イングリットと支援B
「一言ナマエからもガツンと言ってやればいいのよ!」「イ、イングリット、しーっ!」
拳を握ってそう語るのはナマエやシルヴァンの幼馴染であるイングリットだ。話題はもちろんと言うべきか、例の素行の悪い幼馴染についてである。
騒がしい食堂でも目立つほどの声量に、ナマエは慌てて人差し指を唇に当て目の前の友人を宥めた。
「イングリットや殿下が言っても気にしてないなら、私が言っても無理だよ」
自分の声量に気づいてやや縮こまったイングリットにそう言うと、彼女はさっきよりも小さな声でナマエに返答した。
「そうかしら……。シルヴァンはなんだかんだ言ってナマエに甘いし」
「いやいやいやいや。何をおっしゃるイングリットさん」
シルヴァンが?自分に甘い?
ナマエの顔が思い切り歪んだ。
たしかに幼少の頃はそんなことがあったかもしれないが、ここ最近甘やかされた覚えは微塵もない。
ありえません、と首を横に振った。
「シルヴァンのことは別に気にしてないからいいの。ところで、イングリットこそお父さんからまた手紙来てるんでしょ?」
あまり長引かせたくないナマエが無理やり話題を転換すると、今度はイングリットが顔をしかめた。
「……そう、なのよ」
心底悩んでいるであろう友人を見て、ナマエはこの話題を選んだことを後悔した。
「家のためにもいつか結婚しないといけないのはわかっているのだけれど……」
イングリットの家もナマエの家と同じように財政が思わしくないというのは出会った頃に聞いた話だった。
「ナマエは、シルヴァンで良いの?」
不安そうに揺れた瞳がナマエを見る。
言われるまで考えることもなかったその質問にナマエは詰まった。
だって、物心ついたときにはシルヴァンはもう婚約者だったのだ。
その当時はお兄ちゃんのように思っていたが、大きくなるにつれて婚約の意味と、家のために我慢するべきことと、シルヴァンへの気持ちの変化が大きくなって────
「……考えたこともなかった」
ゴーティエ家に嫁げばミョウジ家は安泰だし、シルヴァンのことは嫌いじゃないし。むしろ小さい頃はシルヴァンと結婚できるのが嬉しかったくらいだ。
でも、だからこそ他の選択肢を考えたことがなかった。
シルヴァンじゃない、ほかの人、なんて。
「……私もそうだったわ。グレンと婚約しているときは、彼以外のことを考えてなかった」
イングリットの視線が机に落ちた。
「でも、彼がいなくなってしまったあと、フェリクスとの婚約を打診されたのを、私は断ったのよ」
今にも泣き出すのではないかと思うくらい震えた声が、ナマエの耳に刺さる。
このうるさい食堂で静かに語られているのに、嫌と言うほど響く。
「そこで初めて気づいたの。ああ、私、彼のことが好きだったんだ、って……」
彼とだから婚約を受け入れられた、というイングリットの気持ちを言外に感じ取り、ナマエの視線が揺れた。
「ナマエがシルヴァン以外の選択肢を出されて、それでもシルヴァンを選ぶのなら、私は喜んであなた達の背中を押すわ」
その言葉はどんな人から投げられるよりも重く、胸の底に大きく波紋を広げた。