ありふれた日常で笑って
フェリクス=ユーゴ=フラルダリウスにとって一番厄介な幼馴染というのは他でもない、ナマエ=ミョウジである。他の三人も癖が強く、面倒ではあるがそれ以上に煩わしいのがナマエだった。
二つ年上のシルヴァンと、同じ年のディミトリ、イングリット、そして一つ年下のナマエ。
年長者で面倒見のいいシルヴァンなんかは目に入れても痛くないと言った具合でナマエを甘やかしている。
ディミトリやイングリットもそれまでとはいかないものの、ナマエに甘い。
順当にいけば、ナマエが懐くのはシルヴァンであるはずなのだ。が。
「フェリクス!いた!遊ぼーよー!」
なぜか一番ナマエを突っぱねていたフェリクスに懐いたのは皆が首を傾げる所だった。
「鬱陶しい。邪魔だ」
「私ねぇ、最近理学習い始めたから強いよ〜」
フェリクスがどれだけ冷たく足蹴にしても、ナマエはめげる事も気にする事もしない。
その図太さはロドリグも感心しており、「いやはや、うちの馬鹿息子にはナマエくらいしか嫁ぎにきてくれないんじゃないか」と言い出す始末である。
そんな事情も相まって、フェリクスはこの年下の幼馴染が厄介で仕方がなかった。
「シルヴァンに相手してもらえ」
「えー。だってシルヴァン、本気でやってくれないんだもん」
手加減して私が勝つように仕向けるから楽しくない、とナマエが口を尖らせる。
「イングリットは」
面倒だと額に手を当てながらもう一人の幼馴染の名を出すとナマエは首を横に振った。
「イングリットはお腹空いたんだって」
ほらフェリクスしかいないでしょう、と言わんばかりにナマエが得意げな顔で笑う。
まだだ。フェリクスは出来ることなら話題にも出したくない名前を仕方なく口にした。
「猪がいる」
「ざーんねーん。殿下は部屋の扉を壊したとかでドゥドゥーと修理作業中でーす」
「はあ?」
今度こそ勝ったとナマエの口角が上がる。
もしかしなくても今朝の爆音はそれか?
フェリクスの忌々しげな舌打ちが訓練場に響いた。
「あー、やっぱりまだまだかぁ」
「当たり前だ」
結局あれから数時間鍛錬に付き合ったフェリクスが、しゃがみ込むナマエを見下ろした。
最近理学を習い始めたらしいナマエの魔法はまだ未完成なものが多く、実戦で使うのは到底無理だった。
「難しいなー。出るっちゃ出るんだけどね」
ほら、とナマエが掌から炎を出してみせる。
手の上で踊る炎は、大きくなったり小さくなったりと不安定だ。
「おい、訓練場を火事にでもする気か」
「いやあ、さすがにそんな火力はまだ出ないと思うけどなー……。やってみる?」
「やらなくていい」
悪気もなく訊いたナマエにフェリクスが強く否定する。
ナマエは肩を竦めながら間延びした返事をして、潔く手の上の炎を消した。
「はー、理学難しいねー。やっぱり剣術一本でいったほうがいいかなあ」
「知るか」
つれないなあ。ナマエが笑ってフェリクスの腕を小突く。
心底嫌そうな顔が返ってきた。
「フェリクスより強くなりたいんだー。だから理学も覚えて、魔法も使える超有能剣士になるのが私の目標!」
フェリクスの嫌そうな顔など全く気にすることなく、真っ直ぐ前を向いて宣言したナマエの顔は清々しい。
「やっぱり理学頑張るから、フェリクス、また訓練付き合ってね!」
それだけ言うと、ナマエは大きく手を振りながら訓練場をさっさと後にした。
残されたフェリクスが訓練用の剣を持ち上げてため息を吐く。
昔からこうなのだ。
ナマエは人を振り回すだけ振り回してすぐどこかへ去っていく。
厄介であり、面倒であり、────でも何故か付き合ってしまう。
なんだかんだで自分も年下の幼馴染には甘いらしい。
もう一度吐き出したため息に嫌悪の色は乗っからなかった。
「そうなんですよ先生! 昔のフェリクスは可愛くてですねぇ」
「おい、今すぐそのよく動く口を閉じろ。閉じぬのなら縫い付けてやる……!」
「もー物騒だなあ。本当のこと言われて恥ずかしいのはわかるけど」
「お前も黙れ」
訓練の後食堂に赴いたフェリクスは、たまたま居合わせたナマエに腕を引かれ、シルヴァンの隣に渋々腰を下ろした。
そこに間髪入れず現れたのがベレトである。
せっかくだし先生も一緒にどうです、なんて誘ったのはシルヴァンだ。
その十数分後が今である。
「殿下にも引っ付いてましてね。何をするにも一緒が良いみたいで」
「シルヴァン、良い加減にしろ……」
「そーんな可愛いフェリクスくんも、ナマエちゃんにだけは手厳しかったんですよー」
フェリクスの制止など聞こえていないかのように喋り続ける二人の話を、ベレトは興味深いといった顔で聞き入っている。
「へえ。ナマエはてっきり皆から可愛がられて育ったかと思っていた」
「まあ基本はそうですね! 殿下もシルヴァンもイングリットも可愛がってくれました!」
でも、とナマエが続けた。
「フェリクスくん末っ子気質なので。たぶん私にみんなを取られたのが面白くなかったんじゃないかなー」
「……ナマエ、後で話がある」
「うげえ、怖っ」
睨み付けられたにも関わらず、ナマエの声はおどけている。
シルヴァンが微笑ましそうに二人を眺めているのをベレトは気づいた。
「シルヴァンは、良いお兄さんなんだな」
「ええ。二人とも可愛い弟妹です」
普段よりもずっと柔らかいその表情にベレトが頷く。
「大体、お前だって引っ付いてただろうが!」
「フェリクスに引っ付いては引き剥がされてそれでも健気に笑ってたナマエちゃんかわいー」
「自分で言うな、厚かましい。どこも可愛くないだろうが」
「うっわ! 傷ついた! ねえシルヴァン、先生、今の聞いてました!?」
軽快なやり取りも、幼馴染ならではである。
泣き真似をし出したナマエの頭をシルヴァンが軽く撫でた。