シルヴァンと支援S

 1181年花冠の節。
 ゴーティエ家の嫡子が結婚する、という書状はファーガスの主要貴族へ広く送付された。
 この時世なので盛大な式は行わず、身内だけで行うという文言が書かれた紙をナマエは何度も見直して、小さく息を吐いた。

「本当だったら、イングリットたちにも来て欲しかったけど」

 真っ白なドレスに身を包んだナマエが頭の飾りを揺らしながら漏らす。
 普段あまりしない化粧を施された肌は白く、唇は艶っぽい赤が塗られた。いつも乱雑に括られている髪も今日ばかりは綺麗にまとめあげられ、仕上げに白い薔薇の花冠を乗せてある。

「この時期に式を挙げること自体が大変なことだもんね……」

 ファーガス神聖王国は今まさに混乱の最中で、無論ゴーティエ家も多忙の一途を辿っており、今日はほとんど無理やり時間を作ったようなものだ。
 わざわざこんな時に式を挙げなくても、と思うが、シルヴァンはこんな時だからこそ挙げたいと言った。
 嫡男として、また一騎士として公国との戦いに身を投じるシルヴァンは明日をも知れぬ身である。
 だからこそ、今、生きてるうちに形にしたいと懇願されて断る訳がない。
 もともと士官学校を卒業したら結婚する予定だったので心情的に問題もなく、むしろ嬉しかったくらいだ。
 部屋に置かれた椅子に腰をかけたナマエはぼうっと窓の外を見て、────色んなことがあったなあ。
 支度は完璧に終わっており、後は呼ばれるのを待つだけのナマエが頬杖をつきながら、ここまでの紆余曲折を思い出して口角をあげた。
 と、そのとき扉を叩く音が部屋に響いた。

「ナマエ?」

 待ちわびた声に、緩んだ頬はもう戻らない。

「入っていいよ」

 若干照れ混じりに告げると、ゆっくり扉が押し開けられた。
 グレーのタイとベストにシンプルなタキシードを合わせたシルヴァンの胸にはナマエのものと同じ白い薔薇が刺さっている。
 額を出すよう整えられた髪型のせいか、いつもよりずっと大人に見えて、落ち着かない。
 シルヴァンもシルヴァンでそわそわと手が開いたり閉じたりしている。

「……綺麗だ」

 ようやく絞り出したシルヴァンにナマエがはにかんだ。

「シルヴァンも、かっこいいよ」

 式まではまだ少し時間がある。
 椅子に腰掛けるナマエに歩み寄ったシルヴァンの瞳が柔らかく細められた。

「本当、綺麗だ。イングリットたちにも見せてやりたいくらい」
「あ、ありがとう」

 直球な褒め言葉はまだ慣れない。
 しかも、今のシルヴァンはいつもの四割増でカッコよく見えるから余計に。

「シルヴァンも、かっこいいよすごく」
「おう」
「額出してるの大人っぽくて好き」
「そうか?ナマエが言うなら普段からこの髪型ってのもありだな」

 二人で笑い合うと、今が戦争中なんてことを忘れてしまいそうになる。
 こんなに幸せでいいのだろうか。
 ナマエは言葉にしなかったが、シルヴァンはその心の機微をあっさり読み取った。

「幸せになってもらわなきゃ困る」

 ナマエの頭を撫でようと伸ばされた手が、ヘアメイク後だというのを思い出して止まる。
 代わりに頬を軽く指の背が触れた。

「そのための結婚だからな。紋章でも貴族でもなんでもなく────ただの一人の男と女の幸せのための結婚だ」

 頬から流れた手がナマエの指を掬って、優しくそこに唇を落とす。

「私、今すっごく幸せ」
「……俺もだよ」

 頬を赤らめて微笑んだナマエにシルヴァンも柔らかい笑みを返した。
 唇の代わりにどちらからともなく額を合わせると、シルヴァンがゆっくり口を開く。

「大切にする。めちゃくちゃ大切にする。ナマエさえいてくれたら他は何もいらない」

 いつのまにか両手を握られていて、そこから伝わる熱はひどくあつい。

「愛してる」

 ナマエの瞳が泣きそうに揺れる。
 こんなに幸せでいいのだろうか。
 思わず力の入った手を、シルヴァンが応えるように握り返した。
 ────ああ、もう、痛いくらいに、
 
「愛してる」

 震える声で伝えた愛は、堪えきれなかった唇に飲み込まれる。
 歪んだ視界の先で同じように目尻に涙を溜めるシルヴァンを見た。
 熱くて柔らかくて優しい唇は塩の味がした。