守護の節、7の日

「最近なんかナマエ大人っぽくなった?」

 紅茶を啜りながら訊いたのはアネットだ。
 メルセデスの部屋にお茶会という名目で集まったのは青獅子女子四人である。

「えっ、ほんと?」
「うん。なんだろう、表情かなあ」

 アネットがまじまじとナマエの顔を眺め、その様子を見ながらイングリットは「たしかに」と呟いて顎に指を置いた。

「何かが前と違うような……」

 そう言われて思い当たる節は一つしかない。
 件の夜を思い出して、頬に熱が集まるのを感じたナマエが慌てて口を開く。

「最近!」

 思ったよりも大きな声になってしまった。
 驚いたように目を見開くアネットやイングリットに向けて一度咳払いをし、仕切り直す。

「最近、朝部屋を出るとシルヴァンがいて、謎に香水吹っかけられるから、それかな」
「あらあら〜」
 
 思い当たる最初の事柄はとても皆の前で言えることではないので、次点をそれっぽく話す。
 メルセデスが口元に手を当てて微笑んだ。

「新手の嫌がらせにも思えるわね……」

 苦い顔をしたのはイングリットである。
 たしかにドアを開けてすぐ、おはようの挨拶とともに冷たい飛沫を浴びるのは良い気分とは言えない。

「そう言われると……なんか自分が臭いものにでもなった気分」

 今まで自分で香水なんか吹いたこともない。
 その変化で大人っぽく感じてもらえてるならいいが、シルヴァンは一体何を思って。
 大して気にかけていなかった事柄が、急激に脳内を埋め尽くす。
 もしかして、あの夜、私、汗臭かったとか。

「ナマエは臭くないよ!」
「ええ。臭いと思ったことは一度も」
「良かった……」

 アネットとイングリットが否定してくれたことにひとまず安堵した。
 でもそうなると今度こそ理由がわからない。
 三人で頭を悩ませていると、メルセデスが「簡単よ〜」と肩を揺らして笑った。

「シルヴァンはナマエとお揃いがいいのね〜」
「おそろい……」

 ナマエが噛み締めるように反芻するとメルセデスはにこやかに続ける。

「だって吹きかけているのは、シルヴァンが使ってる香水でしょう? 最近ナマエから男物の香水の匂いがするなあって思ってたのよ〜」
「おとこもののこうすい……」

 再び繰り返すナマエを見て、アネットは顎に手を置き首を傾げた。

「それってナマエがちょっと前まで男の子からよく話しかけられてたからかな?」
「そういえば、最近……ここ三日間くらいはめっきり減りましたね」

 同調するようにイングリットが頷く。
 ナマエはここ数日を思い返して、たしかに、と首を縦に振った。

「言われてみればそうかも。……でも、香水吹いたくらいで減るとは」

 下心は結局いまいち掴めないままだし、男ってよくわかんないなあ。
 ナマエが肩を竦めたのに対して、アネットは「つまりね、」と数式の正解を教えるような声を漏らした。

「シルヴァンと同じ男物の香水なんて、匂いが移るほど一緒にいますって言ってるようなものだと思うんだけど……」
「そうねえ、誰のとは言わずとも、男の人を連想させるわよね〜」

 アネットに同意するメルセデスは頬に手を当てて穏やかな笑みを浮かべる。
 ナマエとイングリットが顔を見合わせた。

「そういうこと?」
「そういうこと、なのかしら」

 育ってきた環境が似ていれば、恋愛偏差値もそう変わらない。
 二人揃って不思議そうな表情になったのを、メルセデスとアネットが笑った。




 作戦は上々。
 シルヴァンは機嫌良く口笛を鳴らした。

「あら、シルヴァンくん。ご機嫌ね」
「やあドロテアちゃん。君も訓練帰りかい?」

 訓練場から寮へ向かう道の途中で声をかけられたシルヴァンが振り返ると、何かを見定めるような視線を投げるドロテアがいた。
 いつもの軽い調子で訊いたシルヴァンに「いいえ」と簡潔に答えたドロテアは、そっとシルヴァンとの距離を縮める。

「あなたの可愛い女の子、最近悪い虫がつかなくなったみたいだわ」

 ふざけているようで核心をついてくるドロテアをシルヴァンは笑って流した。

「君が相談に乗ってくれたんだろう?」

 予想外の展開ではあったがおかげで良い思いをした、とは口が裂けても言えない。
 そんなシルヴァンを見抜くようなドロテアの瞳が緩く細められた。

「ええ、困っているようだったから。……それにしても最近、やけに男の匂いがするのよね」
「そりゃあ、ね」

 意味ありげに口角を上げてみせると、初めてドロテアが笑みを隠した。

「あなたって……」

 軽薄に見えて、とんでもなく重たいのね。
 すれ違いざまに吐かれた言葉はほんの少しだが棘を含んでいた。
 まるで妹が悪い男に捕まったかのような態度をとるドロテアの背中を横目で見送る。

「……悪いかよ」

 重たくてなにが悪い。牽制してなにが悪い。
 自分のものを自分のものだと主張することのなにが悪いんだ。
 燻る感情を抑えて、シルヴァンは上がった口角のまま小さく呟く。
 それにしても。

「ナマエは人を誑し込むのがうまいな……」

 イングリットにディミトリ、なんやかんやフェリクスもナマエに優しい。
 そこに加えてドロテアときた。
 ────これは本格的に、ナマエを泣かせた日には殺される。
 無論、そんなことをするつもりはないが。
 シルヴァンはナマエ過保護部隊の面々を思い浮かべて一人ため息をついた。
 あんなに晴れやかだった空が若干陰った気がするのは、気のせいか否か。