星辰の節、17の日
前夜に白鷺杯が行われ、見事優勝を果たしたのは「おめでとうフェリクス!すごいね、ドロテアちゃんにも勝っちゃうなんて!」
「喧しい」
「フェリクスが選ばれたときは驚いたけど、踊るの得意だったんだねー!」
「うっとおしい」
「ほんとフェリクスが踊り上手なんて」
「お前の脳みそは空っぽなのか?さっきから付き纏っては同じことばかり……!」
凄まれてナマエは乾いた笑みを浮かべた。
白鷺杯でフェリクスが優勝した、というのを聞いて以来ナマエはずっと彼に伝えたいことがあったのだ。
いざ伝えようと目の前に立つと、なかなか口に出来ず、当たり障りのないことを繰り返していたのは自覚がある。
そしてそれを短気なフェリクスが怒るのは当然のことだった。
「フェリクス、その、あの」
いまだはっきりしないナマエにフェリクスは思い切り顔をしかめる。
それでもナマエが言葉を紡ぐまで待っているのは優しさだ。
ええい、ままよ。
ナマエは意を決してフェリクスに居直った。
「私に、踊りを教えてください!」
喋るのと同時に勢いよく頭を下げたナマエの右手が差し出される。
「断る!」
悩む間も無く一蹴したフェリクスは少なからず動揺したようで語気が荒い。
「お前は何を言っているんだ?ついに頭が沸いたのか?それとも変なものでも食したのか?」
「失礼な!至って正常ですけど!」
「ならば、何故そんな珍妙な話になるんだ!」
ナマエが言葉に詰まった。
奴に弱みを握られているので、その件に関して詳しいことは言えない。
「……ぶ、舞踏会があるので」
絞り出した返答にフェリクスの眉がますます顰められた。
「は?舞踏会など、どうせイングリットと飯を食らうだけだろうが」
「さっきから失礼だね!?私もイングリットもちゃんと踊るよ!」
「どうだかな」
こちとら踊りたくなくても踊らざるを得ない状況なんだよ!と、叫びたい気持ちをぐっと堪えてナマエは再びフェリクスに頭を下げた。
「お願いフェリクス!あと一週間しかないんだもん、このままじゃ恥かいちゃう」
「鷲獅子戦後にかききっただろう」
「それは……たしかに」
そう言われると確かにあれ以上の恥はなかなかない気もする。
────いや、そうじゃなくて!
流されかけた思考を慌てて戻して、再三フェリクスへ懇願した。
「本当にお願い!舞踏会のご馳走私の分もあげるから!お願いします!」
ナマエの一言でフェリクスがそわっとする。
これは、あと一押しか?
物は試しである。ナマエはフェリクスへもう一声添えた。
「今度イングリットおすすめの宿場の串焼きもつけるからお願い」
「……チッ」
フェリクスの舌打ちは了承とほぼ同意であることは長年の付き合いから察している。
思わず両手を挙げて喜んだナマエにフェリクスが二度目の舌打ちをした。
「ありがとうフェリクス!ほんとこれで死なずに済むよ!」
実を言うと最近あまりの踊れなさにクロードから物凄い睨みを受けていたところなのだ。
そこまで圧をかけるならペア解消してもいいものを、彼も彼なりに思うことがあるのか一向にその話にはならない。
だからフェリクスが踊り上手だと言うのは、まさにナマエにとって渡りに船だったのだ。
幼馴染なら気兼ねない上、フェリクスは余計な詮索をしない性質である。
「女神様は私の味方だ……」
もしかしなくても良い方に転ぶのでは。
この後、容赦ない指導がフェリクスから入るとも知らずにナマエは一人ほくそ笑んだ。
「はあ?」
「なんとかしろ」
夕食を済ませて席を立ったシルヴァンに、フェリクスが心底疲れたという声で言った。
思わず聞き返したシルヴァンへフェリクスは珍しく怒りもせず繰り返す。
「ナマエの見るに耐えない踊りのことだ」
「知るかよ……っていうかなんでフェリクスがそんなこと訊くんだ」
そもそも、なんでお前はナマエと会えてるんだよ。
結局ここ数日ナマエのことを捕まえられていないシルヴァンが独り言つ。
他の人の耳には入らない音量で告げられたそれに、フェリクスはもちろん気づかず続けた。
「踊りを教えろと頼まれた。お前がけしかけたんじゃないのか」
「は?そんなことなにも────」
言いかけて、シルヴァンは先日メルセデスに伝えられたことを思い出した。
ナマエが舞踏会に向けてなにやら張り切っているだの云々かんぬん。
「いや、そういうことか?」
それなら白鷺杯で優勝したフェリクスに弟子入りしたのも頷ける。
ただ、自分はなにも言ってないが。
「お前がけしかけてないのなら、あいつが勝手にやっているのか」
フェリクスが呟いた。
何か引っかかる。
「勝手にねぇ……」
シルヴァンは顎へ手を置き、違和感の理由を探った。やはり何かが引っかかるのだ。
最近のナマエを思い出しても、挙動不審だったり、不自然なまでに目を逸らしたり、腹立つくらい見つからなかったり────
「あっ」
シルヴァンが勢いよく顔を上げる。
「……クロード」
低く呟いた名前は何故かその違和感にぴたりと当てはまった。