった世界の雰囲気や臨場感を見て知ることができた。
けれど一番に感じたのは、紙の中で見る死と、現実に見る死である。
私は目の前にいる慶舎がいずれ死ぬことを知っている。だからこそ、漫画では知らなかった慶舎をもっと知りたいと話しかけてきた。

「なんだ、そんな事を考えていたのか」

『なんだって・・・、私は・・・』

「未来を知っているから、だろう』

慶舎の言葉にゆっくりと頷く。

「他のものは知らないが、私は今のところ死ぬつもりはない」

「この世界にはなかったものが今はある」

「名前が私のもとにいてくれることで、少し私の死期は遠のいたかもしれない」

『何それ』

「なんでもない、続きをするぞ」

このままでは名前の負けだ。と慶舎が言う。
その顔は先ほどよりも一層嬉しそうにクスリと笑う。

その顔はまるで、生涯を添い遂げる伴侶に向ける顔のようだった。


今の私に、慶舎の死期が変わってしまうかどうかはわからない。
でも、死ぬまでの間を原作よりも楽しくしてあげられる手助けならできるかもしれない。

気づくと、盤上の戦は私の負けで終わっていた。


『慶舎、もう一戦行きますか!」

「嫌がっていたと言うのに、わからんやつだな」

『今日から毎日、私が勝つまで続けます!」

「当分時間がかかりそうだな」


だからそれまでは、死なないでくださいね。慶舎。



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李牧との後日談

「鶏舎は名前の前では表情をよく変えますね」
「ええ、名前との時間はとても楽しいです」
「笑うことは健康にいいと風の噂で聞きましたよ、慶舎」
「そうですね、そうかもしれません」
(名前の笑顔で寿命が伸びている気がしますから)