戦後の宴
帝都アンヴァルが陥落し、アドラステア帝国の滅亡後、ファーガス神聖王国の名の下にフォドラは統一され、ディミトリは正式に王位を継ぐこととなった。五年半にも及ぶ戦乱はようやく幕を下ろしたのである。
それぞれがそれぞれの道を進もうという別れの前夜、祝勝会といった名目で宴が開かれた。
参加しているのは戦争に参加した一般兵や、尽力した元
「殿下、いや陛下もやりますねえ!」
大口を開けて笑いながらディミトリの肩を叩いたシルヴァンは若干酔っているようだった。
自然とディミトリの周りに腰を落ち着かせている元青獅子の学級の生徒たちが、シルヴァンへ視線を向けた。
「みんなの憧れの先生と結婚なんて、恨まれても知りませんよ〜」
「うるさいぞ、シルヴァン」
厄介な絡み方をされてディミトリの顔が険しくなる。それでも以前よりはずっと柔らかいので、悪い気がする訳ではなさそうだ。
「うふふ、そうねえ。みんなの先生をとっていったのだから、幸せにしてもらわないと〜」
「そうですよ!殿下、ちゃんと先生のこと幸せにしてくださいね!」
穏やかに笑ったメルセデスがシルヴァンに乗っかると、アネットもここぞとばかりに口を挟み、ディミトリを見た。
一同から視線を受けたディミトリは若干怯んだように口篭る。
そんな彼の言葉を代ったのはもう一人の当事者、ベレスだった。
「もう幸せだから大丈夫だよ」
出会った当初はほとんど表情の変わらなかった彼女の口元がやんわり孤を描く。
それだけでベレスがどれだけディミトリのことを想っているかはしっかり伝わった。
「いいなあ、結婚」
ベレスを羨ましそうに見てそう吐露したのはアネットである。「あらあら」とメルセデスがその様子を見て笑った。
「結婚といえば、ナマエとシルヴァンは随分と早くに結婚したのね〜?」
小さく首を傾げながら投げられた話題にシルヴァンは笑顔のまま「そうだなぁ」と頷く。
「まあ、もともと士官学校卒業したら結婚する予定だったから特別早かった訳じゃないんだ」
思い出すように目を細めたシルヴァンが手に持っていた酒を呷った。
「でも、そうだな。みんなにもナマエの花嫁姿は見せたかった」
本当に綺麗だったんだぜ、と熱のこもった声が吐き出す。
そんなシルヴァンに冷や水を浴びせるかのごとくフェリクスが鼻を鳴らした。
「それで、その花嫁殿はどこに行ったんだ」
「……イングリットと狩り、に」
食料が足りなくなった、もっと美味しいお肉が欲しい、などと言って二人で狩りに出かけたのはつい数分前のことである。
自分で獲ったお肉はなによりも美味しい、と言っていたのはイングリットだったか、ナマエだったか。
「先生。自分も行きたかったとそわそわしないでくれ」
何も言っていないベレスの心情を読み取ったディミトリが苦言を呈す。
「あらあら〜、夜なのに大丈夫かしら?」
「アッシュがついて行ったから大丈夫だろう」
心配そうに眉を下げたメルセデスに答えたのはドゥドゥーである。
弓要員として半ば強制的に連れて行かれるのを見ていたらしい。
「昔っからナマエもイングリットも向こう見ずというか……まあ、元気なのはいいことだな」
「それ本気で言ってます?」
ディミトリの発言にシルヴァンがとんでもないと顔をしかめる。
「……何かあったのか?」
「何かあったもなにも」
シルヴァンの口調が愚痴を言うときのそれになったのを察した一同は聞く姿勢に入った。
「ゴーティエ領にいるときも、ガルグ=マクにいるときも隙さえあれば勝手に外へ出て血みどろで帰ってくるんですよ!?」
想像した面々がそれぞれ苦笑だったり、呆れだったり反応を返す。
シルヴァンは拳を握って続けた。
「猪ならまだいいんです。問題は、同じ要領で間者だったり密偵だったりを捕らえてくることですよ……」
それは。とディミトリの顔がなんとも言えないものになった。
たしかに「元気」で片付けるのは些か図々しいかもしれない。
「勘弁してくれって何度思ったか……」
顔面血だらけで帰ってきたナマエを見るのは心臓に悪いのだ。
怪我をしたのかと心配するシルヴァンをよそに、そのまま笑顔で「猪獲ったよ!」だとか「間者捕まえたよ!」と自慢げに胸を張るのもやめてほしい。
「ナマエの兵種、盗賊とかアサシンとか暗躍系が多かったからかな」
「ちょっと先生、なんで得意げなんです?」
声に嬉しさが滲んでいるベレスにシルヴァンが眉根を寄せた。
その姿は教え子の成長を喜んでる教師そのものなのだが、今ばかりはその有能さを恨んだ。
「使える嫁をもらえて良かったじゃないか」
「お前なあ。使えるって言い方はないだろ」
興味の薄そうなフェリクスが投げやりな言葉を吐く。
「もう戦争も終わったから、きっとナマエも普通の狩りをするだけになるんじゃないかなあ」
「そうね、アン。きっとそうなるわ」
「普通の狩りも控えて欲しいんだけどな?」
おしとやかにとは言わないが、多少大人しくしててほしいものである。
額に手を当ててため息をついたシルヴァンをメルセデスが穏やかに笑った。
「ふふふ。シルヴァンって本当にナマエのことが好きなのね〜」
一体どこを取ってそう思ったのか。
メルセデスは笑顔のままシルヴァンを見た。
「シルヴァンが女の子の愚痴を漏らすなんて、士官学校の頃じゃ考えられないもの〜」
「たしかに! あの頃のシルヴァンは上辺だけというか、当たり障りのないことしか言わなかったもんね」
同意を示したアネットの言葉に頷いたベレスがシルヴァンを見据えて口を開いた。
「君の愛情表情はけっこう分かりにくいね」
「……そんなことないですよ」
多少自覚のあるシルヴァンが気まずそうに目を逸らす。
どうでもいいと思っている女の子に対しては余裕綽綽だが、ナマエ相手だと照れが出てきてうまくいかないというのはこの五年半で痛いほど学んだ話だ。
「でもまあ、メルセデスの言うとおり、ナマエのことはすごく大切です。自分の命以上に」
はにかんだような、普段よりずっと柔らかい笑顔をみせたシルヴァンの頬はほのかに赤みがさしている。
珍しい表情を見た、と感心する面々をよそにフェリクスは一人呆れ顔になった。
「面倒で重たい男だな」
再び鼻を鳴らしたフェリクスの言葉は聞こえないふりをした。
そんなの、自分が一番わかっていることだ。
「ただいまー!」
「戻りました! さ、調理しましょう!」
「疲れた……」
ほとんど空になった酒瓶を呷ると同時に響いた三つの声は注目を集めるに十分だった。
三人の後ろには大きな猪が二頭。
この短時間でよく二頭も見つけたな、と思いつつ、嬉しそうに笑うナマエへ視線を送る。
すぐそれに気づいたナマエの笑顔がまっすぐシルヴァンに向けられた。
「シルヴァン、ただいま!」
「ああ、おかえり」
ずっとこの笑顔を守りたいと思うし、自分だけに向けてくれればいいと思う。
────面倒で重たい男。
まったくもってフェリクスの言うとおりだ。
シルヴァンは小さく笑ってナマエの方へ足を踏み出した。