シルヴァンと支援A+
宴も終わり、それぞれ寮へと帰る中、シルヴァンはナマエの腕を掴んだ。「話がある」
「……ハイ」
逃げようか一瞬画策したが、あまりの圧にナマエは項垂れるように頷く。
横目でイングリットとディミトリが助けるか悩んで諦めるところまでバッチリ見えた。
腕を掴まれたまま引きずられるように向かったのは寮と逆の方向、厩舎前だ。
「……シルヴァン?」
足を止めたシルヴァンを窺うと、怒っているような悲しいような瞳が覗く。
普段あまり見ないその表情に喉の奥がひりついた。
「意識に齟齬があるよな、俺ら」
さすがにシルヴァンが何について言っているのかは訊かなくてもわかる。
「そうだね……盛大に」
頷いたナマエを見て、シルヴァンも首を縦に振った。
「一応確認なんだが」
「うん、一応ね」
真面目な顔を突き合わせ、
「俺たち付き合ってるよな?」
「私たち付き合ってないよね?」
同時に吐き出した言葉は見事にずれた。
ぐっ、と揃って息を飲む。
先に口を開いたのはシルヴァンだ。
「ちょっと待て。じゃあ、あの日言ったのは何だったんだよ?」
あの日。
ナマエは思考を巡らせた。
「婚約者でいようって話だよね?」
「そうだけど、そうじゃないだろ」
頭を抱えて唸るシルヴァンにナマエも顔をしかめる。
だって、あの日それ以上の話をした覚えがないのだ。
「俺は結構はっきり言ったはずだぞナマエ。結婚するならお前がいいって」
「そっ、それで付き合ってるってなるの!?」
「ナマエだって、自分から婚約破棄はしないって言っただろ」
「言ったけど……」
ナマエが眉を寄せた。
「シルヴァンも三年前から言ってたじゃん」
俺から婚約破棄はしないから安心しろ。
そう言ったのを忘れたとは言わせない。
「それとこれとはどう考えても別だろ……!」
「なんで!?」
心底わからない、というようにシルヴァンとナマエはお互い顔を見合わせた。
しばらく睨み合った後、折れたのはシルヴァンである。
「わかった。俺とナマエは付き合ってないんだよな、まだ」
やけに最後の一言を強調したシルヴァンを不思議に思いつつ、ナマエが頷く。
それを見てシルヴァンは言葉を続けた。
「で、ナマエは俺のことが好きだし、俺もナマエのことが好きだ」
「……えっ」
「……なんでそこで驚くんだよ」
目を見開いたナマエに、シルヴァンが呆れまじりのため息を吐いた。
ナマエは、だって、と口ごもらせている。
「好きとか、言ってないし、言われてないし」
────言外に伝えてただろ、お互い。
シルヴァンが呆れたように額へ手を当てる。
「結婚したい、なんてほとんど同義だろ……」
まさか本当に察していなかったとは。
どうりでここ最近、ナマエと意見やら行動やらがすれ違うわけだ。
再びため息を吐き出すシルヴァンをナマエは微妙な表情で見た。
「ちゃんと言葉にしてくれないとわかんないんですけど。シルヴァン口説くの得意でしょ」
言葉にトゲがあるのは気のせいじゃない。
シルヴァンの唇が震えた。
今ここで口説けっていうのか、お前は。
おそらくナマエのことだからそこまで意識しておらず、売り言葉に買い言葉な勢いで発言したことだろう。
けれど、そう言われてしまっては引くわけにもいかない。
「厩舎の前だぞ?いいのか?」
「どこでも変わらないでしょ」
せめてもの抵抗に訊いてみても、珍しく頑なになったナマエは譲らなかった。
いくらか唸ったシルヴァンが、観念してナマエの手をそっと掬った。
そこでようやくナマエは自分がなにを言っていたか理解したらしい、頬を赤くして逃げるかどうするか画策を始めた。
が、もう遅い。
シルヴァンは柄にもなく早鐘を打ちはじめた心臓に気づかないフリをして、ゆっくり口を開いた。
「ナマエ、好きだ」
まさか自分がこんなにシンプルな言葉しか思い浮かばないとは。
他の女子生徒へ囁いたように、もっと甘い言い回しだとか、手っ取り早く腰を抱いてしまうとか、方法はいくらでもあった。
けれど、ナマエにはできなかった。したくなかったのだ。
頬がじわじわ熱を持ち始めた頃、ナマエがシルヴァンの手を握り返した。
「……私も、シルヴァンが好きだよ」
緊張しているのか、若干硬くなった声はいつもより低い。
「紋章が無くても、ゴーティエじゃなくても、シルヴァンが好き」
柔らかい微笑みが滲んだ顔は赤く、握る手は微かに震えている。
────ああ。やっぱりお前、眩しいよ。
シルヴァンは目を細めて、片手をナマエの頬に移動させた。
「好きだ。本当に好きなんだ。……ずっと俺の隣にいてくれ」
触れた頬は柔らかくて熱い。
小さな唇がゆっくり動いたのを阻むように、自分のそれをそっと押し付けた。
驚いて息を飲むナマエをすぐ近くで感じつつ、頬をなぞる。
十秒にも満たない時間で離した唇が物足りないと言わんばかりに熱を持つ。
「なあ、ナマエ」
もう一回、と懇願するシルヴァンの瞳に映ったナマエは、真っ赤な顔で状況を理解できないでいた。
頬を大きくて厚い掌に撫でられ、左手はしっかりと包まれている。自然と息が漏れた。
とにかく熱いのだ。頬も、瞳も、手も、耳も、唇も、体全部が熱い。
「ナマエ」
低く囁くように呼ばれた名前に、ぴくんと体が震える。
目の前には同じく熱に浮かされた瞳をした男がいて、その親指が返事を促すようにナマエの唇をゆっくりなぞった。
────もう、どうにでもなれ。
観念して目を瞑り頷くと、すぐに柔らかい優しい感触が訪れた。
熱くて、甘くて、溶けてしまいそう。
さっきよりもずっと長い口付けは、ナマエの思考を簡単に奪っていった。