シルヴァンと支援C

「おっ、ナマエ良いところに!ちょーっと助けてくれないか?」

 士官学校に入ってからシルヴァンと前より関わる機会が増えた、とちょうど自室から出てきたばかりのナマエは思った。
 主に面倒な方面でだが。

「え、やだ」

 どうせ女性関係だと察したナマエが即座に切ると、シルヴァンは両手を合わせて「頼むよ」懇願した。
 
「変に噂がたったら困るのシルヴァンだよ」
「いーや、そこは幼馴染だろ?俺とイングリットに変な噂があるか?頼むよナマエ」

 ちょっと部屋に匿ってくれれば良いんだ、赤に近い橙色の髪がナマエの顔の高さまで下げられる。
 普段見ることのないつむじを眺めながらナマエはため息を一つ。

「あとでイングリットと殿下に相談しよ……」
「いやあ、さすが優しさに定評があるナマエちゃんだな」

 へらりと笑ってみせたシルヴァンをしぶしぶ部屋に上げる。
 遠慮もせず入り込んだ男は、まるで自室かのようにベッドへ腰を下ろした。

「あー、まいったまいった」

 まいってるのはこっちですけど。
 軽く睨んだナマエをシルヴァンは肩を竦めて受け流す。

「悪かったってナマエ。今度おいしいお菓子でも買ってやるから、な?」
「シルヴァン私のこと何歳だと思ってるの」
「立派なレディーとして扱ってるさ」

 女たらしの名にふさわしい笑顔でシルヴァンがナマエの腕を引いた。思いがけない事態にバランスを崩したナマエがそのままベッドへ倒れ込む。
 そこまで柔らかくもないベッドに鼻を強打したらしい。肘をついて起き上がったナマエの鼻は赤くなっていた。

「立派なレディーをベッドに転がす騎士がどこの世界にいるのか聞きたい……」
「いや、まさか顔面からベッドに突っ込むとは思わなかったからなあ」

 シルヴァンがくつくつと笑った。
 なんだかんだでシルヴァンに甘いという自覚はある。唇を尖らせるにとどめたナマエは体勢を整えて、未だに肩を震わせて笑っているシルヴァンの隣に腰を下ろした。

「ちょっと、笑いすぎ」

 言いつつ、この屈託のない笑顔が自分に向けられたのは久しぶりで、もう少し眺めていたいような気もする。
 睫毛は長く、甘く垂れた瞳は柔らかい。反比例するように上がっている眉も、気の抜けた笑顔を見せる今は下がり気味だ。
 近くで見ると、改めて女の子たちが放っておかない理由が分かった気がした。

「ほんっとナマエは見てて飽きないよ」

 ひとしきり笑ったシルヴァンがようやく言葉を発する。
 その声はひどく優しくて穏やかで、まだ二人の間に微妙な距離なんて無いのときのそれと同じだった。
 もちろんあの時よりもずっと低い声なのに、もどかしいくらい懐かしくて愛おしい。

「シルヴァンもね」
「そうか?面白いことなんてなーんにもしてねえけど」
「綺麗に手形が付いてるの見ると、すごいなぁっていつも感心するよ」

 悪戯っぽく笑うナマエの顔はまだ幼さが残っている。
 シルヴァンに純粋で綺麗な少女の幻想を抱かせたあの頃の面影。

「……寛大な婚約者様に感謝しなきゃな」
「そんなのいまさらでしょ。気にしてないからいいんだって」

 お互い戻れない過去を懐かしく思いつつも、決して戻りたいとは思わない。
 今は、この曖昧な距離感が心地よいのだ。

「なあ」

 シルヴァンが大人びた瞳を細くした。

「ナマエは、俺のことどう思ってるんだ」

 いつかマイクランがナマエにしたのと同じ問いを投げかけたシルヴァンの表情は明るいとは言えない。
 細くて白い首が驚いて息を飲むように小さく上下した。
 ほんのわずかに間をとったナマエが、何かを決意したような、しっかりとした目つきでシルヴァンを見る。

「大切な人だよ、とっても」

 ────ああ。
 シルヴァンが祈るように天を仰いだ。
 あの頃と一字一句違わない答えに安堵した自分が酷く滑稽なものに思えた。
 そんなことを聞いて、今さらどうしようというのか。真っ直ぐにこちらを見るナマエの視線が嫌に刺さった。

「……さて」

 古いベッドがギシリと音を立て、またいつもの大人になろうとする顔でシルヴァンは笑う。

「助かったよナマエ、ありがとな」

 振り返ることもせず出て行ったシルヴァンの背中をナマエは何も言わずに見送ることしかできない。
 ドアを閉まったのを確認したナマエの口からため息が落ちた。

「ほんと、勝手な人」

 閉じたドアは何も答えない。